ワイデンは日本の電通や博報堂のようなメディアバイイングを含めた総合広告会社でなく、クリエイティブに特化した広告会社として世界的に知られている。
ファストリ社長の柳井正氏がジェイ氏を起用した背景には、クリエイティブを中心とするマーケティングコミュニケーション業務が、経営に大きな影響を及ぼす機会が増してきたからだ。同社はすでにジェイ氏だけでなく、著名なクリエイティブディレクター佐藤可士和氏を起用し、ロゴ・店舗・広告デザイン開発に力を入れてきた。同社のマーケティングコミュニケーション活動がうまくいっている理由のひとつとして、トップである柳井氏とクリエイティブディレクターが直接コミュニケーションを取れる関係にある点が挙げられる。そして、柳井氏がジェイ氏や佐藤氏の能力と仕事に敬意を払っていることも大きい。
日本の広告業界において、多くのクライアントと広告会社の関係は主従関係であり、クライアントの意向が絶対である。ここで言うクライアントの意向とは、戦略や戦術の成否ではない。仮にクライアントの戦略が間違っていようと、その意向をくむことが受注につながるのであれば、広告会社は異を唱えないケースが多い。それは、「広告会社が気に入らなければ、替えればよい」というスタンスを持っている企業が少なくないという意味でもある。
しかし、本来クライアントと広告会社はパートナー関係を構築し、長期契約をすべきだ。
成長、成功している企業の経営者は、クリエイティブディレクターと対等な関係を築く。理由のひとつは、自分の保身よりも会社の成長を考えているからだ。会社の成長のためには、自分に足りない分野でプロフェッショナルな能力を持つ人材に敬意を払って任せることが、最良のことだと理解している。したがって、柳井氏だけでなくソフトバンク社長の孫正義氏も同じようなスタンスでクリエイティブディレクターと接している。
経営においてマーケティングの位置付けがますます重要になり、グローバル化が加速している。その流れを先取りするかたちで、ファストリはジェイ氏の起用に踏み切ったのだ。
日本では、これからますますプロ人材起用の流れが加速していくだろう。それは雇用というケースもあれば、アドバイザーや顧問というように社長直轄の重要な役回りを外部に与えることもあるだろう。これからの経営においては、プロフェッショナルな能力を持つ人材をいかに企業に取り入れられるかがポイントとなり、異能の活用こそが企業成長に結びつくのだ。
この潮流は、クリエイティブ分野以外にもすでに始まりつつある。
たとえば、10月にサントリーホールディングスの社長に就任した新浪剛史氏は、以前ローソンの社長だった。また、4月に資生堂社長に就任した魚谷雅彦氏は、それまで日本コカ・コーラ会長を務めていた。サントリーも資生堂も、企業や業界を問わず、プロフェッショナルなスキルと経験を生かしてもらうかたちを取ったのだ。●プロ人材に権限委譲し、瞬時に判断
クリエイティブやマーケティング分野のプロ人材の重要性が高まる背景には、企業において「過去のやり方が通用しない」という危機感が強まっていることがある。商品開発期間とその販売期間は短期化し、消費者の趣味嗜好は多様化し、瞬時に変化していく時代となり、企業も判断スピードを速めなければならない。そのために、任せられる人材に権限委譲して瞬時に判断してもらうということが必要になっている。特にクリエイティブやマーケティング分野においては、理性だけでなく感性が重要な場面も多く、より一層プロ人材が求められることになる。
広告では、経営者、宣伝担当役員、宣伝部長、宣伝課長、担当者、営業部長、製造部長などの関係者が、それぞれの立場で意見を言うケースはよくあることだ。立場上の意見もあれば、デザインなどに関して自分の感性で発言することもある。だが、筆者の経験からいえば、このかたちでは時間もかかればアイデアも悪くなってしまい、うまくいかないケースがほとんどだ。それを熟知しているファストリやソフトバンクは、経営者とクリエイティブディレクターがタッグを組み、感性領域に関する物事を、スピード感を持って判断・実行しているのだ。
今回、ファストリがジェイ氏を起用したことがきっかけとなり、クリエイティブ、マーケティング分野において優秀な外部人材の起用が進んでいくことになるだろう。それは企業の業績向上だけでなく、つまらなくなったといわれるCMや広告に再びスポットライトが当たることにもつながるだろう。
(文=新井庸志/株式会社ホワイトナイト代表、マーケティングコンサルタント)