「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。

 晴れた日の日中は、薄着で過ごせるようになったこの時期。

「今日はアイスクリームでも買おうか」と考えることが増えた人もいるだろう。

 今では、冬にもアイスクリーム類(アイスクリーム、アイスミルク、ラクトアイスの総称、以下「アイス」)および氷菓(かき氷、シャーベットなど)を食べる生活習慣が定着してきたが、やはり汗ばむような陽気こそ、最もアイスがおいしい時期だ。5月9日は「アイスの日」でもある。

●昨年の売り上げは、過去最高の4300億円

 近年、アイスの市場規模は伸びており、4年連続で4000億円を超えている。具体的な数字で示すと2010年度は4063億円、11年度4058億円、12年度4181億円だった(いずれもアイス及び氷菓の合計販売金額/日本アイスクリーム協会調べ)。

 13年度の数字は確定していないが、4300億円を超える見通しだという。記録的な猛暑で需要が大きく伸びた1994年の4296億円を上回り、過去最高の市場規模となったようだ。

「最高気温が25度を超えるとアイスの売れゆきが加速する」「28度ではクリーム系がよく売れる」「30度を超えると氷菓系にシフトする」などといわれるように、アイス類の売れゆきは気温にも大きく左右される。

 久しぶりに4000億円超えとなった10年も、8月を中心に猛暑だった。その翌年の11年は東日本大震災が発生し、消費者は消費を手控え、メーカー側にとってはアイスの物流体制に綻びが出た。だが、震災の影響で高まった「節電」意識で、涼を取るための消費が伸びたことと、冬アイス商戦が健闘して4000億円台を維持したといわれる。

●希少なメガブランド「ピノ」

 そのアイス業界で圧倒的に需要が大きい家庭用は、ロッテアイス、森永乳業、江崎グリコ、明治、ハーゲンダッツ、赤城乳業といったメーカーが競い合う。

 多くのブランドがひしめく家庭用で、安定した人気を誇るのは森永乳業の「ピノ」だ。バニラアイスをチョコでコーティングした定番の味で、近年は味の多様化も進めている。アイスでは5つしかない「年間売上高100億円」以上のメガブランドの一つで、76年発売の38年目というロングセラーだ。

 現在のピノのブランド担当である森永乳業冷菓事業部・冷菓マーケティンググループマネージャー、木下孝史氏は、次のように開発秘話を明かす。

「発売当時は、まだカップタイプのアイスが主流の時代でした。そんな中で当時の開発者が米国へ視察に訪れると、一口タイプのアイスが存在した。そこで新しいアイスの食べ方として小さな一口アイスを開発して、新たな製造設備も設計して発売したのです」

 この狙いは大当たりし、発売直後から大人気となった。レギュラーサイズは当時も今も、1粒10ミリリットルのアイスが1箱に6粒入り(現在の希望小売価格は120円+税)。1粒の大きさは最もみんなの口に合うサイズ、6粒は不足感もないが、「もう少し食べたいな」と思う量に設定してあるとか。

 発売当時のパッケージには「フローズンデザート チョコボール」とも記されていた。それまでなかった一口アイスをイメージしやすいように、同社の兄弟会社・森永製菓の製品で、当時から人気だった「森永チョコボール」を意識したようだ。

●個人向けからファミリー層にターゲットを拡大

 現在では、幼児から高齢者まで世代を超えて愛されるピノだが、食べ方はさまざまだという。

「例えば、20代の男性ユーザーは『冷蔵庫に常備して、まず3粒食べて、残りの3粒は次の楽しみにとっておく』そうです」(木下氏)。現在のピノのCMキャラクターは人気アイドルグループ・嵐の櫻井翔。風呂上がりに冷蔵庫からピノを取り出すシーンは、このユーザーを髣髴させる。

 ピノの歴史を振り返ると、発売16年目で大きな変化があった。92年に1箱24粒入りのマルチパック(当時。現在は26粒入りで商品名は「ピノ チョコアソート」。希望小売価格は500円+税)を発売。個人向けだけでなく、ファミリー層にも訴求対象を広げたのだ。

