履正社高校の初優勝で幕を閉じた、夏の甲子園。準優勝の星稜高校・奥川恭伸投手が智弁和歌山高校戦で右足ふくらはぎをつったこともあり、今年も炎天下で開催することの是非が問われた。

また、大会前には大船渡高校が佐々木朗希投手の登板を回避して甲子園出場を逃したことに、さまざまな意見が飛び交った。

「球数制限」と「投手の連投問題」に代表される高校野球改革論は今後も叫ばれ続けることが明白だが、スポーツライターの喜瀬雅則氏は「現状では解決が不可能です。なぜなら、高校野球最大の特徴はオープンシステムだからです」と語る。

「試合が可能な部員数と態勢が整っていれば、どの高校も都道府県予選に参加できます。これは日本高校野球連盟(以下、高野連)の一貫した姿勢で、甲子園常連校だろうと部員を集めるのに苦労する高校だろうと条件は同じです。少子化や過疎化の影響で、地方の公立高校などは部員9人を集めるのすら大変です。年々増えている連合チームも、練習や試合をするのがやっと。そんな状況で球数制限を設けた場合、高野連が位置づける『高校野球=部活動』の本筋から外れてしまいます」(喜瀬氏)

 甲子園で勝ち進むほど議論の対象となる「投手の連投問題」についても、喜瀬氏は次のように語る。

「この問題には決して目をつぶるわけにはいきませんし、現状がベストだとも思いません。ただし、全国の球児のうち、プロ野球で活躍できる投手は何人いるでしょう。連投問題とは、ごく一部のトップレベルの選手だけが直面する問題です」(同)

 球数や連投を制限した場合、昨夏の甲子園を席巻した“金農旋風”は起きなかっただろう。

「逆に言えば、金足農業はオープンシステムだからこそ準優勝できたわけで、制限を課せば、無名校対強豪校という高校野球最大の魅力も失われます。

高野連は対応が遅い、などと批判されますが、全国4000校を束ねる高野連の基本的な考え方は『全高校を同じ条件で戦わせること』です」(同)

 つまり、球数制限などのルール制定は高野連の考え方とは真逆の方向に向かってしまうことになるのだ。

甲子園を目指さない“新連盟”とは

 では、これからの高校野球はどのようなあり方がいいのか。

「『甲子園を目指す』という前提を外すことが大事でしょう。高野連に加盟しない野球部を集めて新連盟を結成すれば、球数制限や連投禁止などのルールがつくれます。これなら、プロ(独立リーグ)・大学・高校とピラミッド式の育成システムにより、高校生でもプロの試合に出場することができますし、高校を中退した部員の受け皿にもなれます。つまり、現行の高野連と新連盟が共存することで、高校球児たちに“もうひとつの選択肢”を与えることが重要ではないかと考えています」(同)

 野球界に存在する「プロアマ協定」により、プロ野球と学生野球の間では試合や指導が禁じられているが、高野連に加盟しないこの方法なら、現状のさまざまな問題も解消される。

 このような誰も口にしないシステムを語ることができるのは、喜瀬氏がプロ野球や高校野球だけでなく、野球界を幅広く取材してきたからだろう。

『牛を飼う球団』(小学館)で独立リーグ・四国アイランドリーグプラスの高知ファイティングドッグスの球団経営を記した喜瀬氏は、『不登校からメジャーへ イチローを超えかけた男』(光文社)で、知る人ぞ知る野球選手・根鈴雄次氏の野球人生を追いかけた。

 中学時代から争奪戦になるほどの逸材ながら高校を中退し、10代で渡米。帰国後に定時制高校に入り直し、大学卒業後に再び渡米した根鈴氏はマイナーリーグで活躍し、あのイチローより先に「日本人初の野手メジャーリーガー」の座をつかみかけたが、その夢は寸前で叶わなかった。そして、帰国後に日本の独立リーグで野球を続けた、異色の経歴の持ち主だ。家庭内トラブルやプロアマ協定、野球協約などの壁にぶつかりながら、40歳直前まで現役を続けた野球選手である。

 野球をフィールドとするスポーツライターの取材対象は、多くが有名球団や有名選手だ。各媒体からの依頼が多く、仕事には事欠かない。しかし、喜瀬氏は対象者の肩書きではなく人間性や考え方に惚れ込み、その姿をとことん追いかける。主人公に対しては当然のこと、周辺取材も「ここまでやるか」と感じさせるほど入念だ。

 また、有名選手が対象の場合は媒体が取材費を賄うが、喜瀬氏の場合はすべて自腹だ。しかし、その労を厭わない。誰も目を向けない独立リーグや人物、つまり知名度にとらわれずに野球界を取材してきたからこそ、視野が広がるのだろう。

「ちょっと躓いたって、必ず立ち直れるんだ。人とは違う。だから、いいんじゃない!」

 熱き1冊のラストに記された2行は、人生の壁にぶち当たった人、思い悩む人の心に刺さるはずだ。

(文=小川隆行/フリーライター)

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