日々テレビ画面に顔を露出させ、人気番組のレギュラーともなれば毎日数百万人レベルの視聴者の目に触れながら、身分は一企業の“普通の”社員という特殊な職業、テレビ局アナウンサー。

 世間からは「高給取り」「華やかな仕事や私生活」というイメージを持たれる一方、人気アナウンサーともなればメディアから執拗に私生活を追われたり、一般の人からストーカーまがいの行為を受けたりと、芸能人さながらの苦労を抱えている。

 特にフジテレビは、すでに退社した内田恭子や高島彩、中野美奈子、平井理央らをはじめ、現役では加藤綾子や生野陽子といった数多くの“人気女子アナ”を輩出していることで知られているが、そんなフジテレビの元アナウンサーで現在フリーの長谷川豊氏によれば、テレビ局のアナウンサーは「かなり過酷な環境」に置かれていると明かす。

 8月に『いつも一言多いあのアナウンサーのちょっとめったに聞けない話』(小学館)を上梓した長谷川氏に、

「倍率数千倍のキー局採用選考に、アナウンススクール通学は無意味」
「外で危険な目に遭っても、会社は守ってくれない」
「日々私生活でも他人やメディアの目に緊張し、衣装など自腹で高額出費を強いられる」
「若手を育成せず人気アナに出演一極集中、制作部の“下請け”として使い倒されるフジテレビ・アナウンサーの現実」
「人気女子アナ、退社続出の理由」

など、テレビ局アナウンサーの知られざる実態について聞いた。

--テレビ局、特にアナウンサー職は非常に人気のある職業のひとつですが、採用選考は具体的にどのように進められるのですか?

長谷川豊氏(以下、長谷川) あくまで私が入社した15年近く前の話ですが、フジテレビの場合は、筆記具と証明書用写真を持ってお台場のフジテレビに行くと、そこで履歴書作成のための用紙を渡されます。そして、作成後に2対1の面接を受けます。その面接は2~3分、長くても4~5分で挨拶程度のもので、あっという間に終わります。アナウンサーの試験はいわゆる記念受験をする人が圧倒的に多く、そういう人を振り落とすという面もありますね。私の時は、男子学生の応募者が3000人近くいましたが、あっという間に17~18人に絞られました。

--入社後に面接する側の立場になられて、それほどすぐに、向き・不向きがわかるものですか?

長谷川 わかります。滑舌、頭の回転、そしてトラブルへの対応、それから姿勢など、最初の10秒もあれば全部把握できますよ。

 この一次面接で合格した人に対して、カメラを通してどのように映るか、放送に声がどのように“乗る”かを見定めるカメラリハーサルを行います。女性はすっぴんで来ることが求められ、プロのメイクさんが直前にメイクしてくれます。私の時は、男性7人、女性18人が合格しました。

 その25人に対して、3日間のセミナーが行われます。このセミナーでは、特別に何かを教えてくれるというものではなくて、ラフな格好をしたお世話役のような人が実は人事部の方で、その方が参加者たちの休憩時間の会話、ご飯を食べている時の人付き合い、そういう「人としての総合力」をじっくり観察するために、わざわざ3日もかけて行うわけです。その“セミナーもどき試験”に合格した人に対して、役員面接、社長面接を経た後、内定が出されるということです。

--そのセミナーでは、人事部は具体的にどのようなポイントを見ているのですか?

長谷川 例えば、試験官に対してはしっかりと丁寧に答えていても、友達同士だと結構きつい言い方をしている人もいますからね。そういう人はフジテレビにはふさわしくないと判断されるわけですね。その年に私と一緒に受かった3人は、とにかく明るかったと言われましたね。

--同じアナウンサーでも、男性と女性では、面接官が重視するポイントは違うのでしょうか?

長谷川 フジテレビの場合は、女性に対しては、とにかく“華”を求めますね。男性の場合は、その年で求めるものが違って、私の入社の年はスポーツ実況でした。私はたまたまスポーツ実況を目指していたので幸運でした。もしその年に求めているのが報道なら、私は一次面接で落ちていたと思います。

--アナウンサーを目指して民間のアナウンススクールに通っている人も多いようですが、その効果についてはどのようにお考えですか?

