3月8日に政府は、インターネット上の誹謗(ひぼう)中傷を抑止するための「侮辱罪」厳罰化や、懲役刑と禁錮刑を一本化した「拘禁刑」の創設を盛り込んだ刑法など関連法の改正案を閣議決定した。今国会中の成立を目指すという。



 侮辱罪は現行法の罰則で「拘留または科料」だったものを「1年以下の懲役もしくは禁錮、30万円以下の罰金、または拘留もしくは科料」となる。公訴時効は1年から3年に延長される。因みに拘留は1日以上30日未満、刑事施設に拘置する刑で、科料は1000円以上1万円未満を強制徴収するものである。



 つまり、今回の罰則強化によって拘留から懲役刑へと罪が重くなったことになる。



 法改正のきっかけは、2020年に自ら命を絶った女子プロレスラーの木村花さんへの誹謗中傷であるとしている。木村さんへの誹謗中傷は今さら説明をする必要はない。

彼女は、憎悪を込めた発言を繰り返し受けたことで自らの存在が否定されたように感じて死を選んだ。



 この事件を受けて罰則の強化が謳われ、賛同者も多い。特に芸能人や著名人はSNSで誹謗中傷を受ける機会が多く、そのたびに我慢を強いられてきたせいか声を上げて賛成をしている。「あの人が賛成するならば」と、インターネット上でも賛同者が目立つ。



 しかしながら、そんなに簡単に賛成をしてもいいのだろうか?



 筆者も元々は賛成派であった。しかしながら現在では疑いを持っている。

それは3月11日に、橋下徹氏がれいわ新選組所属の衆議院議員大石あきこ代議士を名誉毀損で訴えた裁判の第一回目が開かれた後から変わった。裁判後の記者会見で大石代議士の弁護団長を務める弘中惇一郎弁護士からこんな一言が出てきた。



「僕は侮辱罪の処罰が重くなったのは重要な問題だと思っている」



 こう切り出すと、かつて発刊されていた「噂の真相」という雑誌が名誉毀損で刑事起訴されて有罪になった経緯を語った。弘中弁護士によると直接問題になったのは、作家の和久俊三氏の批判をしたからだそうだ。検察官は、各個の犯罪について規定されている刑を使う権限を持っている。狙い撃ち的に侮辱罪で刑罰を与えることが可能なのが問題だと弘中弁護士は話していた。



 つまり、権力側が恣意的に運用をすればマスメディアやSNS上で国民の口を封じることは容易くなる。





■侮辱罪に懲役刑導入に熱心だった三原じゅん子議員



 では、実際に権力側、侮辱罪の罰則強化を狙っている自民党・公明党の与党はどう考えているのか? 表向きは「誹謗中傷と正当な批判を区別する難しさもある」としながらも基準については現在も不明瞭である。ところが、既に馬脚を現した議員がいた。罰則強化へ尽力をしてきた自民党の三原じゅん子参議院議員だ。「侮辱罪」に懲役刑導入で改正諮問が設置されると「取り組んで来た事がやっと一歩前進」とツイートするほど取り組んでいた。





 2020年に映画評論家・町山智浩氏がTwitterで「木村花さんを政治に対する批判封じ込めに利用しないで欲しいです」というツイートを投稿すると、三原議員は即座に反応。





何度も書いていますが、批判と誹謗中傷の違いを皆さんにまず理解して頂く事が大切。



まして政治批判とは検討を加え判定・評価する事です。何の問題も無い。ご安心を。



しかし、政治家であれ著名人であれ、批判でなく口汚い言葉での人格否定や人権侵害は許されるものでは無いですよね





と返信してきた。「政治批判とは検討を加え判定・評価する事です。

何の問題も無い」と言いながら、「しかし、政治家であれ著名人であれ、批判でなく口汚い言葉での人格否定や人権侵害は許されるものでは無いですよね」と付け加えていたのだ。



 批判と誹謗中傷の違いを理解してもらうと言いながら定義も基準も出さない。でも、人格否定や人権侵害は許されないというのは、政治家や著名人個人、そして検察官個人の判断によって変わってしまう。だから軽々に賛成とは言えない。それは今の権力者側があまりにも自分のために権力を行使しているからだ。



 2017年の東京都議選で、当時の安倍晋三首相が秋葉原で行った街頭演説でこんなやり取りがあった。

演説中に聴衆の一部から「帰れ」「やめろ」コールが出てくると「憎悪からは何も生まれない。こんな人たちに負けるわけにはいかない」と真っ向から煽るような言葉を返したのだ。



