世界的に、モノの価格上昇が鮮明化している。原材料価格上昇が業績拡大を遂げてきた日本企業の業績に与える影響は無視できない。
その状況下、注目したい企業の一つがダイカスト大手のリョービだ。その理由は2つある。まず、世界的な自動車需要の回復に支えられてダイカスト事業を中心にリョービの収益は回復してきた。ダイカスト技術は同社のコア・コンピタンスだ。2つ目に、アルミニウム価格の上昇によって2021年度の業績は当初予想を下回る見込みだ。
今後の展開を考えた時、自動車の電動化などによってダイカスト技術の重要性は高まる可能性がある。その一方で、米国の金融政策が早期に引き締められるなど、世界経済の環境はさらに変化する可能性がある。リョービに求められることは、“選択と集中”を進めつつ、先端技術を積極的に活用して高付加価値の製品を創出することだ。同じことが多くの日本企業にもあてはまる。
世界的なモノの価格上昇の鮮明化現在、米国や中国を中心にモノの価格が上昇している。その背景として、4つの要因を確認しておきたい。
まず、新型コロナウイルスの感染拡大によって世界経済の供給のボトルネックが顕在化した。世界的に港湾施設の稼働率が低下し、モノの供給・生産体制が停滞した。その一方で、米中対立や経済のデジタル化によって半導体の需給がひっ迫してきたうえにコロナ禍による“巣ごもり需要”が加わり、半導体不足が深刻化した。物流の停滞や半導体や素材の供給不足から、世界全体で供給が需要を下回っている。その状況下、2020年後半以降、リョービの業績は徐々に回復してきた。
次に、人々の生活様式の変化もモノの価格を押し上げる一因である。日本だけでなく世界的に郊外に住み場所を変える人は増加し、戸建て住宅への需要が高まっている。それは、リョービの住宅機器事業の回復を支えている。住宅建設に使われる木材の不足も顕著だ。一時“ウッドショック”と呼ばれるほど木材の価格は大きく上昇した場面があった。
3点目として、バイデン政権の経済対策は米国経済の実力以上に需要を押し上げ、インフレ懸念を高める恐れがある。米国では、感染対策として人々の移動が制限された結果、貯蓄が増えた。
4点目として、世界的な“カネ余り”と低金利環境の継続期待があるため、投資、投機資金が商品市況に流入し、モノの価格が追加的に押し上げられている。
リョービが進めてきた選択と集中7月16日にリョービが2021年12月期の連結業績予想を下方修正したのは、原材料価格の上昇が利益を減少させる可能性が高まったからだ。既存の製品に関して、コストの転嫁は容易ではない。自動車需要を取り込んでダイカスト事業が回復基調にある中、同社がどのようにより効率的に付加価値を生み出すかに注目が集まる。
注目したいのが、リョービの“選択と集中”である。2018年にリョービは電動ドリルなどパワーツール事業を京セラに譲渡した。パワーツール事業はリョービが個人向けに製品を販売することによって社会的な認知度を高めるために重要な役割を担ってきた。それを切り離すということは、対企業(B2B)ビジネスで長期の成長を目指すという同社トップの決意の表れといえる。
その背景には、世界経済のゲームチェンジが大きく影響している。特に、リョービにとって重要顧客が多い自動車産業では、高容量バッテリーを搭載したEV(電気自動車)の開発と生産が加速するなど、電動化へのシフトが顕著だ。EVシフトによって自動車の生産は、日本自動車メーカーが得意としてきた“すり合わせ技術”によるものから、“ユニット組みたて型”へ移行し、設計・開発と生産の分離が増える可能性がある。
その変化のインパクトは大きい。バッテリーの耐久性向上や航続距離の延長のために、より軽量かつ高耐久のアルミパーツを鋳造するダイカスト技術の重要性は増すだろう。さらに、多様な車体の生産のために、ダイカストに欠かせない金型形成に要する時間の短縮化など多くの新しい技術が求められるだろう。
技術の変化によって、リョービの顧客層も変わるだろう。今後、リョービの顧客層は完成車や自動車部品メーカーに加えて、EVの設計・開発を行う企業、受託生産を行う企業、あるいはバッテリーメーカーというように多様化する可能性が高い。
高まるダイカスト技術の重要性中長期的な世界経済の展開を考えると、ダイカスト技術の重要性は高まる可能性がある。リョービはアルミ合金を用いたバッテリーケースの実用化を目指し、自動車パーツの軽量化と生産コストの低減を目指している。EVのモーターケースの軽量化や耐久性向上などに関しても同じことが当てはまるだろう。
つまり、リョービは選択と集中を進めつつ、先端技術を積極的に導入すべき時を迎えている。工作機械など多くの産業界でIT先端技術の積極的な導入による顧客の潜在的ニーズのいち早い発掘と、その収益化が目指されている。リョービにとって、仮想現実(VR)などのデジタル技術を用いて顧客の要望にタイムリーに応える生産体制を整えつつ、自動車やIT先端企業との連携を強化する意義は高まる。また、経済のデジタル化によって、ユニット組み立て型の方式で生産されるモノは増えるだろう。そうした対応のためにも、リョービにとってより迅速かつ柔軟に、新しいダイカスト製品を生み出す技術確立に取り組む意義は大きい。
今後、世界的な物価上昇が続く可能性は否定できない。それは米国の量的金融緩和策の段階的縮小につながる可能性がある。また、自動車の電動化、デジタル化の加速、脱炭素などの加速度的な進行も加わり、各国企業の優勝劣敗が鮮明となるだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)
●真壁昭夫/法政大学大学院教授
一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。]