「瘦せることがすべて」。
そんな生き方をする女性たちがいます。
いわゆる摂食障害により、医学的に見て瘦せすぎている女性のことですが、そんな彼女たちを「瘦せ姫」と呼ばせてもらっています。
彼女たちのなかには摂食障害によってもたらされる異能というものが深く関わっている事実を、私たちは目にすることがあります。。
たとえば、テレビ番組の「大食い選手権」。
そこで登場する出演者たちのなかに、見た目は非常に瘦せているのに、底なしの胃袋をもっているような大食いの女性を見つけることができます。
あんなに瘦せているのに……それはいったいなぜなのか?
いま静かなブームとなっている話題の書『瘦せ姫 生きづらさの果てに』の著者・エフ=宝泉薫氏が、瘦せ姫フードファイターの謎を紐解きます——。
フードファイターの謎
瘦せ姫が示す生き方の多様性。そこには、摂食障害によってもたらされる異能というものが深く関わっています。
制限型の拒食においては、空腹に耐える我慢強さ、排出型においては、常人をはるかに超える胃袋の大きさ、さらには瘦身や食事への執着から、栄養士ばりにカロリーの知識が身についたり、料理がプロ並みに上達したりもします。
そんな異能を考えるうえで、注目されやすいのがフードファイターと呼ばれる人々の存在でしょう。テレビの大食い番組などを中心に活躍する、この手の人々のなかには男女を問わず、瘦せ体型の人が多く、あれだけ食べてなぜ太らないのだろう、という疑問を抱かせたりします。
たとえば、今から二十数年前『TVチャンピオン』の第2回大食い選手権に、165センチ36キロの20代女性が出場しました。
しかし、当時交流のあった身長151センチで最低体重20キロの瘦せ姫は、同世代の彼女について、こう言いました。
「あの子、絶対にあとで吐いてますよ。吐いていいなら、私だってあれくらい食べられるもん」
この、フードファイターと過食嘔吐を結びつける見方は珍しいものではありません。大食い番組がブームになった頃から現在にいたるまで、そういった見方は根強く存在しています。
そんななか、数年前に自らのブログで過食嘔吐のカミングアウトを行なった元フードファイターがいました。その内容とプロフィールなどから、大食いファンにはすぐに誰なのかがわかるほどの有名選手だったため、当時、2ちゃんねるなどで大いに話題になったものです。
彼女いわく、
「怪物級に食べてもガリガリなのは、嘔吐で、消化吸収する前に出してしまうから。過食嘔吐の量やタイミング、吐き出す技術に長けたごく一部の〝ベテラン摂食障害者〟のみが選ばれし〝トップフードファイター〟として華やかな世界で活躍できるのです」
これがごく一部の人の話なのか、もっと多くの人の話なのか、さまざまな論議を呼びました。ただ、個人的に気になったのは、彼女自身の摂食障害と大食いの関係です。
「それまで〝たくさん食べること〟は恥であり、無駄であり、病気であり、忌むべきことでした。人目を忍んで、コソコソ自室でむさぼり食う、そんな10年に青春を費やしました。
彼女は気分転換のような軽い思いで挑戦したそうですが、自分でも意外なほどの好成績をあげられ、それが高く評価されたことで、生まれ変わったような気分になります。経済的な報酬を得たり、本音を話せる友人もできたりして、
「今まで散々苦しめられてきた過食嘔吐に復讐してやる。過食嘔吐を利用して楽しんでやる」
とも考えたと言います。
もっとも、この生まれ変わりは長くは続きませんでした。過食嘔吐と大食いとのバランスをうまくとれなかったことから、症状が悪化し、身長168センチで最低体重27キロというレベルまで瘦せてしまいます。
ブログでカミングアウトを行なったのは、まさにそんな時期。そして、2年近くも入院生活を強いられ、そのあいだに死亡説もささやかれました。
