今年の8月いっぱいで、全国の90%以上のコンビニエンスストアから「成人誌」が消える。2017年11月にミニストップが18年からの取り扱い中止を発表すると、セブン-イレブン、ローソン、ファミリーマートも続き、北海道のセイコーマートも取り扱いをやめる方針を発表したのだ。
一部には「表現の自由の侵害」などの批判もあるが、世間的にはおおむね好意的に受け止められているようだ。一方で、制作側にとっては死活問題となる。ミリオン出版元社長で成人誌の編集にも長年携わってきた比嘉健二編集長に、業界の事情を聞いた。
●早すぎる決定に業界は大激震
――今年の8月いっぱいで、いわゆる成人誌がコンビニで事実上買えなくなります。今は無料動画サイトが人気ですが、成人誌はネットになじめないシニアを中心に一定のニーズがあり、制作側にとっては大打撃のようです。比嘉さんはどう見ておられますか?
比嘉健二氏(以下、比嘉) 業界は文字通りの大激震です。パニックといってもいいでしょう。もっとも、成人誌の販売については以前から規制されるという見込みはあったので、今後の企画についてもすでにいろいろ考えていたところでした。ただ、完全撤退するにしても決まるのが早すぎましたね。もう少し段階的にソフトに進められると思っていたので、私を含めて関係者はみんな衝撃を受けています。
コンビニ側も売り上げの減少につながると思いますよ。今まで成人誌が販売されてきたのは、それなりに売れていたからです。
――なるほど。確かに撤退するにしても「まずはオフィス街の店舗から」など、ゆっくり進めることはできたはずですね。
比嘉 そうです。制作側もタイトルや表紙に配慮し、販売側も歩み寄って、もう少し余裕のある対応をしてもよかったと思います。
●規制は1980年代のほうが厳しかった
――そもそも「成人誌」の定義がわかりにくいとの指摘があります。ミニストップの発表によると、「成人誌」の定義は日本フランチャイズチェーン協会の「自主基準」に準拠していて、「各都道府県の青少年保護育成条例で定められた未成年者への販売・閲覧等の禁止に該当する雑誌」と「それらに類似する雑誌類」だそうです。これだけでは次に何が規制されるかわからないので、実話誌も困っているという話もあります。
比嘉 もともと、「何がわいせつか」を決めるのは難しいんです。「わいせつかどうか」は裁判にもなるほどですからね。でも、今よりも1980年代から90年代にかけてのほうが、都道府県の条例による取り締まりは厳しかったですね。問題があると都庁に呼び出されて「謝罪文」を書かされるんですが、この呼び出しを年に3回以上受けたらアウトでした。
それもあってか、昔の成人誌は今みたいに過激ではありませんでした。タイトルも「写真時代」や「Beppin」「number ONE」などで、表紙もアイドル誌のような感じでした。連載も小説やエッセイがあって、おもしろかったんです。
――「写真時代」は過激な表現で警視庁から何度も注意を受けて、最終的に廃刊になっているそうですね。「Wikipedia」では、廃刊の理由が「被写体の女性の下着の食い込みが激しすぎて……」と紹介されています。「見えそう」でも下着をつけている、というのがおもしろいですね。
比嘉 昔はいろんな工夫をしていたんです。今は何のひねりもなくて、露骨なだけですね。ストレートさだけではつまらないと思います。
――今は昔ほど条例は厳しくないのですか?
比嘉 21世紀に入ってからは総じて厳しくはないですね。
――今までは、それでもペイしていたんですか?
比嘉 そうでなければ売りませんよ。1冊あたりの値段は1000円前後で、通称「五番棚」と呼ばれる端のコーナーではありますが、全国の店舗に置かれるので、けっこうな部数になります。成人誌以外でも、私が立ち上げた雑誌がコンビニで売られるようになったときはうれしかったですね。「これで大手と勝負できる」と力が入りました。
一方で「書店で売れることはもうないのかも……」とも思いましたね。実際にそうなっていくんですが、そもそも「本を読まない人」が増えて紙の本自体が売れなくなっています。
――若者を中心とする「本離れ」は不況も背景にありますね。わざわざ本を買って読むお金と時間の余裕がない人が増えているようです。たいていの情報はネットで得られますしね。
比嘉 そうですね。
――今回の撤退に関しては、「成人誌は目障りなわりに儲からないから、コンビニに置かなくていい」という論調も目立ちました。
比嘉 むしろ、おにぎりなんかより利益率はいいと思いますよ。賞味期限もないですしね。そもそも、成人誌1冊だけを買うお客さんはまずいません。たいていは缶コーヒーや弁当、タバコ、ガムなどを一緒に買いますから、客単価はかなり高くなると思います。
それから、町の本屋がつぶれていくなかで、コンビニの本売り場を見直す向きもありますよね。たとえば、スーパーにも本やCDの売り場があることが多いです。売り上げはめちゃくちゃいいわけでもないけれど、本やCDを売る「場」は大切だし、お客さんもそういう場を求めているでしょう。
――そこに成人誌もあっていい、ということですね。
比嘉 そうですね。急に全部やめるのではなく、ほかにやり方はあったと思います。
●今や経済の中心は男から女へ
――成人誌をわざわざ買って読むというのは、女性には理解できないところもありますが?
比嘉 成人誌に限らず、今までは世の中のものって、たいていは「男のため」につくられていたと思うんです。男のニーズが経済の中心でしたよね。
――確かに、今でこそ「an・an」のセックス特集や女性向けAVも珍しくありませんが、そういうのは80年代のバブル期以降の話ですね。
比嘉 そうです。それまでは主婦向けの「微笑」など下世話な女性誌はあったけど、おしゃれなエロじゃなかったですね。でも、80年代後半になって女性が社会の主導権を握り、エロもおしゃれになっていきます。男たちは野獣っぽさがなくなったというか、牙を抜かれている気がします。
ジュリアナは、まさにその象徴ですね。私はジュリアナ人気を見て、「男の時代は終わったな」と実感しました。それまでは、映画『サタデー・ナイト・フィーバー』のジョン・トラボルタのように、ディスコも男が中心だったんです。でも、ジュリアナでは「お立ち台」で踊る女性たちを男たちがあがめるようにうっとり見ている。まさに「女性の時代」を象徴していました。
彼女たちは、男ではなく「自分のため」に踊っていましたよね。男の目線よりも自分が大事。ギャル雑誌の登場もそうですね。「egg(エッグ)」(1995年にミリオン出版から創刊)に登場する女の子たちも、自分らしいおしゃれを楽しみ、異性より同性の目を意識していました。
――なるほど。女性が中心になってきたのは最近なんですね。
比嘉 そうです。コンビニも朝早くから夜遅くまで働く男のためにつくられたようなものでした。宅配便も、ゴルフやスキーの荷物を送るのがメインだったはずです。いわば、世界は「男中心」だったんですが、徐々にそうではなくなっていますよね。コンビニも女性向けのスイーツやサラダの開発に力を入れています。そして、「女性や子どもに迷惑だからコンビニに成人誌を置くな」と叱られる時代になってしまったんです。
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後編では、規制の背景や成人誌販売の今後などについて、引き続き比嘉氏の話をお伝えする。
(構成=編集部)