混迷を極める、アイドルグループ「NGT48」メンバー山口真帆(23)への暴行事件に端を発する騒動。2019年1月9日の事件発覚以降、運営会社であるAKS幹部の人事異動、批判の的となった第三者委員会調査結果の説明会等々を経て、山口は4月21日、同グループチームGの公演において卒業を発表するに至った。



 山口はきたる5月18日、同時に卒業を発表した菅原りこ(18)、長谷川玲奈(18)との“卒業公演”を新潟・NGT48劇場で行うことになっているが、同公演には、この3人しか出演しないのではないかとの声もあり、行方が注目されている。

 これら一連の騒動に対し、3度にわたって批判的な声明を出してきたのが、「日本エンターテイナーライツ協会」なる団体だ。特に、4月25日に出された「山口真帆さんの卒業表明について」では、「芸能事務所は、アイドルに対して安全配慮義務を負うとともに、違法な退職強要は許されません」と明言。若いタレントを“使い捨て”で酷使することもある一部芸能界の慣習に警鐘を鳴らしている。

 いったい、この“NGT騒動”の問題の本質はなんなのか? 弁護士たちが芸能人の権利を守る目的で創立したこの「日本エンターテイナーライツ協会」共同代表理事の河西邦剛弁護士に、見解を聞いた。

●過度な競争の象徴が「AKB総選挙」

――NGT48を運営するAKSへの批判が本格化していくきっかけは、3月22日の「第三者委員会による調査報告の発表」であったように思われます。この発表会見は、第三者委員のメンバーではなく、騒動の当事者であり第三者委員会による調査の対象でもあるAKSの幹部が行うという前代未聞のものでした。そもそも第三者委員会メンバーはAKS幹部に対し、この種の調査結果報告は第三者委員会メンバーによってなされるのが原則であることを説明しなかったのでしょうか?

河西邦剛弁護士(以下、河西弁護士) それはなんともわかりません。ただ、百歩譲ってああいう発表形式になってしまったことは致し方ないとしても、内容的にはただただマズいものとなってしまいましたね。挙げ句、騒動の被害当事者である山口真帆さんがAKS幹部による会見中、「嘘ばっかり」とリアルタイムでツイートしてしまった。本来中立であるべき第三者委員会の信頼性が、これによって大きく揺らいでしまいましたね。

――そもそも、ことの発端となった暴行事件をはじめ、一連の問題の本質はなんなのでしょうか。
AKS幹部の対応のマズさという直接的な要因のほかに、握手会をはじめとするいわゆる“接触商法”の行き過ぎが背景にあるとする指摘も多いですが。

河西弁護士 もちろんそれらもあるでしょう。しかし私は、問題の根本にあるものは「運営が過度にメンバーを競わせること」ではないかと考えています。AKB48グループは、若いメンバーに人気や売り上げを競わせることがそもそもの駆動力になっているところがあり、それが握手会、研究生からの昇格というイベントによって、ファンにもメンバーにも可視化されるシステムとなっています。その象徴が、「AKB総選挙」でしょう。

 これが過度に進んでいくと、運営側は「人気が出ればいい」「人気があれば偉い」と、数字でしかメンバーを評価しなくなってしまうわけです。でも、アイドルグループというのは本来、そういうものではない。確かにアイドルである以上、ファンからの人気不人気の格差はどうしても生じてしまうわけですが、特にグループが多人数になればなるほど、「人気がなくともグループを裏で支える重要なメンバー」というのが必要となってきます。そういうメンバーがいないとグループ全体の輝きが生じないことを運営サイドやメンバーが理解し、それがファンによってもある程度共有されているのが、例えばモーニング娘。を擁するハロー!プロジェクト(以下、ハロプロ)などではないでしょうか。

●人気至上主義スタイルの限界

――メンバーを数字でしか評価しなくなると、人気のないメンバーは裏で支えようという心境にはなりにくいですね。

河西弁護士 そうですね。
メンバー間に「売れれば偉い」「得票率が高ければ偉い」「1位と3位とでは1位のほうが偉い」という価値観が蔓延すると、どうしても自分の票数を増やすことだけに走りがちになります。ましてやまだ若い10代のメンバーにとって、大人たちの価値観をはねのけることは容易ではないでしょう。そうなると、メンバー同士は仲間からライバルになり、さらに敵になってしまい、ついには足を引っ張り合うようになってしまう。NGT騒動の背景にあるポイントは、こういった問題ではないかと思います。

――まるで、企業におけるフルコミッション制(完全歩合制)の営業部門のようです。

河西弁護士 モーニング娘。においてはメンバー同士が仲間ですが、NGT48は少なくとも今回の件に関していえば、敵同士になってしまったのではないか。ここから、ファンとの癒着も発生しているのでしょう。大量の投票券を持っているファンが、ギブ・アンド・テイクのように「あなたに投票するから連絡先を教えてよ」と要求すれば、お互いの利害が一致します。これはモーニング娘。には存在しない、アイドル本人とファンとの関係であり、モーニング娘。とAKBグループとの大きな違いではないかと思います。


