新年早々、英国人のオーケストラ奏者から、英国の主要紙ガーディアンの記事がメールで送られてきました。それは日本全国を驚かせた、豊洲市場の初競りでの大間の本マグロを、すしざんまいの名物社長・木村清さんが3億3360万円で競り落としたというニュースでした。



 少し調べてみると、ニューヨークタイムズでも大きく取り上げられており、世界的なビッグニュースとなっているようです。2013年に同社が1億5540円という史上最高額で競り落とした際には、すしざんまいの名前を全国に知らしめましたが、今年のように世界の大きな注目を浴びたことを考えると、広告費として3億3360万円は高すぎることはないのかもしれません。

 2013年の競りでは、その前年の勝者、香港系の会社とのリベンジマッチになったわけですが、今年は昨年苦杯をなめた相手、すしチェーン「銀座おのでら」との闘いになったといわれています。

 銀座おのでらという名前は、正直なところあまり聞いたことがありません。調べてみると、銀座が本店ですが日本には店舗が1軒しかなく、米・ニューヨーク、ロサンゼルス、ハワイ、仏・パリ、英・ロンドン、中国・上海、香港に、世界で11店舗を構える日本食チェーンのようです。

 今回の豊洲初競りでも、すしざんまいが落とした278キログラムには及ばないものの、それでも183キログラムの最高級マグロを落札しています。このマグロは空輸されて、ニューヨーク、ロサンゼルス、ハワイ店でも提供されるようです。ちなみに、ニューヨーク支店の「おまかせコース」は一人前400ドル(約4万3000円)と、なかなかの値段です。

●まずいのに四合で2万円の高級日本酒

 さて、ここで思い出したことがあります。

 僕がロサンゼルスからロンドンに本拠地を移した2004年、欧米はバブル真っ盛りでした。最終的には1ポンドが260円にまで高騰し(現在は140円程度)、普段は仕事帰りにビールを一杯ひっかける気楽なパブ(英国風居酒屋)でも、シティと呼ばれるロンドンの金融街の店舗では高級なモエ・エ・シャンドンのシャンパンが並んでいました。

 そのシティのパブで、外国為替関連の金融会社に就職したばかりの友人が、「働き始めて2週間で半年分の給与額のボーナスをもらったよ」と言っていたほど狂乱状況でした。
それからほどなくしてリーマンショックが訪れ、あっという間に英国ポンドの価値が半分になってしまい、パブの棚からはシャンパンが消えるのですが、そんな未来が訪れることを知る由もない“絶好調”の彼から誘いを受けました。

「僕が昔バイトをしていた日本食レストランに行こう。目の前にテムズ川とロンドン市内が一望できるビルの最上階で、眺めが素晴らしいんだよ。でも食べ物は高いので、ビールを一杯だけ飲まないか?」

 その日本食レストランに行き、どんな料理があるのかとメニューを広げてみて、びっくりしました。寿司一貫とっても、ものすごい値段です。驚きのあまり、あっという間にグラスのビールを飲んでしまい、もう一杯飲もうかとなりました。せっかくだから日本酒をと思いメニューを見たところ、四合ボトル1本で2万円くらいする日本酒がありました。しかし、純粋な日本酒ではなく、ハーブのようなもので香りづけしてあるのです。日本では一度も見たことがありません。

 かつて働いていたという彼に質問してみると、「これはおいしくないよ」との答えです。この界隈はシティで働く富裕層がビジネスの接待に使う場所で、特に日本食はセレブにとって「ヘルシーで盛り付けが美しい」ということでとても人気があります。しかし、1本2~3万円のボトルも珍しくないフランスやイタリアの高級ワインに比べて、最高級の日本酒でもそれほど高くありません。
そうすると、クライアントの手前、格好がつかないということで、お客は「もっと高い日本酒を出してほしい」とお店に注文をするのです。そのため、お店は日本のメーカーに依頼して特別につくらせているとのことでした。

 それにもかかわらず、残念ながら、ハーブ入りの日本酒はひどい代物でした。欧米人にしてみると、日本酒も日本食もよく知っているわけではないので、値段で判断するしかないのでしょう。接待の場で、「これは1匹3億円のマグロを使った寿司だよ」とクライアントを驚かして、ビジネスに結び付けたいビジネスパーソンはいくらでもいます。銀座おのでらもお客に最高のマグロを提供することが第一の目的であるとは思いますが、それ以外にも高いマグロを求める“理由”があるのかもしれません。

●演奏会は高級社交場

 音楽家である僕が、なぜこんな話をしたのかというと、欧米では演奏会自体が“高級社交場”になっている側面があるからです。「日本に来る海外のオーケストラやオペラ劇場は高すぎる。向こうに行けば3000円くらいで聴けるよ」と言う方もいますが、実際には、本場でもすべての座席が安いわけではありません。世界最高峰のニューヨークのメトロポリタン歌劇場を例にとると、通常でも、最高額は450ドル(約4万9000円)程度になります。結果的に、そのような席に座っているのは、やはりセレブばかりですし、そんな特権意識を共有しながら人脈を広げていくのが欧米流なのです。これは、欧米発祥のロータリークラブや、ライオンズクラブなどを見ていても同じではないでしょうか。


 しかし、海外のオーケストラやオペラの来日公演と違うのは、現地では学生や年金暮らしの音楽好きの方々が気軽に座れる、とても安い席も提供されていることです。それが現地の強みであり、文化の分厚さともいえます。そして、“我が町のオーケストラ”として、まるで地元の野球チームを応援するかのように、特別な気持ちを持って演奏会に行くのが彼らにとって最高の贅沢なのです。

 文化の土壌は違えど、日本のオーケストラやオペラも、今や欧米と肩を並べるレベルです。皆さんも、“自分たちの”オーケストラやオペラ団体を探してみてください。
(文=篠崎靖男/指揮者)

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