五木ひろし、中山秀征

ニッポン放送のイマジンスタジオから演歌・歌謡曲・J-POPのライブショーをお届けする『中山秀征の有楽町で逢いまSHOW♪』(毎週日曜朝5時30分~/司会:中山秀征・アシスタント石川みゆき)、5月11日放送分の収録が行われました。

五木ひろし、大阪万博の太陽の塔からパワーをもらい、翌年『よこはま・たそがれ』が大ヒット!
石川みゆき、五木ひろし、梅谷心愛、中山秀征

石川みゆき、五木ひろし、梅谷心愛、中山秀征

今回のゲストは、五木ひろしさん、梅谷心愛さんです。

五木ひろし、大阪万博の太陽の塔からパワーをもらい、翌年『よこはま・たそがれ』が大ヒット!
梅谷心愛

梅谷心愛

懐かしの昭和歌謡から『真赤な太陽』(美空ひばり)を披露した梅谷心愛さん。軽快なリズムに合わせて会場からは手拍子が起こり、梅谷さんもノリノリで歌い上げました。

「小学生の頃から歌っていて、ファーストコンサートでも生バンドで歌いました。イベントなどで披露すると、ファンの方が一緒に『恋の季節なの』と歌ってくださるのが嬉しくて、つい何度も歌ってしまいます」

2023年に『磐越西線ひとり』でデビューした梅谷心愛さん。待望のセカンドシングル『秘密の花』が4月9日に発売されました。

「デビュー曲は失恋の歌でしたが、セカンドシングルの『秘密の花』は初恋の歌です。17歳で恋愛経験のない私が、初恋のドキドキや不安を歌うということで、友達に『恋愛ってどんな感じ?』と聞いた話をもとに想像しながら一生懸命歌っています。これまでの梅谷心愛とはひと味違う表現や発声に注目して聴いていただけたら嬉しいです!」

五木ひろし、大阪万博の太陽の塔からパワーをもらい、翌年『よこはま・たそがれ』が大ヒット!
梅谷心愛、中山秀征

梅谷心愛、中山秀征

梅谷心愛さんは、福岡市博多区出身の17歳。尊敬する人は美空ひばりさんです。2023年に『磐越西線ひとり』でデビューしました。

最近は「たらこ」にハマっているという梅谷心愛さん。

「私はいくらアレルギーなんです。

いくらは大好きなのに、食べたら命の危機を味わうことになるので食べられません。でも、同じ魚卵であるたらこは大丈夫なんです。前は食べたあとにお腹が痛くなったりしていましたが、最近はそれもなくなって、おにぎりを食べるときは絶対にたらこを選びます(笑)」

たらこは「生で食べるのが好き」という梅谷さんに対して、「ボクはとことん焼いて食べるのが好きだな」と話す中山さん。石川みゆきさんは「私はちょこっと炙るのが好きです」とそれぞれ好みが違った“たらこ論”が盛り上がりました。

五木ひろし、大阪万博の太陽の塔からパワーをもらい、翌年『よこはま・たそがれ』が大ヒット!
五木ひろし

五木ひろし

今週のビッグステージは、スペシャルゲスト! 五木ひろしさんの登場です。

まずは、昭和54年の大ヒット曲『おまえとふたり』を披露していただきました。五木さんは1965年に松山まさるの芸名で歌手デビュー。その後、一条英一、三谷謙と改名を重ね、1970年に“五木ひろし”として『よこはま・たそがれ』で再デビューを果たしました。

1979年に独立し、その最初のリリース曲が『おまえとふたり』でした。この曲で『ザ・ベストテン』初の1位を獲得し、ミリオンセラーに。さらに『倖せさがして』『ふたりの夜明け』と続く“幸せ三部作”がヒット。不安だらけの独立でしたが、幸先のいいスタートとなりました。

