3月23日に行われた第88回選抜高校野球大会1回戦。秀岳館(熊本)対花咲徳栄(埼玉)は接戦の結果、6対5で秀岳館に軍配が上がった。

ところがこの試合の最中に、高校野球では珍しいサイン盗みを疑われる行為が発覚、秀岳館の選手とベンチに陣取る鍛冶舎巧監督が審判から注意を受けたのだ。

 秀岳館の取った行為からは、とにかく試合に勝てばいいとの強い思いが感じ取れ、教育の一環という高校野球の本分から逸脱している。しかも、メンバーのうち熊本出身者は1人のみ。レギュラーのほとんどは野球留学組で、大阪枚方にあるボーイズリーグ出身者がずらりと並ぶ。このため、熊本・八代市の地元も盛り上がるどころか白けているそうだ。

 それにはわけがある。
監督の鍛冶舎氏が枚方のボーイズリーグを長年指導しており、2014年に秀岳館監督就任と同時に教え子たちをこぞって引き連れてきたからだ。

 この鍛冶舎氏、知る人ぞ知る元パナソニック専務。中村邦夫相談役が社長時代に労政部長を務め、1万人のクビ切りを断行した。その時リストラされた従業員が大阪市内のビデオ店で放火し、大勢を死なせて死刑判決を受けている。労政部長の後は広報部長に転じ、中村氏にゴマをすり続けて専務(広報担当)にまで出世した御仁である。

 役員時代の鍛冶舎氏は、批判記事が出ると、広告をちらつかせながら新聞社や出版社に圧力をかけ、人事にまで介入し、現場の記者からは蛇蝎のごとく嫌われていた。
そして、「社内では立場の弱い人にはとことん強く、立場が強い人にはすぐにひれ伏し、言うことをコロコロと変え、自分の世渡りの事しか頭にないため、部下からも軽蔑されていた」(関西財界筋)そうだ。

 中村氏が相談役に退き、社内で力を失うと、パナソニックの再建に乗り出した津賀一宏社長には得意のゴマすりが通じず、逆に疎まれて13年9月に専務から運動場の管理人に異動、究極の左遷人事をくらって14年3月末に退任した。そして、高校野球の世界に逃げ込んできたのである。

●高校野球の指導者としての資格

 鍛冶舎氏は野球の名門、県立岐阜商業高校から早稲田大学に進み、松下電器産業(現パナソニック)に入社、外野手として活躍し、阪神タイガースにもドラフト指名されたほどだ。パナソニック時代から仕事をそっちのけで枚方のボーイズリーグを指導し、世界制覇も成し遂げている。また、長年、NHKの高校野球の解説者を務めてきた。
高校野球ファンのなかには野球人としての鍛冶舎氏のことを知る人も多いだろうが、逆にパナソニック役員としての傍若無人ぶりは知らない人も多いだろう。

 要は、鍛冶舎氏という人物は「野球エリート」として松下電器に入り、徹底したゴマすりと弱い者いじめで出世を遂げたのである。教育の一環である高校野球の指導者になる資格はない人物といえるだろう。

 秀岳館の監督に就任した時も鍛冶舎氏は「3年後に全国制覇が目標」と語り、とにかく勝つことしか頭になかった。だから手っ取り早く、指導していたボーイズリーグの生徒を引き連れてきたのだ。

 こうした人物を監督に起用する私学の経営者にも問題があるといえる。
野球を通じて教育や人格形成に役立てるのではなく、高校野球で強くなって学校を有名にし、生徒集めに役立てようとしているふうにしかみえない。これは、高校野球を単に金儲けの道具としてしかみていないことを意味する。

 こうして拝金主義の私学経営者と勝ちさえすればいいと考える指導者が密接に絡み合って、世間知らずのどこか勘違いした「野球バカ」が養成されていくのである。昨今、プロ野球では賭博問題などの不祥事が起こっている。「野球バカ」がプロに入り、不祥事に手を染めていると言ったら、言い過ぎだろうか。
(文=編集部)