●“くん“付けをやめようとしない年上部下
「年下上司・年上部下」という状況が近年多発するようになったある会社でのこと。どうもうまくいっていない職場が多いと人事部の担当者が頭を悩ませていた。
状況を聞いてみると、ちょっとしたことがきっかけで関係が相当にこじれているケースが多いようだ。たとえば、典型的なものとしては、年上部下が年下上司のことを“くん”付けで呼ぶというものなど。ちょっとしたこととはいっても、ようやく管理職になって権勢を振るいたい年下上司としては譲れない一線に違いない。
人事部としても、できる限り、ある人の元部下がその人の上司になるようなことがないよう配慮しているということだったが、同じ部門の中でのこと、どうしても斜め下の部下だった者が上司になるようなケースは発生してしまう。そうした場合、これまで“○○くん”と呼んでいたものをあえて変えようとはしないということがままあるようだ。
常識的な線からすれば、“課長”と呼んだり、せめて、“さん”付けで呼ぶべきであろう。しかし、元上位職者としては、存在感を誇示したいということもあるのであろう、「○○課長よりも俺のほうがベテランなんだぞ」と、そんなことは周囲は皆わかっていることのはずだが、ことさらに誇示したがるのだ。
●頭をもたげる「長幼の序」の意識
この「年下上司・年上部下」という状況は、最近ではかなり一般化してきている状況ではあるが、かつてはかなり稀な状況であった。リーダーが最年長であり、ピラミッド型の年齢構成の組織が一般的であった。それが現在では、逆ピラミッド型に近づき、中高年層が多く、若年層が少なく、多くのメンバーがリーダーよりも年上という状況が多く見られるようになった。不慣れな状況ということもあるだろう、あるいは、儒教の影響ということもあるのだろう。
エン・ジャパン株式会社が行った調査によると、年下上司の下で働いたことがある人の6割が「仕事をしづらい」と回答していることがわかった(『ミドルの転職』ユーザーアンケート)。その理由としては、「人の使い方が下手」が65%でもっとも多く、次いで「知識・知見が少ない」と続いており、どうも上から目線の傾向が強く垣間見られる。「長幼の序」を履き違え、年長者のほうから、「こちらを敬え」とか、「敬われて当然」という意識を強く持ってしまう場合には当然ながら軋轢は生じがちとなる。
●近い関係ほどこじれやすい
難しい点としては、年下上司とはいっても年齢が近ければいいというものでもないという点だ。人事部の担当者の中には、年下上司・年上部下が発生する場合にも、なるべく年齢差が開かないように注意して配置しているという人も多いのだが、その配慮は実は的外れであったりもする。年齢が近いほうがかえって先輩・後輩の意識が強かったりするからだ。特に体育会系出身者などは、1歳下、2歳下というところに、とてつもなく大きな意味を見いだしていたりもする。近親憎悪の一種かもしれないが、近い関係ほどこじれるということも多くあるので注意が必要だ。
逆のケースとしては、外資系企業などで年下上司であっても、それが外国人である場合、なんら問題は起こらないということも多くある。これは違う人種、違う国籍ということで、関係性が遠いからであろう。そういう点からすると、ぐっと年の離れた、しかもまったく畑違いの分野の者どうしの関係のほうが、かえってうまくいくということもあるのではないだろうか。
●「船頭多くして船山に上る」といった状況にも
中高年メンバーが多く、若年層メンバーが少ない組織ということでは、年齢からくる心理的抵抗感という点以外にも、実は難しい点が存在する。表立って指摘されることは少ないのだが、「仕事の構造上の問題」というのが別問題としてある。どういうことかというと、たいていの場合、組織の中には、初歩的かつ基礎的な仕事から、高度かつ複雑な仕事まで存在する。もう少し細かく分けるならば、「単純作業、応用作業、専門作業、企画・調整作業、判断・指示作業」という言い方もできるであろう。
一般的には、単純作業に近い仕事ほどボリュームが大きく、多くの頭数を要する。逆に、「判断・指示作業」などはあまり多くの人たちでやろうと思えば、「船頭多くして船山に上る」という状態に陥りかねない。ベテランメンバーが多いからといって、皆が「判断・指示作業」や「企画・調整作業」ばかりやるというわけにもいかないのだ。かといって、ベテランメンバーに新入社員がやるような仕事ばかりさせるわけにもいかない。こうした仕事の構造からすれば、年齢構成もピラミッド型のほうが進めやすいといえる。果たして、逆ピラミッド型の年齢構成となった組織において、どのような仕事の進め方が可能なのか。
●「問題」ではなく、「チャンス」として
こうした状況をあえてチャンスととらえるならば、契約社員や派遣社員、あるいは再雇用後のシニア社員などの活躍の場ができやすい状況ともいえる。
経験値が高く、成熟度が高いメンバーが多くいるという状況は、本来、戦力的には恵まれた状況のはずだ。それをチャンスととらえられるか、問題ととらえるかの違いである。問題視するばかりで、せっかくの充実した戦力を存分に活用できないのは、あまりにもったいない。うまくいっている組織を見ると、年上部下のほうも、年下上司のほうも、「おとな度」が高いのだ。年下上司への“くん”付けのように、いずれかが「こども度」を発揮してしまえば、悪循環を生じてしまう。互いに相手へのリスペクトを持って、「おとな度」を発揮し合えば、好循環が生まれ、組織力は向上していくに違いないのだ。
(文=相原孝夫/HRアドバンテージ社長、人事・組織コンサルタント)