かと思えば、彼女とは違うタイプの「特異体質」が摂食障害によってもたらされたと説明するフードファイターもいます。女性では史上最強との呼び声も高い赤阪尊子は高校時代、ダイエットから拒食症になり、50キロ以上あった体重が31キロまで落ちました(身長は159センチ)。
「不思議なことに、いくら食べても太らない身体に変わっていた」
と言うのです。
「念のため病院でレントゲンを撮ると、胃の壁が普通の人の2倍あると言われた」
とのこと。その後、日常的にも大食いを続けながら、48キロという体重を維持しているそうです(註1)。
ただ、いずれの場合も、摂食障害が大食い能力に影響していたという意味では似ています。この関係性に着目したのが、テレビ批評を得意としたコラムニストのナンシー関でした。大食い番組の大ファンだった彼女は、ひとりだけ砂糖水を飲みながら戦うスタイルだった赤阪が、ある大会で他の選手と同じウーロン茶を飲んでいるのを見て、
「赤阪さん、ちょっと治ってきてるか?」
などと、ツッコミを入れていたものです(註2)。
興味深いのは、過食嘔吐をカミングアウトした前出の瘦せ姫フードファイターも同じような見方をしていること。2年近くの入院生活を経て、別のブログを始めた彼女は、15年正月の大食い番組で有名なフードファイターが負けるのを見て、こんな感想を記しました。
「弱くなった。申し訳ないけど、それはとても喜ばしいことだと感じてしまった。彼女はもう、詰め込まなくても良くなったんだ。強迫的な食べ物からの呪縛から解き放たれたのかなって。
さらに、テレビで目撃した瘦せ姫の食にまつわる異能といえば、個人的に忘れられないことがまだあります。『TVチャンピオン』のスナック菓子通選手権に出場した20代女性についてです(註3)。
もっぱらスナック菓子に関する知識を競うとはいえ、体力勝負の要素もあり、服の上からも細さがわかる弱々しい彼女はかなり苦戦します。というのも、店内を走り回って正解の商品を取ってくるようなクイズでは、最初に見つけても、すぐに追い抜かれてしまうのです。
また、第3ラウンドの舞台は遊園地のプール。水着姿の彼女が映った瞬間、視聴者は目を疑ったことでしょう。身長は平均前後に見えましたが、体重は30キロあるかないかというところ。本格的な瘦せ姫の水着姿が10分20分とバラエティ番組でオンエアされることなど、おそらく空前絶後です。
それでも彼女は、早食い早押し系のクイズは得意でしたし、何より知識量でほかを圧倒していました。見事、優勝して、翌年はぶっちぎりで連覇。しかし、数年後、同じ菓子系の選手権(たぶん、スナック&駄菓子通選手権だと思われます)に出場した際の雰囲気は前とはかなり変わっていました。
健康的な細さになり、たしか恋人ができたと紹介されていたような……。そして、結果はあっけなく敗退。これもまた、心身が普通の状態に近づくことで異能が低下したということなのかもしれません。
そう、摂食障害によってもたらされた異能は回復によって失われがちなのです。じつはここに、ひとつの落とし穴があります。フードファイターとまではいかなくとも、詳しくなった栄養知識や上達した料理の腕などを生かした仕事をしたい、と考える瘦せ姫が少なくないからです。
たとえば、栄養士、パン屋……。実際、そういう関係の大学や専門学校に通ったり、飲食店でバイトをしたりする瘦せ姫は珍しくありません。
(註1)『大食い入門』全国大食い探究会・編著(ソニー・マガジンズ)
(註2)『耳部長』ナンシー関(朝日新聞社)
(註3)『TVチャンピオンへの道!!』テレビ東京編(データハウス)
(つづく……。※『瘦せ姫 生きづらさの果てに』本文抜粋)
【著者プロフィール】
エフ=宝泉薫(えふ=ほうせん・かおる)
1964年生まれ。早稲田大学第一文学部除籍後、ミニコミ誌『よい子の歌謡曲』発行人を経て『週刊明星』などに執筆する。また健康雑誌『FYTTE』で女性のダイエット、摂食障害に関する企画、取材に取り組み、1995年に『ドキュメント摂食障害—明日の私を見つめて』(時事通信社・加藤秀樹名義)を出版。