 中身は定番のバニラ(バニラアイスをセミスイートチョコでコーティング)に加えて、アーモンド味(バニラアイスをアーモンドチョコでコーティング)、チョコ(チョコアイスをビターチョコでコーティング)など、味に変化をつけている。一部の中身は入れ替えるが、発売以来、アーモンド味を外したことはないそうだ。この戦略も、違う味を少しずつ楽しみたい消費者からの支持を受けて、売り上げ拡大に大きく貢献した。単価が高いので、販売店からの評判もより高まった。

 さらに04年からはいちご、キャラメル、抹茶などの季節限定商品(同社内ではフレーバー品と呼ぶ)を発売し続けている。こちらは中身もバニラアイスではなく、それぞれの味に変えたもの。いちごや抹茶のような人気フレーバーは、その後、何度も登場してきた。

 こう説明してくれた木下氏に「気温が28度を超えると売り上げが落ちて、氷菓に取って代わられるのですか?」と聞いたところ、「そうした話は知っていますが、データで見る限り、大きな影響が出ているとは思えません」と話していた。

●「オリジナル ピノ」のイベントも話題に

 マーケティングの世界では「ロングセラーブランドは、顧客と共に年を取る」ともいわれる。例えば、化粧品などが長く消費者に愛用されていると「おばあちゃんの鏡台に置かれているイメージのクリーム」と若い世代に認識されるようになることがある。一度そうしたイメージがつくと、若い世代を取り込みにくくなる。

 その例外となったのがヘチマコロンだ。大正時代に発売されて、古めかしいイメージが強かった同商品だが、若い女性の口コミで人気が広がり、客層が大きく若返った。最近も若い世代に安定した人気を得ている。

 ピノもバニラ味だけにこだわっていたら、発売当時の若者が年を取った今、“中高年御用達のブランド”となっていたかもしれない。そうした高齢化に陥らないために、さまざまな仕掛けを行ってきた。

 例えば、同社の公式サイトで今年2月17日から3月16日まで実施したのが「ピノ コーティングチョコ 人気ランキング」だ。結果は、抹茶チョコが圧倒的人気(8290票)で1位。以下、2位・アーモンドチョコ(5295票)、3位・チーズチョコ(4081票)、4位・ビターチョコ、5位・ホワイトチョコ、6位・ストロベリーチョコ、7位・紅茶チョコの順。

 チーズが3位とは意外に思えるが、木下氏は「スイーツの世界でチーズケーキが定番となっているように、ピノでもレアチーズ味を発売したことがあるのです。当社の別ブランド『MOW』(モウ)でも、クリーミーチーズ味は人気となっています」と説明する。

 この結果も踏まえて4月13日、東京ソラマチ(墨田区)で「ピノ フォンデュカフェ」と呼ぶイベントを開催した。100種類以上の組み合わせからアイス+チョコ+トッピングを、自分の好みで選べる試みだった。参加無料の効果もあって、同社の想定以上に来場者が殺到。急遽、整理券を配ったが、かなり長い待ち時間が生じたという。

 ピノのような定番商品は特に、トレンドのほんの少し先か、同じぐらいのスピードで消費者に寄り添って歩くような“温かみ”も求められる。パーソナルからファミリーに広げ、そしてまた、よりパーソナルに振る。こうした刺激策で新たな客を呼び込みつつ、離れていった客も呼び戻す。

「待っていても客は来ない」時代ならではの生き残り術といえよう。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト)

高井 尚之(たかい・なおゆき/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント) 
1962年生まれ。(株)日本実業出版社の編集者、花王(株)情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。出版社とメーカーでの組織人経験を生かし、大企業・中小企業の経営者や幹部の取材をし続ける。足で稼いだ企業事例の分析は、講演・セミナーでも好評を博す。
『「解」は己の中にあり』(講談社)、『なぜ「高くても売れる」のか』(文藝春秋)、ほか、著書多数。
E-Mail:takai.n.k2@gmail.com

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