親の介護は、誰にとっても大きな問題だ。介護をしている人の10人に1人は40歳未満の現役世代であり、20~30代もいずれは直面することになる。

しかし、悩みの種となるのが費用の問題だ。

 介護は何年続くかわからないため、「できるだけ費用を抑えたい」というのが多くの人の偽らざる気持ちに違いない。親が遠距離に暮らしている場合、「呼び寄せて同居介護や近距離介護をしたほうが低予算で済みそう」と考えがちだが、そうばかりとはいえないという。

『親の介護で自滅しない選択』(日本経済新聞出版社)の著者で介護・暮らしジャーナリストの太田差惠子氏は、「同居や近居には盲点もある。遠距離介護のほうが費用を抑えられるケースもある」と語る。

●「同居介護が一番の親孝行」は間違い?

 同居介護や近距離介護には、どういう盲点があるのか。
まず、太田氏は「“親の孤独感”という見落としがちな問題がある」と指摘する。

「『親と同居するのが一番の親孝行』と思い込んでいる人がいますが、実はそうとも限りません。住み慣れた土地を離れ、友だちも知り合いもいない場所に行くのは、高齢者にとってはかなり大変なことです。介護の現場でヒアリングをすると、それがよくわかります。子どもが『親孝行できている』と満足する一方で、新たな土地になじめずにさびしい思いをしている親が多いのです」(太田氏)

 呼び寄せて同居すると、子どもが会社勤めなどの場合、親は日中ひとりきりで過ごすことになる。近くに知り合いがいればいいが、いなければ孤独感は強まるだろう。
また、ほかに同居する家族がいる場合は、孤独感に加えてストレスも生まれやすくなる。

 かつては同居介護が当たり前だったため、「一緒に暮らせば親も喜ぶ」と思い込んでいる人も多いかもしれない。しかし、思わぬ落とし穴もあるのだ。

●遠距離介護の最大のメリットとは?

 一方、遠距離介護はどうか。飛行機を利用するような遠方に行かなければならない場合は、当然ながら費用の問題が出てくる。それによって二の足を踏んでいる人もいるはずだ。


 確かに、遠距離介護には費用に加えて「何かあったとき、すぐに行けない」という不安もある。しかし、太田氏は「遠距離介護には、そのデメリットを上回るメリットがある」と言う。

「何より、遠距離介護の最大のメリットは、親も子も、今まで通りの環境で暮らせること。しかも、親は介護保険や公的なサービスを使いやすいといえます」(同)

 介護保険とは、国民全員が40歳になった月から加入して保険料を支払い、介護が必要な人が適切な介護サービスを受けられるように支える仕組みのことだ。

 たとえば、介護保険には「訪問介護」といって、ホームヘルパーに来てもらうサービスがある。利用者の体に直接接触して行う身体介護と、掃除や洗濯などを行う生活援助に分かれている。
同居介護や近距離介護の場合は「介護者がすぐそばにいる」という理由から、原則、生活援助は利用できない。

 一方、介護者が遠くにいる遠距離介護の場合は、生活援助も利用できる。また、遠距離介護には「介護施設を利用しやすい」というメリットもある。

「費用が安い特別養護老人ホーム(特養)は満室で空室待ちのところが多いです。入居は申し込み順ではなく、必要度合いが高い人から。介護者が他府県に暮らしている遠距離介護のケースは優先順位が高くなります。
また、介護保険以外の自治体サービス、たとえば緊急通報システムや食事の宅配サービスも、独居のほうが『家族がそばにいない』という理由で使いやすい傾向があります」(同)

 そもそも、親子が同居して世帯が一緒になると、所得に応じた介護保険の負担軽減制度でも不利な面がある。たとえば、介護保険でサービスを利用する場合に支払う利用者負担は、所得に応じて月々の上限額が設定されている。

「受給する年金額が少ない親のひとり暮らしの場合、負担上限額は月1万5000円です。しかし、現役の子どもと同居し世帯が一緒の場合は月4万4000円になってしまうケースもあります」(同)

●親戚からの「同居のススメ」は聞き流すべき

 もっとも、いくら遠距離介護を選択したくても、事情によってそれができない人もいることだろう。親の病気やケガで離れて暮らしていた子どもが一時的に同居し、その後も親が同居を望むようなケースもある。

「病気やケガで精神的に弱って、『一緒にいてくれないと心配』『帰らないでほしい』などと親が言い出し、実家から帰れなくなったという女性もいました。
そう言われたら、子どもだってつらい。しかし、介護というのは、その先何十年も続く可能性があります。一定の距離をもって接することが、結果的に親の自立を促すことにもつながるケースもあるでしょう」(同)

「遠距離介護はマネジメント」とは、太田氏の言葉だ。介護費用はどのくらいかかる見込みなのか、保険は何が適用されるのか、どんな公的サービスを受けられるのか……など、感情と切り離して準備と計画を立てることが大切だという。

「親戚のなかには、『将来的には同居を考えたほうがいいんじゃないか?』などとアドバイスする人もいるかもしれませんが、手を出さず口だけ出してくる第三者の言葉は聞き流しましょう。それより、親が元気なうちに、老後の暮らし方の希望、そして資金計画がどうなっているかを聞いておくといいと思います」(同)

 その際は「なぜ今、それを聞く必要があるのか」をしっかり伝え、「現実的な目線で考えてもらうようにしてください」と太田氏。

 介護費用は、親の自立を支援するためのお金だ。そのため、基本的には親のお金でやりくりすればいいという。

 介護保険のことやサービスについて、具体的に相談したいことがあれば、まずは地域包括支援センターに行くといいそうだ。住んでいる地域ごとに管轄のセンターがあるので、親の暮らす地域を管轄するセンターに相談すればいい。所在地は役所に聞けば教えてくれる。

「今は、介護にもいろいろな方法があります。思い込みで選択肢を減らしてしまうのは損。『どうすれば、自分も親もいい関係でいられるか』を最優先に考えたいですね」(同)

 いつ介護が始まってもいいようにしっかり準備しておくことも、親孝行のひとつなのである。
(文=中村未来/清談社)