――騒動の本質は、アイドルとファンが直接会えてしまう“接触商法”そのものにあるのではなく、より根幹にある過度な競争システムが、握手会などの接触商法によって暴走してしまったのだと。

河西弁護士 そうです。メンバー同士を競争させる商法がもう限界に達していて、それがNGTの暴行事件で表面化したのでしょう。ゆえに問題は、メンバーがファンに連絡先を教えてしまったことそのものにあるのではない。そのことももちろん問題でしょうが、その背景にあるのはメンバーを過度に競わせる運営体制であり、根本的な行き詰まりを感じさせます。人気至上主義スタイルの限界ではないかと思いますね。

――新潟という地方の小都市だからこそ起きた事件だという指摘もあります。

河西弁護士 それもあるでしょうね。先述したような根源的な問題もありますが、新潟という狭いエリアだからこそ、メンバーとアイドルが簡単に“繋がって”しまったという特殊性は、確かにあると思いますね。

●なぜ不起訴処分とされたのか

――あまり語られませんが、もうひとつ重要なポイントがあるように思われます。昨年12月8日に起こったとされる暴行事件の加害者だとされる男性2人は、新潟県警によっていったんは逮捕されつつも、結局その後不起訴処分になっています(NHKの報道によれば、暴行は否認したという)。不起訴であるためその処分理由は明らかになってはいませんが、このことをどう考えればよいのでしょうか。


河西弁護士 一般的には、客観的な証拠のある暴行事件で、通常逮捕された後に不起訴になることはあまりありません。不起訴になった理由としては、被害届の取り下げがあった可能性が考えられます。私は第三者委員会の報告書を読みましたが、もしかりに被害届が取り下げられたのだとしても、被害者である山口真帆さんだけの意志でそうされたとは考えにくいですね。

 被害届が取り下げられたのだとして、では、被害届の取り下げは誰にとってメリットがあったのか。たぶん取り下げてほしい人がいたのでしょうが、それが誰かはわかりません。起訴されることで加害者側に関する新たな事実が出てきてしまう可能性もあったわけですが、それも含めてわかりませんね。

――5月3日には山口真帆さんが有料会員用のメールサービスにて、AKBグループの総合プロデューサーを務める秋元康氏への“感謝”をつづったことが話題となりました。一方でその直前の5月1日、AKSが、上記の通り不起訴となった加害者とされる男性2人を提訴したとの報道がありました。詳細は明らかになっていませんがこれは、逮捕後の不起訴で刑事司法手続き上は“沙汰止み”となってしまったこの男性らの責任を、民事訴訟で追及していくというAKS側の意志が背景にあると見てよいのでしょうか。

河西弁護士 それもあるでしょう。AKSに対する批判については一向に収束する様子がないこの状況下で、AKS幹部が入れ替わったタイミングでの訴訟提起、という感じなのでしょうが、裁判は泥沼化する可能性も十分にあります。なぜならこの裁判で、原告は山口さん本人ではなくAKSです。
そうするとAKS側は基本的に、「暴行により山口さんに生じた損害」ではなく、「AKS自身に生じた損害」を立証しなければならない。しかし、AKSに生じた業務上の支障やイメージ低下については、そもそもAKS自身の管理体制やAKS所属の他メンバーにその原因があったのではないか……と男性らから反論される可能性は十分にあるでしょう。そして「AKS側に生じた損害」が立証できなければ、暴行事件が起こった事実はあったのだとしても、AKS側の請求は棄却されゼロ円……ということだってあり得ます。

●メンバー間の信頼関係こそ重要

――結局、NGTの運営側はなぜ毅然とした態度を取っていない、あるいは取れないでしょうか。

河西弁護士 一部でまことしやかに語られていることですが、運営側とファン側の癒着疑惑が背景にあるのかもしれません。その疑惑について運営側はなんら切り込んだ回答をしていませんが、これには疑問が残りますよね。かりに運営側とファンの側に癒着があったのだとすれば、それは非常に大きな問題ではないでしょうか。かりに癒着があったとすれば、そのメリットとして考えられるのは、ファン側が劇場側に大量のお金を落としてくれることではないでしょうか。もしもそういう関係ができていたのだとすれば、確かに運営側は、今回の事件について徹底的な調査などできないでしょうね。もちろん、仮定の話ですが。

――先ほどおっしゃった「過度な競争システム」を是正するには、どんな方法が有効なのでしょうか。

河西弁護士 そこは、私はあくまでも弁護士なので、なんとも……(笑)。
ただ、再度モーニング娘。を例に挙げると、彼女たちがこれだけ長く愛され続けていることの要因は、メンバー間の協力関係や、グループや仲間に対する信頼にあるのではないかと思っています。もちろんメンバー同士は友達ではない。しかし「自分だけが一番になりたい」という単純な関係ではなく、たとえ直接的なファン人気は少なめでも、それ以外のさまざまな役割をメンバーたちが担うことが可能なチーム編成となっている。そういった意味で、メンバー同士、さらにはグループそのものに対する信頼というのは、やはり非常に重要なポイントではないでしょうか。
(構成=編集部)

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