長谷川 実は私も学生時代にアナウンススクールに通いましたけれども、キー局の採用試験ではまったく役に立たないと思いました。つまり、キー局のアナウンサーというのは、努力してなれるというものではないということです。

特に女性の場合にはタレント性も求められてしまうので、生まれつき持った資質で決まってしまいます。ただし、即戦力を求めている地方局の場合には、そういうところで訓練を受け、努力しないと採用されません。キー局と地方局の採用試験は、まったく別物だと考えたほうがいいと思います。

●生活に困窮、会社に守られない女子アナたち

--テレビ局の社員は高給取りだといわれますが、実際はどうですか?

長谷川 フジテレビの場合、今の33~34歳以上の社員のほとんどは、皆さんがイメージしている通り、人もうらやむ高給取りだと思います。ただ、2005年にライブドアがフジテレビの親会社・ニッポン放送に敵対的買収を仕掛けた、いわゆる“ホリエモン騒動”後は、31~32歳以下の社員の給料は一気に下がってしまいました。そして、リーマンショックでまた下がり、入社2~3年目の社員の給料は普通の企業とほとんど同じだと思います。

--世間では、女子アナの方々は華やかな生活を送っているというイメージがありますが、実際はいかがですか?

長谷川 世間がうらやむような生活はできないどころか、金銭的には困窮しているのが現実だと思います。バラエティー番組に出演する時の衣装などはすべて自腹ですし、プライベートで食事をしていても、一般の人々に写真を撮られてすぐにネットで配信される時代ですから、ちょっと出かける時でさえ、変な服は着られません。ですから、普通の女性よりも3~4倍はお金がかかるのではないでしょうか? 加えて、セキュリティー面には相当気を使わなければ危険ですので、住居にもかなりお金がかかります。もちろん住宅手当はありますが、それは全社員一律のもので、私の在籍当時で月2万円強ほどでした。

 最も問題なのは女子アナが何か危険な目に遭っても、会社は一切守ってくれないという事実です。電車通勤ですし、あくまで他の社員と同等の扱いです。

フジテレビでは、アナウンサーは仕事上やむを得ない場合以外は、タクシーに乗っても領収書を切れませんので、彼女たちは仕方なく自腹でタクシーに乗るわけです。女子アナだけでも、もうちょっと待遇を良くしてあげないとかわいそうだと思いますね。

--これまでに問題が起きたことはないのですか?

長谷川 ありましたよ。ある女性アナウンサーがストーカー被害に遭って、私も同伴して警察に被害届を出したことがあります。そのことを上司に報告したところ、「大変な事態になったら報告して」の一言で終わり。ショックでした。信じられないでしょうけれども、これが実態です。自分の身は自分で守るしかないわけです。

--制作部門や営業部門の社員も、タクシー代などの費用を会社に請求できないのですか?

長谷川 制作は、領収書があればタクシー代や食事代を会社に請求できます。でも、アナウンサーは請求できません。これはフジテレビの伝統で、アナウンス室の評価が異常に低いからです。そして、労働組合がないに等しいので、労働者の権利を主張できないのです。

他局は労働組合がもっとしっかりしています。例えば、日本テレビでは10年に賃金制度改革をめぐり、アナウンサーも参加したストライキを行いましたね。このような行動はフジテレビでは不可能です。

 私はフジテレビを辞め、他の企業の方々とお付き合いするようになってからわかったのですが、コンプライアンスは一般企業のほうがはるかに進んでいます。特にセクハラ問題はそう思います。フジテレビは安定株主に守られているので、仮に文句を言う人が出てきたら無視すればいい。つまり、コンプライアンス機能が働かず、世間の常識が通用しない、まるでガラパゴス状態になっている部分が存在しています。

●フジテレビはアナウンサーを育成しない?

--アナウンサーの育成についてお聞きしたいのですが、入社後はどのようなプロセスを経て、一人前のアナウンサーとしてカメラの前に立てるのでしょうか?

長谷川 たぶんテレビ局によって違うと思います。フジテレビの場合は、冗談のような研修を6週間やるだけです。その後は、「とにかく楽しんでこい」という感じで現場に出されます。テレビ朝日のように1年以上かけてみっちり鍛えるところもありますし、日本テレビやTBSでもきちんと鍛えているようですよ。フジテレビは、ちょっと特殊です。

 私の場合は、最初に競馬の実況を担当させてもらうまでに4年半かかりました。ただ、実況する前の4年間も土日は競馬場に通って、先輩たちの仕事の手伝いをしながら、実況の練習をしていました。そして、G1レースの実況をするまでには9年かかりました。

--その冗談のような研修というのは、具体的にどういうものですか?

