「豚になるな、狼になれ!」。そんな勇ましいメッセージが流行したのも今は昔。

社会全体が貧しくなっていく時代にマッチョイズムは似合わない。「狼よりハイエナになれ!」と語るのは適菜収氏。デパ地下閉店間際という戦場で〝生き残りをかけた人間の野性〟を目撃し、思わず感動すら覚えたという。狂気にまみれたこのご時世、ハッピーにネガティブな生活を送るためのヒントを探る当連載「厭世的生き方のすすめ」。第27回は「卑屈さ」が鍵だと断言する。適菜氏の最新刊『AIは人間を殺さない、飼い殺す』が4月下旬に発売。乞うご期待!



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■デパ地下閉店間際という戦場



 国際ジャーナリストを名乗る落合信彦という人物がいた。今年2月に死んだとき、多くのメディアは「スーパードライのCMの人」として紹介しており、それはそれで気の毒な話だが、肩書に「国際」とつくととたんに胡散臭くなる典型だった。一時期、国際政治学者を自称する妙ちくりんな女もいたが、人間は放っておくと「大きく出る」。



 落合の『狼たちへの伝言』はベストセラーになった。私はちゃんと読んでいないが、ネットで調べたところ、当時のメッセージは明確だった。「会社という安全な檻の中で、ただ口を開けて餌を待つだけの豚や羊(=従順な日本のサラリーマン)になるな。

血を流してでも荒野を走る、ハングリーな狼になれ」といったものだ。





これからの時代、狼よりハイエナになれ!【適菜収】 連載「厭世的生き方のすすめ」第27回
国際ジャーナリストで作家の落合信彦(1942−2026)



 こうしたマッチョイズム過剰で、セルフプロデュースの匂いが強すぎる物言いは、高度経済成長からバブル景気へと向かい、社会全体が豊かになる一方で「システムに去勢され、飼い慣らされていく」という焦燥感を抱えていた当時のオッサンたちのルサンチマンをうまくすくい取ったのかもしれない。



 しかし、これからの時代は、狼になるのではなく、ハイエナになるべきだ。



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 ハイエナは「地球の掃除人」とも呼ばれる。死肉を漁るという生態のイメージから貪欲の象徴とされ、ライオンやヒョウの獲物を数にものを言わせて横取りすることから、他人の成果をかすめ取る卑しい存在の代名詞にもなってきた。また、閉店間際のデパートの地下食品売り場やスーパーマーケットで、値引きシールが貼られる瞬間を狙って群がる客たちを、ハイエナと呼ぶ。



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 私の自宅から少し歩いたところに大きなデパートがいくつかある。某日、夕食を買おうと地下に行くと、人だかりができていた。ハイエナだ。コロッケやメンチカツが並ぶ棚のところに人が集まっていたので、ぼんやり観察していると、店員が30%引きのシールの上に半額シールを貼り付け始めた。その瞬間、ババアが私の背中を押し、隙間から右手を突っ込み、白目を剥いて手探りでコロッケとメンチカツをつかみとった。



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 昔の私なら一緒になってコロッケに飛びついていたかもしれないが、今は少食なので安いという理由で買うこともない。

揚げ物も食べないし。私は怖気づいてその場を離れた。   





 酒を飲むのもやめたし、外に出るのが億劫になってきたので、ここのところデパートで食材を買い込み、夜と翌朝に食べるようになった。それで刺身やフルーツ、弁当などはなかなかいいものがあると気づいた。デパート価格だから安くはないが、半額なら買ってもいい。それで閉店間際になるとデパ地下をのぞくようになった。ミイラ取りがミイラになったわけだ。



これからの時代、狼よりハイエナになれ!【適菜収】 連載「厭世的生き方のすすめ」第27回
自民党大会で演奏を披露した世良公則(2026年4月12日)



■布袋寅泰・世良公則の卑屈さに学べ!



 デパ地下に集うハイエナと動物のハイエナは似ている。気配を消して遠くから獲物を見守り、半額シールを持った店員が商品に近づくと、徐々に距離を縮めてくる。そして店員が半額シールを貼った瞬間に腕を伸ばしてさっと商品をさらっていく。その時も派手な動きはしない。おそらく店員に警戒されるのを恐れているのだろう。



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 先日、私が半額になったフルーツ盛り合わせ(1500円)をつかんだ瞬間、横にいた40代後半くらいの女がそれをガシっとつかみ、私から奪い去っていった。一瞬あっけにとられたが、少し感動した。野性は、いつだって美しい。



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 人間は一度体に染みついた感覚を失わない。老化により感覚が鈍くなっても、いざとなれば俊敏さを取り戻す。



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 私が小学生の頃、近所に干物を売っている小さな雑貨屋があり、夕方になると店頭でよぼよぼのおばあさんが震える手で焼き鳥を焼いていた。あるとき友人と歩いていると、自転車が猛スピードでこちらに突っ込んできた。あのババアだった。私と友人は体が凍りついたが、ババアは我々の目の前でオートバイのレーサーさながらに全身を傾けてカーブを切り、あっという間に視界から消えた。



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 以前、高田馬場駅で山手線に乗ろうとすると、小さいおばあさんがホームをよろよろ歩いていた。80歳は超えている。危ないなと思っていると電車が来た。

そしてドアが開いた瞬間に一瞬目をピカッと光らせ、降りる人の波に逆らうようにすり抜けながら、空いている席に転がり込んだ。



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 ハイエナは知的なゲームにも近い。デパ地下にたまに行っていると、様子が分かってくる。例えば、美濃吉の弁当は3割引より安くならないとか、なだ万の弁当は半額になることがあるが、売れ残っていても安くならないケースもあるとか。また、時間帯によって最適なルートを考える必要がある。最初にフルーツコーナーを見て、そのあとに魚コーナーを見て、最後に弁当を検討するとか。まだ閉店までに時間があるから中華惣菜を検討するとか。



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 おこぼれに預かろうとする連中が集まるのはデパ地下だけではない。テレビの世界にもたくさんいる。売れなくなったタレントは権力にすり寄る。「森の賢者」こと、ほんこんとか布袋寅泰とか世良公則とか。そこにはまだ野性が残されている。

恥も外聞もなく精一杯生きているのだなと思うと、微笑ましくもなる。これからのロクでもない時代、ああいう卑屈さに学んだほうがいい。





文:適菜収

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