7月10日、大手旅行会社のエイチ・アイ・エス(HIS)が、国内外で不動産事業などを展開するユニゾホールディングス(ユニゾ)に対し、株式公開買い付け(TOB)を実施すると発表した。HISが提示した買い付け価格は普通株式1株当たり3100円(7月9日の終値に対して約56%の価格上乗せ<プレミアム>)である。
一方、ユニゾはHISとの間に信頼関係がないといった点などを挙げ、TOBに強く反対している。これにより、HISによるユニゾへのTOBは敵対的なもの(買収を提示された側が反対する案件)となった。日本では、企業は売ったり買ったりするものではないとの考えが多かった。そのなか、HISによる敵対的TOBは、国内M&A市場に一石を投じることになるのではないか。HIS創業者である澤田秀雄氏は買収などを用いて事業規模を拡大してきた。加えて、ユニゾが出資や買収によって成長してきたソフトバンク傘下の投資ファンドと組み、HISに対抗しようとしている。どのような展開となるか、非常に興味深い。
日本には珍しい敵対的なTOBこれまで、日本の企業経営では、“調和”が重視されてきた。企業の買収に関しても、相手が「いやだ」と反発しているにもかかわらず、資本の論理(株式保有比率の引き上げなどによる意思決定力の増大)に基づいた企業の支配を目指す考えは少なかったように思う。それよりも “和を以て貴しとなす”の考えが重視されてきたといえる。
国内のTOBの歴史を振り返ると、伊藤忠やデサントのケースのように、資本関係があった上で双方の利害が対立し、結果的に敵対的TOBに発展してしまったケースはあった。
敵対的なTOBによって一方が相手企業への支配力を強めることよりも、ソフトアライアンスを通した協力などが目指されることが多かった。HISがユニゾに対して行ったように、企業同士の関係が浅い、あるいはほとんどないケースにおいて、「資産内容が魅力的なのでわが社と一緒に事業を行おう」と突如として協業が申し入れられ、それが買収に発展するケースは珍しい。なお、HISは澤田氏が創業した企業であり、ユニゾは大手銀行系の不動産企業である。
このように考えると、HISがユニゾに対して敵対的TOBを仕掛けたことは興味深い。見方を変えれば、国内M&A市場も欧米並みの様相を呈しつつあるということだろう。欧米では、企業が成長のために必要だと思った資産あるいは競合企業そのものを買収することは珍しいことではない。それが友好的であろうと、敵対的であろうと、必要なものは手に入れる。それができなければ、企業が持続的な成長を目指すことは難しくなり、反対に買収の対象として見なされる展開もあるだろう。
敵対的TOBを仕掛けるHISの狙い現在、HISは新しい分野に進出し、収益力を高めようとしている。
もともと、HISは旅行事業を中心に成長を遂げてきた企業だ。2008年の時点で同社の営業利益の97%が旅行事業から獲得されていた。HISは旅行事業に加え、長崎のハウステンボスや「変なホテル」で知られるホテル事業に進出して収益力を高め、その源泉を分散してきた。
HISの収益状況をみると、営業利益に占める旅行事業の割合は59%に低下した。加えて、旅行業界全体が大きく変化している。その背景にはさまざまな要因が考えられる。そのひとつとして、ITプラットフォーマーの登場により、競争が激化していることの影響は大きいだろう。私たちの行動を見ても、HISなどの営業店に行って旅行プランの提案を受けるよりも、インターネット上で航空券や宿泊先などを予約することが増えている。民泊を使う人も多い。世界の旅行業界が大きな変革期にある。
既存の旅行業者にとって、ITプラットフォーマーと提携するにしても、手数料を支払わなければならない。自社でITプラットフォームを一からつくり上げ、それを普及させるにはかなりの経営資源が必要だ。ITプラットフォーマーとの差別化も難しくなるだろう。この状況のなかで旅行事業にこだわり続ける企業は、価格競争に巻き込まれる恐れもある。
HISは従来の延長線上の発想で旅行業周辺の事業強化を重視するのではなく、ファンドビジネスという新しい領域に踏み込もうとしていると考えられる。HISは変なホテルを中心にホテル事業の成長を目指したい。その点において、ユニゾのホテル事業はHISにとって魅力だ。加えて、ユニゾは国内外でオフィスビルの保有・賃貸などを行う不動産事業も展開している。HISが旅行業とのシナジー発揮を目指しつつ、収益源の多角化を進める上で、ユニゾの事業ポートフォリオは魅力的に見える。
TOBの今後の展開予想HISによるユニゾへの敵対的TOBがどのような決着を迎えるかは、現時点で判断することが難しい。ただ、今回の案件は、波風を立てることを避け、友好的な買収が多かった国内M&A市場に一石を投じるものになる可能性がある。それは、企業経営に大きな影響を与えるだろう。
ユニゾはソフトバンクが買収した投資ファンド、フォートレス・インベストメント・グループと組んで別途TOBを行い、株式の非公開化を目指すとの報道も出ている。ソフトバンクは企業家の人柄を見極めた上でスタートアップ企業など出資を行い、成長を実現してきた孫正義氏が率いている。ソフトバンク傘下のファンドがTOBに絡むことによって、どのようにユニゾとHIS双方が市場参加者の賛同を取り付け、自らの目指す状況を実現するかといった点に関心が集まるだろう。
どのような展開になるか不確実な部分が多いが、今回のTOB合戦は、日本企業にとって買収戦略の意義と重要性を考える重要な機会となるだろう。HISは買収を通して成長のための要素を取り込みたい。一方、ユニゾはこれまでの経営風土を守りたい。そうした企業の考えがどのように実現されていくかは、他の企業にとっても大いに参考となると考える。
今後の展開によっては、買収は成長に必要な要素を取り込む手段のひとつとの見方が、さらに増えることもあるだろう。すでに日本電産のように買収を行うことを通して、事業ポートフォリオの分散と収益源の多角化を進めることで成長してきた企業もある。そうした考えが増えることは、日本経済のダイナミズムの引き上げに大切だ。
突き詰めて言えば、日本における企業は売買するものではないという考え方が変わる可能性もある。中小企業の後継者問題の解決などわが国の経営資源をより有効かつ効率的に活用していくために買収に関する考え方がどのように変化していくか、興味深い。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)