長谷川 例えば、「元気ですかあー!」と大きな声を出すとか(笑)。だから、普通のアナウンサーなら誰もが言える有名な早口言葉の練習に使われる「ういろう売り」を空で言えないのは、フジテレビのアナウンサーだけです。こうしたフジテレビの方針は、三人娘と呼ばれた八木亜希子、河野景子、有賀さつきの時代以来、「とにかくキャラクター重視で行く」という考え方が強まってから続いています。

 なので、バラエティー番組などで活躍しているフジテレビの女子アナは、堅いニュース原稿などを文字上だけは読めるとは思いますが、単語の意味はわからないと思います。そういう研修はしませんから。

 ただ、誤解してほしくないのは、原稿は読めなくても、バラエティーで笑いはとれます。フジテレビでは彼女たちをタレントとして使っているわけですから、ニュースを読むよりも笑いをとるほうが大事です。そして、女子アナをタレントとしてタダで使っているから、経営的にも助かっているという面もあります。

--計画的にアナウンサーを育成していくという仕組みはないのですか?

長谷川 ありませんね。

フジテレビに関して言えば、アナウンス室独自の育成方針は立てられないということです。言われる仕事をこなす、それだけです。

 どうしてそういう状況になってしまうかというと、フジテレビには「番組を作っている人間がえらい」という、意味不明な価値観があるのです。つまり、みんなで番組を作っているはずなのですが、アナウンス室は制作局や編成局の“下請け”なのです。だから、これらの部署から「この番組に、あの女子アナを使う」と言われたら、アナウンス室としては従わざるを得ない。そして、みんな自分の実績以外は考えていないので、視聴率を稼ぐために人気の女子アナは引っ張りだこになり、仕事が集中する。

 例えば、現在はフリーの高島彩は、元同局時代に年末から正月にかけての特番に出ずっぱりで、その結果、何度も体を壊していました。あれだけ使われたら、体を壊さないほうがおかしい。でも、今のフジテレビでは上に物申す人間は全部飛ばされますから、アナウンス室の上司も言われるままに従うしかないわけです。

--それだけ一人に仕事が集中していれば、仕事のない人も出てくるのではないですか?

長谷川 今、アナウンス室には75人くらいのアナウンサーがいると思います。その中で、皆さんが名前と顔の一致するアナウンサーは、わずか数人だと思います。それ以外は、アナウンス室に来て、雑誌を読んで、時間になったら帰ります。すごくバランスが悪いですよ。仕事が一人に集中すると、ほかが育ちませんからね。

--10年に退社した高島彩をはじめ、ここ最近フジテレビの人気女子アナの退社が続いていますが、その背景にはやはりそうした同社の体質への不満があるのでしょうか?

長谷川 一概には言えないでしょうが、そもそも不満がなければ辞めないですよね。昨年の中野美奈子と平井理央、そして今年は高橋真麻に松尾翠、本田朋子と人気アナの退社が続きますが、加えてフリー転身の噂が絶えない加藤綾子や生野陽子がもし退社するようなことがあると、フジテレビは一気に崩れていく可能性すらあります。

--そういう状況を改善し、きちんとアナウンサーを育成し、局としてより有効に活用できるような環境をつくるためには、どうすればよいとお考えですか?

長谷川 私はフジテレビに関しては女子アナの採用は、もうやめたほうがいいと思っています。その代わり、時給契約の局専属タレントを採用すべきだと思います。募集すれば、応募者はかなりたくさんいると思います。こうすることによって、人件費を大幅に削減できます。しかも、アナウンサーではなく、タレントですから、さまざまな雑誌のグラビアにも使ってもらえるので、経営効率は良くなります。

 一方で男性アナウンサーは仕事が多くて、めちゃくちゃ忙しいですから、毎年1~2人は採用しないとダメですね。今、地上波だけでなく、BSやCSでもスポーツコンテンツが急増していますが、BSとCSは予算がないので、実況できる男性アナウンサーはほぼ休みなしでやっています。

--フジテレビはここ最近、視聴率の低下も叫ばれていますが、原因はなんだとお考えですか?

長谷川 視聴率で7年連続三冠を取っていましたが、昨年はテレビ朝日、日本テレビに次いで3位、今年はTBSの『半沢直樹』が好評なことから、さらに下がっているようです。7年連続三冠当時の制作スタッフが、ほぼ全員残っているにもかかわらずです。一部の決定権を持つ上層部が、自分の出世のことだけしか考えず、視聴者を見ないという姿勢が、視聴者に見抜かれてしまっているということだと思います。

●経費不正使用疑惑の真相

--そんなフジテレビを、長谷川さんは今年4月に自主退職されました。原因はニューヨーク駐在時の経費不正使用疑惑で、アナウンサー室から著作権部へ異動させられたことですが、この問題が世間を騒がせるほど大きくなってしまったのはなぜでしょうか?

