米投資ファンド「クォンタム・ファンド」の共同設立者のひとりで、ウォーレン・バフェット氏、ジョージ・ソロス氏と並んで「世界3大投資家」と称されるジム・ロジャーズ氏。そのロジャーズ氏が今年、日本人に向けて語り下ろした『お金の流れで読む 日本と世界の未来』(PHP新書)が話題を呼んでいる。

 リーマンショックやドナルド・トランプ米大統領の当選など、数多くの「予言」を的中させ「投資の神様」とも呼ばれる同氏が見通す日本の未来は、どのようなものなのか。本書を翻訳したジャーナリストの大野和基氏が、ロジャーズ氏に直接インタビューした。

もし日本の総理大臣になったら……

――以前、インタビューした際、「2011年3月11日の東日本大震災の直前に日本株を買い始めた」と発言され、震災後さらに買い増したことも言っていましたね。

ジム・ロジャーズ氏(以下、ロジャーズ) そうです。震災後は株価が下落したからです。日本株を買い始めたときは、日本は中期的にみると景気が回復すると思っていたからです。

日本銀行がさらに量的緩和をする政策をとったので、それが影響したことも確かです。

――今年になって日本株を売ったのはなぜですか。

ロジャーズ 安倍政権の政策を見ていると、少子化対策もろくにしないし、債務は膨れ上がるばかり。そのため、長期的に見れば、日本が衰退すると思ったからです。日本株は、あくまでも中期的な投資であって、長期的なものではありません。

――円も売ったのですか。

ロジャーズ すべて売りました。日本に関しては、株も円も何も持っていません。

――日本株や円を売って、儲けることができましたか。

ロジャーズ かなり儲けましたね。

――本書の中で「もし私が日本の総理大臣になったら」という話は、とても興味深いものでした。「歳出の大幅カット」「関税引き下げと国境の開放」「移民の受け入れ」の3つを挙げていますが、なぜこの3つがもっとも大事なのでしょうか。

また、歳出のカットについては公共事業をカットするとしていますが、具体的には何をカットするのがいいでしょうか。

ロジャーズ 日本は「roads to nowhere(どこにも通じていない道路=無駄な道路)」や「bridges to nowhere(どこにも通じていない橋=無駄な橋)」をたくさん建設しました。日本には、世界中の羨望の的になるほど見事なインフラもあります。しかし、それを使う人がどんどん減少しています。人口が減少しているからです。選挙で票を集めるためには、そういう建設も必要だったかもしれないが、これから一体誰がその費用を払うというのでしょうか。

高速道路は消滅しないし、空港も消滅しません。新しいインフラを建設するのをやめるべきです。

――関税を引き下げることで、どういった製品の輸出入が増えると思いますか。

ロジャーズ 競争が経済に対してマイナスに働いたことは一度もありません。競争は常に経済にプラスになります。関税の構造は、あなたのほうがよくわかっていると思うが、なぜメロン1個に50ドル(約5000円)も払わないといけないのでしょうか。

確かに、日本には世界で最高級のメロンがあります。その理由のひとつは、その産業が守られているからです。そのおいしいメロンを50ドル以下にすることは可能です。

 関税を下げると、特に食料品の輸出入が増えるでしょう。日本のコメも同様です。日本では、世界基準の数倍の価格となっています。

それはその産業が保護されているからです。産業を保護することは、日本の経済にマイナスになります。日本の若い夫婦の家庭が、高いコメに多くのお金を使っているような状況は、誰にも恩恵を与えていません。関税を下げて安いコメが入ってくればいいのです。食費に多くのお金を使わなければならない家族は、子供を多くつくることができません。何十年も、日本は自国の経済を保護してきました。関税がかかっている品目のリストを作成すれば、どの関税を引き下げなければならないかがわかります。それを今すぐにやるべきです。

――これらを実行した場合、日本のGDPや日経平均株価はどれくらい上がると考えられますか。

ロジャーズ どれくらい上がるかはわかりませんが、赤ちゃんを産み育てるための商品・サービスを提供する企業の株は上がるでしょう。また、保護から外された企業の株は下がると思いますが、そういう企業はこれから競争にさらされるでしょう。

もし40歳の日本人ならば……

――「もし私が40歳の日本人ならば」という項目も、おもしろかったです。「農場を買う」のは日本の農業にチャンスがあるからということですが、どういった作物を、どういう価格で、どこに売るビジネスに勝機がありそうですか。

ロジャーズ 日本には多くの“空っぽの農地”があります。外にいることや汚れることが嫌いな人は農業をやらないでしょうが、農業には大きなチャンスがあります。日本の農民の平均年齢は60代後半になっており、若い人はみんな東京や大阪に引っ越して、農地にはほとんど残っていません。コメが保護産業から外されれば、コメを安く売ることができるようになります。そこに勝機があるでしょう。

――「教育事業」では、「日本に来る外国人を相手にする」と述べているが、日本語を教える日本語学校などがビジネスになるということでしょうか。それとも、彼らに何か専門スキルを教える学校などがビジネスになりそうですか。

ロジャーズ 外国人に教えることもあれば、外国人が日本人に教えることもあるでしょう。英語圏から来た人であれば、日本人に英語を教えられます。たとえば、大工でも外国には日本とは違うやり方があります。外国人をもっと歓迎するべきです。日本には、すでに外国人用のコースを持っている学校がありますが、まだ学校には外国人を受け入れる余裕があります。それを使わないのはもったいないです。ビジネスには“やり方”があります。すでに教育ビジネスで成功している企業であれば、そのやり方を知っています。

