2002年に小柴昌俊氏、2015年にその弟子にあたる梶田隆章氏が「ニュートリノ」研究でともにノーベル賞を受賞した。ではこの「ニュートリノ」とはそもそも何なのか? その研究のスゴさとは? いまさら聞けない、ノーベル賞きほんの「き」をサイエンス作家・竹内薫さんがやさしく解説します。
 ニュートリノは地球を飛び交う小さな小さな粒子
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ニュートリノはいまこの瞬間も私達の体を通り抜けている

 そもそもニュートリノとは何か? ということからお話したいと思います。まずわたしたちの周りには極小の粒=原子(直径1億分の1センチ)があって、その原子の中心には陽子と中性子からなる原子核があります。さらに、その陽子と中性子を細かく見るとこれ以上分けられない素粒子にいきつきます。原子のまわりを回っている電子はそれ自体が素粒子です。ニュートリノはそういった小さな素粒子のひとつです。

 ニュートリノっていうのは眼には見えないんですよ。

そしていまこの瞬間もニュートリノは光に近いスピードでビュンビュン飛び交っていて、さらに我々の体も貫通して通っていっています。宇宙から飛んできて、地球や我々の体を突き抜けて飛んでいっちゃうんです。上からもくるし、下からもきます。地球を通り抜けてくるんです。

 ニュートリノは、ほとんどの物を通り抜けることができるんだけど、完全に全てを通り抜けてしまうと探知できないんですよ。でもたまに通り抜けないで水とぶつかって反応することがあるんです。

 日本人(小柴氏、梶田氏)がノーベル賞をとった研究では、巨大な水槽をつくって実験しました。水を貯めておくと、ニュートリノがそこでたまにぶつかって光に変換されるんです。その結果から「ニュートリノは水とぶつかって光になる」ということを計算上証明しました。そしてそれがどういうニュートリノかというのが分かる。ニュートリノには3種類(電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノ)ありますが、そのニュートリノが「振動」するというのを梶田先生は発見したのです。

ニュートリノが「振動」するとは?

 ひとことで言えば「振動」=「種類が変わる」ということです。

ここで単純化するためにミューニュートリノとタウニュートリノの2種類で考えてみると、粒子が進んでいく過程で最初はミューニュートリノだったものが、タウニュートリノになり、そしてまたミューニュートリノに戻るということです。

 そもそも3種類のニュートリノが「変身する」っていうのは変な話なんですよ。素粒子は本来性質が決まっているものですから。これを人間に例えてみると、太郎くんが道を歩いていたら途中で花子さんに変わってまた最後、太郎くんに変わるっておかしいでしょう(笑)。でもそれが素粒子レベルでは起きているんです。

 もうひとつ「振動」について視点を変えて説明してみましょう。

「音のうなり」って分かりますか? ともに波長が違うブウ~ンという音と、ブウ~ンという音同士を重ねるとフォワ~ン、フォワ~ンと「うなり」が生じるんです。それが聞こえない時と、うなりが生じた時との関係がニュートリノの種類が変わったということに相当するんです。

 梶田先生が最初ニュートリノ振動の研究を発表された時、みんな「そんなものあるものか」と思っていました。でもそれをスーパーカミオカンデ(岐阜県の旧神岡鉱山内にある観測装置)という、カミオカンデがアップグレードされた装置で実証したんです。

「ニュートリノは役に立つのか?」は愚問

 じゃあこれがわたしたちの生活にどう役立つか? これは梶田先生が去年マスコミに対して散々言っていましたけど、「何の役にも立たない」。ただし、それは「いまは」ということで100年後どうなっているかは分からない。

基礎研究から何が出てくるか、それは誰にも分からない。でも基礎研究がないとそもそも何も出てこない。そこは皆さんに押さえていてほしいなと思います。

 こないだのオートファジーも、例えば将来的にはガンの研究に役立つ、パーキンソン病とか神経系の疾患に役立つと言われていますが、大隅(良典)先生はそれらの病気の研究をしていたわけではなく、酵母の基礎研究を長年続けてこられてきた。それがあって初めて将来の実用の可能性も見えてくるのです。

 他には、電子の発見ですよね。

それが何の役に立つのか、発見された時には誰も分からない。だけどいまエレクトロニクスがなかったらどうなりますか。そこにあるスマホやICレコーダーなんかもないわけじゃないですか。もう何もない状態になりますよね。

 素粒子というのはある意味、宇宙の構成物質、宇宙を作っている一番小さな粒子じゃないですか。宇宙を構成している一番小さなもの。それを研究するというのは究極の研究ですよね。本当に基礎研究の中でも素粒子の研究ができるのは先進国に限られているんです。