世界最大級の自動車メーカーグループであるルノー・日産自動車・三菱自動車アライアンスの独裁者として君臨してきたカルロス・ゴーン元日産会長が昨年11月、有価証券報告書に役員報酬を過少に申告していた疑いで逮捕されてから約1年。「ゴーン氏を追い落とすクーデター」を首謀した西川廣人氏が社長兼CEO(最高経営責任者)を辞任し、やっと新生・日産の経営体制が固まった。
内田誠専務執行役員が社長兼CEOに昇格する。同時に、三菱自動車のアシュワニ・グプタ最高執行責任者(COO)が日産のCOO、関潤専務執行役員が副COOに就くことも決めた。後任の人選では、ルノーと日産プロパー双方を納得させるため、3人による集団指導体制に移行することになった。妥協の産物で生まれる経営陣が、ゴーン元会長という独裁者に依存する体質が染み付いた社風から脱して、日産の経営を立て直すのは容易ではない。
日産プロパーか、ルノー出身者か日産は6月の定時株主総会で指名委員会等設置会社に移行。それに伴い発足した指名委員会はゴーン元会長の不正を長年、見逃していた責任を問われていた西川氏の後任選びを7月から本格化してきた。後任候補者は日産の社内外、外国人、女性など約100人いた。その後、9月9日の取締役会で社外取締役を中心に、自身の報酬に関する不正が発覚した西川氏に社長兼CEO職の辞任を要請、西川氏は受け入れざるを得なくなった。この時点で、指名委員会は後任の候補者を6人に絞っていた。
西川氏が9月16日付けで社長兼CEOを辞任し、10月末までに後任を選定する責任を負った指名委員会は、候補者と面談し、経営の考え方などについて詳細なインタビューを行うなどして後任選びを詰めてきた。この間、後任候補として関氏や内田氏、グプタ氏のほか、サントリーホールディングスの新浪剛史社長などの名前がメディアに取り沙汰されたが、最終的には内田氏がトップとなって、グプタ氏と関氏の2人が内田氏を支えるかたちに決まった。
指名委員会での後任選びは難航すると見られていた。
また、指名委員会が後任を選んでも日産に43%出資する筆頭株主のルノーの承認が必要不可欠だが、日産との経営統合を狙っているルノーとしては、日産の独立性に強いこだわりを持つ日産プロパーのトップ就任には反対だ。かといってルノー出身者では、日産の社員の士気が低下するのは避けられない。こうした思惑が交差するなか、今回発表された体制に落ち着いたのは妥協の産物だ。
日産社内では次期トップの本命は、日産の経営の柱になっている中国事業で功績のある関氏が有力視されていたが、関氏はルノーとの関係性が薄い。これに対して内田氏は、ルノーと日産の共同購買部門を務めたこともあってルノーでも顔が広い。指名委員会の委員長を務めた豊田正和社外取締役は、内田氏について「(ルノーと日産の)アライアンスにあこがれて日産に入社したほど、アライアンスを大事にする人」と評する。内田氏は日商岩井から日産入りしており、日産しか勤務経験のないプロパーの幹部と比べると日産に対する思い入れも、それほど強くない。
一方、関氏は「技術の日産」を標榜する日産の技術畑出身だけに、日産の独立性に対する考え方が強いと見られてもおかしくない。将来の経営統合を模索するルノーとしては、日産社内からトップを選ぶとしたら内田氏が適任だった。
ただ、アライアンスの契約で日産にはルノーからCOO以上を派遣することになっているだけに、内田氏のCEO就任だけでは、ルノー側に不満が残る。そこで白羽の矢が立ったのがグプタ氏だ。現在は三菱自のCOO職を務めるが、もともとルノーと日産のアライアンス関係の業務を多く務めており、入社はルノー・インドだ。
見方によっては、ルノー側の人材が日産のCOOに就くことになる。日産側としては中途組の内田氏がCEO、ナンバー2にルノー色の濃いグプタ氏が就くことから、日産プロパーである関氏を副COOとすることで、社内の士気向上を図る狙いがある。
しかも集団指導体制というかたちをとることで、ゴーン元会長による独裁経営からの脱皮という面を内外にアピールできる。木村康取締役会議長は「集団指導体制にするのは切磋琢磨して、透明性を確保し、公平な判断ができるため」と説明する。
日産は20年前にルノーと提携してから、ゴーン元会長の強力なリーダーシップで危機を乗り越えてきた。ゴーン元会長が日産から強制的に退場させられた後、求心力を失った西川氏の下で日産の業績は低迷している。妥協の産物で生まれた集団指導体制で、この危機を乗り切ることができるのかを懸念する声が、早くも上がっている。
(文=河村靖史/ジャーナリスト)