株式市場でLIXIL(リクシル)グループの空中分解が囁かれている。経営権をめぐる抗争はひとまず終息したが、火種は燻りつづけているからだ。

 6月25日の株主総会で、昨年にCEO(最高経営責任者)職を事実上解任された瀬戸欣哉氏陣営が、僅差で旧トステム創業家出身の潮田洋一郎元会長陣営に勝利し、CEOに返り咲いた。総会後、瀬戸氏は記者会見で「今日からワンリクシル。いいチームになれると確信している。対立はあったがワンリクシル、ノーサイドで進めていきたい」と語った。

 瀬戸氏の思いは確かにその通りだろう。戦いが終わればノーサイド、一致団結しようというわけだ。しかし、抗争が残した爪痕は深い。そう簡単に“シャンシャン”手打ちとはいきそうもない。

発端は潮田氏の日本脱出計画

 抗争の発端は2018年10月、取締役会議長(当時)だった潮田氏が、「プロ経営者」として招いた瀬戸氏を解任し、自ら会長兼CEOに就いたことだ。この決定が不透明だとして、世界最大の資産運用会社、米ブラックロックや英投資会社マラソン・アセット・マネジメントなど海外の4機関投資家が異議を唱えた。

 なぜ、潮田氏は瀬戸氏を切ったのか。本社を東京からシンガポールに移し、経営陣による自社株式の買い取り(MBO)を計画する潮田氏に、瀬戸氏が反対。

潮田氏は、自分の計画に楯突いた瀬戸氏を解任。自らCEOに就いて、シンガポール移転、MBO計画を実行しようとした、との解説が流布していた。

 瀬戸氏を支持する英マラソン社ら英米の機関投資家と、LIXILグループ前身の1つであるINAX創業家出身の伊奈啓一郎取締役は、潮田会長と山梨広一COO(最高執行責任者)の取締役解任を求める臨時株主総会の開催を要求した。瀬戸氏は4月5日、伊奈氏と共同で6月の株主総会の議案として両氏を含む8人を取締役に選任するよう求める株主提案をすると発表した。

 潮田氏は反撃に出る。4月18日の記者会見で、5月に取締役を退任し、6月の株主総会で会長兼CEOも退くと発表した。

 これで、機関投資家が求める臨時株主総会を開く意味を喪失させた。株主総会で会長兼CEOも退くと言い、潮田氏は突然、舞台裏に隠れた。だが、引退する気などなく、「院政」を敷く布石だといわれた。

機関投資家の「信」を失った潮田氏

 潮田氏は役員人事を決める指名委員会に、株主総会での取締役候補の選任を委ねた。指名委員会が出した結論は、潮田氏の意を酌んだものだった。

 株主総会に会社側が提案する取締役候補10人のうち6人が6月5日、東京都内で記者会見した。

社外取締役候補でコニカミノルタ前社長の松崎正年氏は、「現取締役はすべて退任し、社外取締役を中心にコーポレートカバナンス(企業統治)を再構築していくことが合理的だ」と強調した。

「現取締役すべて退任」というのは、まさに反潮田の急先鋒である瀬戸氏と伊奈氏の追放を狙ったものであった。しかも、会社側の唯一の社内取締役候補の大坪一彦執行役副社長は、潮田氏の側近。潮田氏が「院政」を敷く意図は明白だった。それでも、正式の手続きを踏んで取締役候補をまとめたことで「潮田氏側は勝利を確信した」(関係者)。日本の株主総会で会社提案が負けることは、ほとんどないからだ。

 総会では会社側が提案した取締役(8人)と、瀬戸氏側が提案した取締役(6人)、さらに会社と瀬戸氏側の両方が提案した2人の選任が諮(はか)られた。結果は、瀬戸氏側は重複していた2人を含めて全員承認されたが、会社提案は8人のうち2人が否決され、瀬戸氏側の勝利となった。

 負けるはずのない会社案が敗れたのは、機関投資家が潮田氏の息のかかった指名委員会が選んだ取締役候補に不信感を抱いたからだ。会社案では潮田院政体制になると判断した。

 国内最大の機関投資家である日本生命保険は、会社案だけでなく、瀬戸氏側の取締役に賛成票を投じた。メガバンクも瀬戸氏側に賛成票を投じた。

瀬戸氏は潮田派取締役の一掃を狙う

 瀬戸氏が経営権を奪い返し、CEOに返り咲いたとはいえ、薄氷を踏む思いの勝利だった。圧勝したわけではなく、権力基盤は脆弱だ。新体制では取締役会を仕切る取締役会議長に“反瀬戸”を標榜してきた松崎氏が就いた。取締役会は瀬戸・新CEOと松崎氏の綱引きが演じられ、紛糾することが予想される。

 瀬戸氏は「14人の取締役会では質の高い議論が議論できるわけはない」「来年以降、会社の提案として取締役を5~9人に絞らなければいけない」(6月28日付日本経済新聞より)と述べている。取締役を選任する指名委員会でも瀬戸氏側が過半数を制した。指名委員会5人のうち、瀬戸氏側は委員長の西浦裕二氏(三井住友トラストクラブ元会長) 、伊奈氏、鬼丸かおる氏(元最高裁判事)の3人。潮田氏側は松崎氏と河原春郎氏(JVCケンウッド元会長)の2人。

 2020年の取締役改選で潮田氏側取締役の一掃を図るのが狙い、と取り沙汰されている。潮田氏の復活の芽を断つために、瀬戸氏は「自身の解任を再検証」し、100日ぐらいで検証結果を公表するとしている。

 ただ、潮田氏が黙って引き下がることはありえず、もうひと波乱は避けられない。瀬戸氏が権力体制を確立したら、今度は潮田氏が反旗を翻し、LIXILグループの分裂の危険が高まると見る向きが多い。

旧トステムと旧INAXの分裂に発展するのか

 LXILグループは2001年、アルミサッシの旧トステムと衛生陶器の旧INAXが経営統合し、持株会社INAXトステム・ホールディングスとして発足。04年に住生活グループに社名変更。その後、システムキッチンのサンウエーブ工業、アルミサッシの新日軽、門扉の東洋エクステリアが合流、住設機器・建材の総合メーカーとなり、12年にLIXILグループとなった。

 経営の主導権争いの行き着くところは、旧トステム創業家の潮田氏と、旧INAX創業家の伊奈氏の対立という図式だったとみられている。この先、対立が続けば、01年の統合前の旧トステムと旧INAXに分裂する危険性がある。それを食い止めることができるのは、CEOに復帰した瀬戸氏だけである。瀬戸氏はカバナンス力を問われる正念場を迎えた。

(文=編集部)

【LIXILグループ新取締役】

○瀬戸欣哉        取締役代表執行役社長兼CEO

  大坪一彦        取締役代表執行役副社長営業・国内子会社担当

○吉田聡         取締役執行役専務LHT Japan担当

○川本隆一        取締役兼監査委員会委員

○伊奈啓一郎       取締役兼指名委員会委員

 松崎正年        取締役兼取締役会議長兼指名委員会委員

 内堀民雄        取締役兼監査委員会委員

○鬼丸かおる       取締役兼指名委員会委員

 河原春郎        取締役兼指名委員会委員兼報酬委員会委員

 カート・キャンベル   取締役

○鈴木輝夫        取締役兼監査委員会委員

○西浦裕二        取締役兼指名委員会委員長兼報酬委員会委員

○濱口大輔        取締役兼報酬委員会委員長兼監査委員会委員

 三浦善司        取締役兼監査委員会委員長兼報酬委員会委員

(○印は株主提案で選出された取締役/上記、敬称略)

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