 政治家が「帰れ」「辞めろ」と言われるのは民主主義国家であれば日常的な光景と言える。特に国民から負託された権力を代行している総理大臣には厳しい声が出て当然である。そうした批判があってこそ、国民全体のための政治ができるのだし、批判を聞かないと民主的な議論はできない。議論とは多数派が少数派の批判や意見にも耳を傾けて、状況を改善していくことでより大きな合意形成を目指すものである。



 これはドイツの哲学者ヘーゲルが弁証法の中で提唱した概念であり、こうした考えの下で議論をするのが民主主義の本質だ。単なる多数決だと勘違いしている言論人が多いが、彼らは常識的な考えがないのだろう。







■ワンリツイートを名誉毀損で訴えた橋下徹が勝訴



 他にも権力者や著名人が批判を誹謗中傷のようだと騒いだ例はいくつもある。今回大石あき子代議士を名誉毀損で訴えた橋下徹氏だ。彼は、2017年にジャーナリストの岩上安身氏が、「(橋下氏が府知事時代に)府の幹部たちに生意気な口をきき、自殺に追い込んだ」という第三者のツイートをリツイートしただけで名誉毀損で訴えた。また、有田芳生参議院議員が橋下氏が情報番組に1回だけ出演して降板させられたと投稿したことに対して削除要請もなく提訴をしてきた



 岩上氏との裁判は橋下氏の勝訴、有田議員との裁判は橋下氏が敗訴という結果に終わったが、こうしたインターネット上でのやり取りで民事訴訟をしてくる人間が行政のトップにいたのだ。因みに維新の会の松井一郎大阪市長も橋下氏と同じ考えである。水道橋博士が松井市長の疑惑が説明された動画をTwitterに投稿するといきなり「法的措置を取る」とツイートしてきた。他にも「法的措置を取る」と投稿している。



 大阪府知事で維新の会副代表の吉村洋文氏は、反社会的な取り立てや業務の違法性などを指摘するメディアに対し、訴訟を連発した武富士の弁護団にいた人物だ。



 また、維新の会所属で前国会議員の山之内毅氏に至っては侮辱罪の罰則強化が閣議決定されたその日にTwitterで「今日SNSの侮辱罪が厳罰化されたから今後気をつけな」などと投稿していた。安倍元首相、松井市長、吉村大阪府知事、三原参議院議員、山之内氏の振る舞いを見れば、批判的言辞に対して「侮辱だ」と恫喝をかけてくることは目に見えている。



 もし彼らが侮辱罪を乱用し、刑事告訴を繰り返しても検察が起訴しなければ問題はない。しかし、その検察も頼りにならないのが現状だ。「桜を見る会」の前日夜に開催された懇親会をめぐり、安倍元首相側が費用の一部を負担したのは有権者への違法な寄付で公職選挙法に違反する疑いがあると刑事告発された件を検察は不起訴とした。



 森友学園を巡る財務省の決裁文書改ざん問題で、当時の佐川理財局長等が有印公文書変造・同行使などの疑いで刑事告発された。しかし検察は不起訴処分とした。検察審査会では「不起訴不当」と議決したものの再捜査で「立件が困難」という理由で再び不起訴とした。



 権力者と一線を画して法の正義を守るのが検察の務めだが、明らかに権力者側にすり寄っている。恐らく理由はキャリア官僚の人事が内閣に握られたからだろう。



 内閣官房には内閣人事局という部署がある。この部署は人事600人を取り扱っている。表向きは縦割り行政を打破して官邸のリーダーシップを強化する狙いだそうだが、そのせいでキャリア官僚は官邸のご機嫌取りに走った。その象徴が森友学園問題である。



 一方、ロシアでは国営放送で反戦を訴えた女性キャスターが、拘束されて警察で取り調べを受け、3万ルーブル(約3万3000円)の罰金刑が科された。明らかな言論弾圧である。



 弘中弁護士は最悪の事態として侮辱罪による言論の封じ込めが起きるかもしれないと危惧をしていた。もしかしたら日本でも、政権批判や著名人の言動に物申したら警察がやって来る日がやってくるかもしれない。橋下氏による大石代議士への名誉毀損の民事裁判と併せて、侮辱罪の罰則強化への流れは注視する必要があるだろう。





文:篁五郎