五木ひろし、大阪万博の太陽の塔からパワーをもらい、翌年『よこはま・たそがれ』が大ヒット!
五木ひろし、中山秀征、石川みゆき

五木ひろし、中山秀征、石川みゆき

五木ひろしさんは福井県美浜町のご出身。3月14日で77歳、喜寿を迎えました。

「3月14日に、親しい友人・知人が誕生会を開いてくれました。ヒデちゃん(中山秀征)も駆けつけてくれました」

「会場には獅子舞も登場して、頭をパクッとかまれました! びっくりしましたが、獅子舞に頭をかまれるのは縁起がいいんですよね」と中山さん。

歌手生活60周年を迎えた五木さんは、17歳でデビューしました。「先ほどの梅谷心愛ちゃんと同じく、私も17歳でデビューしました。ということは、彼女とは60歳も年が離れているんですね。もう孫みたいなものです」と、笑顔を見せる五木ひろしさん。

そんな五木さんにも、なかなかヒット曲に恵まれなかった時代がありました。そうした中、今から55年前、昭和45年の大阪万博を一人で訪れたといいます。

「当時は岡本太郎ブームで、太陽の塔を見たくて行ったんです。まだ“五木ひろし”になる前のことでした。

パビリオンはどこも大混雑で中には入れず、太陽の塔だけを見てパワーをもらい、東京に戻りました。すると全日本歌謡選手権で10週勝ち抜きを達成。そして翌年、『よこはま・たそがれ』で“五木ひろし”として再デビューし、ヒットを掴みました。母を楽にしてやりたい一心で、耐えて努力して掴んだヒット曲でしたね」

五木ひろし、大阪万博の太陽の塔からパワーをもらい、翌年『よこはま・たそがれ』が大ヒット!
五木ひろし

五木ひろし

続いて、平成元年のヒット曲『暖簾』を披露した五木ひろしさん。

「歌手はすべて、歌との出会いで決まる」と語る五木さん。『暖簾』との出会いは、ある日、レコード会社のディレクターから渡されたデモテープを聴いた瞬間、鳥肌が立ったといいます。

「この曲を手がけたのは、フォークシンガーの永井龍雲さん。当時は創作に行き詰まっていた時期だったそうですが、『暖簾』のヒットで、家族そろってハワイ旅行に行けたそうですよ(笑)」

五木ひろし、大阪万博の太陽の塔からパワーをもらい、翌年『よこはま・たそがれ』が大ヒット!
五木ひろし、中山秀征、石川みゆき

五木ひろし、中山秀征、石川みゆき

ラジオの放送日、3月11日(日曜日)は、五木ひろしさんの故郷・福井県で「美浜・五木ひろしふるさとマラソン」が開催されます。今年で37年目を迎えました。

「以前は、マラソンの開催日、母に会いに里帰りしていたんですが、母が亡くなってからは、墓参りの日になりました。大会は5月の第2日曜日、『母の日』に合わせて行われています。けっこう起伏もあるんですが、日本の水浴場88選に選ばれた水晶浜の海岸線コースで、ロケーションは抜群です。

以前は私も走っていたんですが、手を振りながらスタートしたら、後ろから押されて転び、脱臼してしまって……。今はスターターを務めています(笑)」

五木ひろし、大阪万博の太陽の塔からパワーをもらい、翌年『よこはま・たそがれ』が大ヒット!
五木ひろし

五木ひろし

放送日の5月11日、「母の日」に、新曲『母の顔』を披露した五木ひろしさん。

作詞作曲は五木さんご自身が手がけました。

「今年は昭和100年ということで、『昭和を取り上げたい』という思いから、私の母をテーマにしました。子供、家族のために働き続けた母、昭和の時代を生き抜いた母の顔を思い浮かべながら、自分自身で作詞作曲を手がけ、作り上げた作品です。生きることに必死だったあの時代、私が元気に育ったのは母の愛情があったから。苦しい時代があったからこそ、今の自分があるという思いが伝われば嬉しいです」

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