1月から始まったNHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』の平均視聴率が、第6話で9.9%と1桁に転落し、第7話が9.5%、第8話が9.3%と下がり続けている(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)。第1話は15.5%だった。

昨年放送の『西郷どん』が1桁に転落したのは、第37話。平均視聴率が大河史上最低だった『平清盛』にしても、1桁への転落は第31話だった。大河ドラマ史上、『いだてん』は最速で1桁への転落を記録したのだ。

 脚本は宮藤官九郎、ダブルキャストの主演は中村勘九郎阿部サダヲ、主要なキャストも役所広司ビートたけし竹野内豊星野源小泉今日子綾瀬はるか生田斗真ピエール瀧松尾スズキ中村獅童森山未來ときわめて豪華だ。

 なぜ視聴率が振るわないのか。その根本原因はなんなのか。NHKで長年にわたり制作や編成に従事し、現在は次世代メディア研究所代表である鈴木祐司氏に聞いた。

「個人的には、そこそこおもしろいと思っています。だけど、おもしろいということと数字が取れるということは別物です。まず、これはすでに言われていることですけど、明治と昭和の2つに分断してしまっている。ということは、一筆書きで進んでいく物語になってないわけです。特に第1話では、明治と昭和を行ったり来たりしていましたが、それが画面で見ていてもわからない。
昭和の時代の古今亭志ん生(ビートたけし)が明治を語るということで、そもそも2つの時代が被っているわけですけど、語り部のはずの志ん生が登場人物としても動き出してしまう。そして明治の若き日の志ん生(森山未來)に切り替わって、これがまた語り部でありつつ登場人物でもある。

 これだけ要素が多くて、次から次にサイドステップされると、ついていけないという人がいっぱい出てくるのは当然なわけです。これを“クドカンらしい”といっておもしろがる人は、確かに1割ぐらいはいるでしょう。新しいものを進んで受け入れていくイノベーター(革新者)と、流行に敏感で自ら情報収集を行うアーリーアダプター(初期採用層)というのは、マーケティングの理論では16%くらいしかいない。それ以外の大衆も味方に付けないと、視聴率は取れません。

 ハリウッド映画も同じで、8割以上の国民が理解できる単純な波でつくられているわけです。そこに半分くらいの人たちが反応するような、人間の情緒の物語が入れてある。さらに1割以上のレベルの高い専門家たちが『なるほど。凄い』と唸ってくれるような専門的な話もちりばめてある。そういうバランスでできている作品が名作といわれるわけです」

●NHK制作陣はサービス精神欠如?

 放送はNHK総合の日曜午後8時よりも前に、BS4Kで日曜午前9時、BSプレミアムでは日曜午後6時と2回放送されている。そのため、視聴率低迷という評価は適切ではないのでは、という見方もある。


「まったく関係ありません。BS4Kは50万世帯しか見られません。たとえ全員見たとしても1%。朝の9時に全員見るとは思えないので、10万世帯として0.2%ですから。BS自体の普及率は、ここ5~6年、ほとんど高原状態で増えていません。2015年に放送された『花燃ゆ』もBSプレミアムでも放送されていました。『花燃ゆ』も低視聴率でしたけど、第6回目までの平均で『いだてん』は『花燃ゆ』を2%も下回っています」

 クドカンワールド炸裂のドラマ展開が、視聴率が取れない原因なのだろうか。

「複雑さで失敗したのは、『いだてん』が初めてではありません。大河ドラマのなかで史上最低記録だったのが『平清盛』。なぜ数字が取れないのかとなった時に、時代の雰囲気を出すためにわざと画面を汚していて、映像が汚いと問題になりました。

 本当の原因はそこではない。朝廷があって、平家がいて源氏がいるわけですが、源氏のなかに平家から寝返ったやつがいる、平家のなかに源氏から寝返ったやつがいる、朝廷にも平家側と源氏側がいる。
単純に見ても、朝廷に2通り、源氏に2通り、平家に2通りと、対立構造が3層にわたってるんですよ。視聴率が落ちてくるのは中盤以降でしたけど、話が進んでいくにつれて登場人物も増えて三層構造がどんどん複雑になって、見ているほうは『こいつ、いったいどっち側の誰だったっけ?』みたいなことになって、ついていけなくなったんです。

 私もNHKに32年もいたので、ほとんど天に唾するようなものですけど、NHKの皆さんって偏差値60以上の人たちに向けてつくっているようなところがあるんですよね。『自分たちは賢いんだ』とか、『自分たちがこんなに取材しました』『自分たちはこんなこと知ってます』というのを、全部詰め込んでしまうような悪いクセがある。普通の人たちがわかるように、おもしろがれるようにつくるというサービス精神に欠けてるんですよ。