長谷川 私の独自取材によると、フジテレビのある社員が「長谷川が滞在経費を横領した」と勝手な勘違いして、「長谷川を処分しなければいけない」と社内で上層部にまで報告してしまったことが発端のようです。それを受け、後日ニューヨークにいる私のところに人事の方が調査に来たので、私は「相当誤解されています」と、メールなどの証拠資料もすべてお見せし、事実関係をきちんと説明しました。しかし、すでにその段階で社内の関係者もそこまで大騒ぎをしてしまったため、今さら「勘違いでした」では済まされなくなっていたのではないかと思われます。

--相談された弁護士の方々も、「横領には当たらない」という判断のようですね。

長谷川 4組6人の弁護士に判断を仰ぎました。それから、今回『いつも一言多い~』を刊行するに当たっては、小学館の弁護士や法務担当の方にも相談しました。まず横領に関しては、「不法領得の意思がまったくなく、お金を返そうとしているのが明確なことから、横領には当たらない」というのが皆さんの判断でした。それどころか、「フジテレビは典型的な労働契約法15条違反を犯している」とも言われました。

 労働契約法15条というのは、「懲戒するための客観的に合理的な理由がなく、社会通念上懲戒が妥当だと認められない場合、その懲戒は無効である」というものです。特に一方的な、公平性を欠く懲罰は無効であるという幾つもの裁判事例が存在するとのことです。私の場合は私の主張を無視され、提出しようとした書類の受け取りすら拒否されたので不公平な処分と言われてもしょうがないという事ですね。

--結局自主退職されたわけですが、どうして法的手段に訴えなかったのですか?

長谷川 帰国を命じられて日本に戻ってきた時には、法的手段に訴えようと考えていました。ただその相手は、フジテレビそのものではなくて、私を陥れた人たちと懲罰委員会というシステムに対してでした。私は、同局には本当にお世話になったと思っていますし、その同局に対して私のほうから仇をなす行為はしたくないという思いでした。でも、「一部の人間だけを訴える」あるいは「特定のシステムだけに異議を唱える」、そういうことはできないと弁護士に教えられました。

 ただ、どうしても自分の子ども、それから両親、自分の家族の名誉は守らなければいけないと思いました。それで、いろいろと考え抜いた挙げ句、最終的にアナウンサーとしてこれまで研鑽してきた “伝える力”を使って、フジテレビを退社した翌日の4月2日から、今回の顛末に関するブログを書き始めました。

--そういう思いがある中で、今回書籍を出された狙いはなんですか?

長谷川 ブログでは、実際に起きたことの2~3割くらいしか書くことができず、説明できていない部分も多かったのです。また、質問、励まし、また批判もたくさん頂きました。そういう中で、小学館の担当の方から、「私の次のステップになるような、そしてひとつのけじめになるような、そういう本を書いてみませんか」という温かいお言葉を頂いたわけです。そこで、今回の顛末について、ブログに書くことのできなかった法律的な解釈を含め、その一部始終を書き記すことにしたのです。

--最後に、今後のご活動予定などについて教えてください。

長谷川 今年10月からTOKYO MXの情報番組で、毎月第一水曜日にキャスターを務めることが正式に決定しました。フジテレビを退社してからこれまでの半年間は、とにかくテレビに戻ることだけを考え、声をかけていただくのをひたすら待っていましたので、やっと一歩目を踏み出せたという思いです。来年4月の番組改編時には、もう一段階飛躍できるように頑張っていきたいと思っています。

 それから、フリーになったことで、すごく講演の依頼をたくさん頂くようになりました。テレビで毎日のように見ていた人間が、テレビの裏側で起きていることを話すわけです。皆さん、かなり真剣に聞いてくれます。これからも、テレビ番組というものがどのように作られているのかについて、丁寧に話をしていきたいと思っています。

 今はとにかく、あらゆる仕事にこだわらずに、ナレーション、レポート、なんでもやりたいと思っています。そして、今回失ったものを取り戻すために、一歩ずつ、しっかりと歩みを進めていきたいと思っています。

--ありがとうございました。
(構成=編集部)

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