 日本は最近、外国人労働者の受け入れを拡大する出入国管理法改正案を閣議決定しましたが、年間7万人くらいではまだまだ足りません。人口が1億2500万人の国にとっては、解決にならないのです。しかし、日本が何か対策を講じたという点では、評価すべきことです。労働者として入ってくる外国人が日本社会に貢献する姿を見れば、外国人はそれほど悪くないとわかり、もっと多く受けいれるかもしれないからです。

「米中貿易戦争の激化→世界同時株安」までのシナリオ

――米中貿易戦争がさらに激化した場合、基本的には世界経済が没落するきっかけになると述べていますが、「米中貿易戦争の激化→世界同時株安」までのシナリオは、どのように進んでいくと考えていますか。

ロジャーズ 貿易戦争がどこかの国にプラスになった例は過去にありません。歴史を見ると、貿易戦争で勝つ国はないのです。トランプ大統領は、自分を歴史より賢いと思っており、貿易戦争でアメリカが勝つと思い込んでいるようです。しかし、トランプは間違っています。今、米中は交渉中だが、いずれ中国は農産物やエネルギーなどを、世界中からさらに多く買うようになるでしょう。

 残念ながら、アメリカ経済が来年か再来年“厄介な事態”に陥ると、トランプはそれを外国のせいにするでしょう。そして2020年の大統領選に勝つために、特にアジア人を悪者にするでしょう。良いニュースも出てくると思いますが、それは一時的なもので、次のリセッションが予想通りやってきたときは、ひどい世界同時株安が起きるでしょう。原因は、膨れ上がる国の借金と貿易問題です。

――そうなった場合、日本経済には特にどのような産業や企業に影響が出てくると思われますか。

ロジャーズ 大企業はすべてマイナスの影響を受けます。「日本の自動車はよく売れる」という事実をトランプは嫌いです。日本の自動車産業は、かなり痛手を受けるでしょう。鉄鋼、アルミニウムも同じです。自動車産業のように、日本の企業が調子いい分野は、すべてマイナスの影響を受けるでしょう。それが日本経済を失速させ、世界経済も失速させます。そして世界経済が失速すると、貿易戦争に関係のない産業までもがマイナスの影響を受けます。

――一方、米中貿易戦争で「利を得る」のがロシアだというご指摘も興味深いです。

ロジャーズ この貿易戦争でアメリカは、中国とロシアに圧力をかけています。その結果としてトランプがロシアを再び偉大にしています。そして中国も同様の恩恵を受けるといえます。おそらく毎朝、ロシアの農民は目を覚まして、トランプに感謝しているでしょう。状況が良くなっているのはトランプのおかげだからです。

――ほかに米中貿易戦争で「恩恵」を得る国はありますか。

ロジャーズ イランです。これらの国は、貿易戦争でアメリカが圧力をかけることで、さらに強くなっています。貿易戦争はアメリカの助けにはなっていないのです。この3カ国がますます近くなり、強くなっていくだけです。

潤う産業と衰退する産業

――産業では「銃産業」が潤うとの指摘もあったが、ほかにも潤う産業はありますか。

ロジャーズ 銃産業というのは比喩で、防衛産業のことです。そうなってほしくないですが、世界が不安定になりつつあり、中国もロシアも防衛にお金をつぎ込んでいます。まったくの無駄です。しかし、政治家は防衛にお金をつぎ込んでいるのが現状です。

 特に日本はそうです。政治家が、自分たちにできるとわかっている経済対策のひとつが防衛にお金を使うことです。確かに、防衛費を増やせば経済にはプラスになります。得てして、経済が悪化すると国は防衛にお金を使います。国防にお金を使うことは、早く簡単に経済に刺激を与えられるからです。しかし、長期的にはよくないのです。たとえば、タンクを建設しても風雨にさらされて錆びるだけです。長期的に見ても、国のためにはまったくなりません。学校を建設するほうがよっぽど有用です。

――ちなみに、いまアメリカで元気がいいのは「GAFA」と呼ばれる企業群ですが、これらの未来についてはどう見ていますか。

ロジャーズ これらの企業は、市場に競争をもたらしています。これほどまでに成功しても、常に競争をもたらします。スマートフォンをつくることができるのは米アップルだけではありません。米国のセキュリティの脅威になっていますが、中国ファーウェイもより優れたスマホをつくっています。米国は中国との競争を制限しようとしていますが、世の中は競争することで回っているのです。

――GAFAはいつごろから衰退し始めるでしょうか。

ロジャーズ 次の弱気市場で、かなり落ちるでしょう。すぐ前の強気市場の値がさ株は、劇的に下がるのが常です。時には8割、9割と下がることもあります。株価が高くつけられすぎているからです。

――アマゾンのジェフ・ベゾスCEO(最高経営責任者)は、「アマゾンはいつか消える」と自ら発言しています。

ロジャーズ ダウジョーンズ工業株平均は100年前に30の企業で始まったが、そのどの企業もダウ工業株平均に残っていません。消え方は違っても、すべて消えています

――最後に、「中国で投資をするならば環境、インフラ、ヘルスケア」との発言について聞かせてください。環境対策ビジネスでは、特にどの分野に注目していますか。

ロジャーズ ヘルスケアと環境です。中国にはもっといいヘルスケアが必要です。今、かなりヘルスケア産業にお金を使っていますが、まだ中国の衛生状態はよくありません。そのため、まずは環境をきれいにしなければなりません。中国の「一帯一路構想」は、巨大なインフラ・プロジェクトです。中国にとっても有用で、世界のためにもプラスになる構想です。

(構成=大野和基/ジャーナリスト)