 その典型例が、私が編成にいた時に始まったEテレの番組『テストの花道』です。高校生をターゲットにして、大学受験の役に立つような番組をつくろうということでできたんです。そのなかに、『先輩が語る』みたいなコーナーがあったのですが、先輩というのが、早稲田大、慶応大、東大ばっかり。偏差値50前後の大学は一切出てこないわけです。それで『ひどいんじゃない? 誰に向けてつくってんだ、お前らいい加減にしろよ』と文句言ったんです。それから模様替えされて、動画で歴史を覚えようというふうに、誰が見ても学べる内容になりました」

●人間ではなくて出来事が中心

 宮藤官九郎は、日本大学芸術学部中退。北野武として映画作品が国際的に評価されているビートたけしは、明治大学工学部除籍(のちに特別卒業認定)である。
そこまで傑出したケースを見ずとも、しばらく社会経験を積めば出身大学の偏差値の高さが、能力や実力に比例するものではないことはわかるはずだ。

「劇場で見る映画だったら、暗い中で集中して見るので、多少の複雑さはあってもいいですよ。だけどドラマというのは家庭で見るわけでしょう。そばで赤ん坊が泣いてるかもしれないし、幼児が甘えて抱きついてくるかもしれない。横から妻が家計の相談をしてくるかもしれない。だから複雑さというのは、大河ドラマについては要注意ですよ。やっぱり骨太の縦軸がないと、視聴者はついてこない。そういう基本のところを『いだてん』は大きく外しているんです。

 そもそも主人公が2人で、1つの軸になっていない。ドラマを見る時は、人間を見たいわけですよね。誰かに感情移入して、エモーションを動かしたいわけです。ところが『いだてん』は極めて叙事的で、叙情的じゃない。
明治の場面でいうと、ストックホルムオリンピックに日本が参加するかどうかというのが大きな物語で、後半は東京オリンピックを開催するかどうかという物語になっていく。人間ではなくて出来事が中心になっているわけです。人間の物語としては、オリンピックで走ることになる金栗四三(中村勘九郎)がいるようにみえますが、オリンピックに参加するかどうかを取り仕切っている大日本体育協会のトップの嘉納治五郎(役所広司)がメインに見えちゃう。見ているほうは、『誰に共感するんだったっけ?』みたいに戸惑ってしまうのですよ。しかも一人ひとりの人間が出てくる尺が短いんですね。そこにじっくりと気持ちを寄せたいにもかかわらず、ポーンと次の話に飛んでしまう。肩透かしを食らったような感じになる人が、いっぱいいるんです」

 視聴率を稼ぎ、ドラマ関連の賞を総なめにした連続テレビ小説『あまちゃん』と、脚本、プロデューサー、ディレクター、音楽も同じゴールデンチームでつくられている『いだてん』だが、2つの作品はどこが違うのだろうか。

「その違いは非常にわかりやすくて、『あまちゃん』は東京で生まれ育った女子高生、天野アキ(能年玲奈)の成長物語という縦軸が明確でした。そこに、あまちゃんのお母さんの天野春子(小泉今日子)が併走し、おばあちゃんの天野夏(宮本信子)が海女で、あまちゃんは寄り添っていく。この3人がしょっちゅう出てきて、いろんな人間が絡んでくるわけですけど、感情移入がしやすかったわけです。『あまちゃん』もクドカン色が強くて、放送当初、70~80代の高齢層が見なくなったのは事実です。だけど、『あまちゃん』の朝ドラらしくない展開が話題になって、40~50代くらいの中高年が見るようになったんです。


『いだてん』は最初から40~50代が見て15.5%でスタートしたわけですけど、その視聴者が逃げていってしまった。やっぱりクドカンファンというのはそんなにいなくて、皆ドラマの善し悪しで判断しているということでしょう。『いだてん』がツイッターをはじめとしたソーシャルメディアで、“いつもじゃない大河”“ヘンテコ大河”ということで話題になっています。だけどソーシャルメディアをやる人自体は3割くらいはいますが、発信する人は1割くらいしかいないんですよ。SNSだけ見ていると、『いだてん』が盛り上がっているように見えますが、それはラウド・マイノリティであって視聴率にはまったく関係ないんです。

 ネットでの発信が視聴率につながった唯一の例は『天空の城ラピュタ』です。テレビで放送された時に、城が崩壊する時の呪文『バルス』が何時に唱えられるかということで、『ノーカット版じゃないので、この編集の調子だと11時20分じゃないか』『CMの入り方のペースでいくと11時23分じゃないか』などと予想合戦になった。『バルス』の瞬間には5%くらい視聴率が上がったんです。クドカンが役者として出ていた『カルテット』も、すごい名作だっていう呟きがツイッター上に溢れましたが、視聴率は1桁で終わってしまってます。視聴率の高いドラマを支えているのは、むしろサイレント・マジョリティで、たとえば今クール平均視聴率1位の『相棒』なんかにしても、SNS上ではほとんど言及されてないですから」

(文=深笛義也/ライター)

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