●黒澤明監督作『どですかでん』に背中を押された
数々のヒット作を手がけている宮藤官九郎が企画・監督・脚本を務め、1970年に黒澤明監督が『どですかでん』のタイトルで映画化したことでも知られる、山本周五郎の小説『季節のない街』を映像化(ディズニープラス「スター」で8月9日より全10話一挙独占配信)。宮藤にとって紛れもなく一番やりたかった作品で、長年温めてきた企画だという。
「シナリオを書いているときは、どれだけ人に褒められても孤独なんです」と吐露した宮藤は、本作の発表時に「自分の第二章が始まる」と発言。本作に込めた思い、原作小説と映画『どですかでん』からの影響について明かした。

原作は、誰もがその日暮らしに追われる、裕福とはいえない“街”を舞台に、個性豊かな住人たちの悲喜を紡いだ傑作小説。本作では、舞台を12年前に起きた“ナニ”の災害を経て建てられた仮設住宅のある“街”へ置き換え、現代の物語として再構築。希望を失いこの“街”にやってきた主人公の半助(池松壮亮)が、住人たちの姿に希望をみつけ、人生を再生していく姿を描く。

黒澤作品の中でも、「『どですかでん』が一番好き」だと熱を込める宮藤。
同作を初めて観たのは、「20歳くらいのこと」と振り返る。「上京してすぐくらいに、そういえば黒澤監督の作品って『影武者』くらいしか観たことがないなと思って。気になるものから片っ端に観ていったんです。そうすると『どですかでん』だけ明らかに変(笑)。ずっと忘れられない作品だった」と切り出し、「大学に通うために東京に来たのに、自分の好きなことをやれている気もしない。いろいろなお芝居を見始めた頃でもあったんですが、『みんな楽しそうにやっているのに、なぜ俺だけどうしたらいいかわからないんだろう』と悶々としている時期だったんですね。
そういうときに観たからこそ、思い入れが強いのかもしれない」と述懐。「その後、原作小説を読んで、その昂りのまま本格的に大人計画へ参加しました」と彼の背中を押した作品だという。

宮藤は「黒澤作品の中では興行成績も評価もそこまで高くないのに、なぜか同業者、役者や監督に『どですかでん』が好きだという人が多いんです」と続け、「黒澤監督が映画を撮ることができない時期に、長年企画を温めていて、久しぶりに映画を撮るとなったら、錚々たる役者さんたちが集まって、それぞれがすごい演技をされた。その勢いや熱やエネルギーが、僕らのようなエンタメに関わる人を惹きつけるんじゃないかと思うんです」と思いを巡らせる。

宮藤が、「季節のない街」を映像化するために欠かせないと思ったのは、その勢い。同時に「どうしたら、今やる意味があるものになるのか」と考え続けたという。
「正直、難しいなと思いました。原作や『どですかでん』では、戦後バラックが並ぶ街が舞台なんです。今、バラックといわれても身近なものにはならないと思いました。とは言え架空の都市とか、突飛な設定でファンタジーにしてしまったら、今映像化する意味がないし…と考え続けて、本作では仮設住宅のある街を舞台にしました」と現代の設定として再構築するために、試行錯誤したと語る。

本作は“ナニ”から12年後の世界を描くが、“ナニ”には東日本大震災だけでなく日本各地で起きたさまざまな災害への思いが込められている。

「災害にあわれた当事者の人たちのことを考えたら、僕は普通に生活ができてしまっている。
震災の話でさえ、どんな顔をして聞けばいいのかもわからなくて。でもそういう感覚って、口に出してはなかなか言えなくて。今回のドラマの中で、池松くん演じる半助にその想いを託しました。半助と、ベンガルさん演じる街を見守るたんばさんとのやり取りを書きながら、「自分はこう思っていたんだな。こういう形で現代の設定に変えて表現できてよかった」と話し、主人公の半助は、自身の分身のような存在だと明かす。

脚本だけだと「なんだか物足りない」 演出にもやりがい


宮藤の描きたいものが、ギュッと詰まったドラマとなった本作。
原作小説、映画『どですかでん』が人々の弱さや狡さも飲み込み、ユーモアや優しさへと昇華させている作品という意味でも、個性豊かなキャラクター勢に愛情を注いできた宮藤作品と相性が良いように感じる。「何度も繰り返し観ている作品なので、人間の見方など『どですかでん』から影響を受けている部分はあるとは思います」と打ち明けた宮藤。

「原作にも映画にも、電車の運転手になったつもりで街を走り回っている六ちゃんという男の子が出てきます。あの街では、六ちゃんが走り回っていても、誰も何も言わない。お向かい同士に住んでいて、旦那が入れ替わっても、誰も何も言わないんです。冷たいんだか優しいんだかわからないけれど、どんな人も否定も肯定もしないという世界観が、僕も好きなんだと思う。
みんな自分のことに精一杯で、好き勝手に生きている。みんなが自分のことをちゃんとやっていれば、この世界は回っていくんじゃないかという考え方に共感したのかもしれないですね」

どんな人物も単なる悪役にせず、それぞれに事情があって精一杯生きているというキャラクターの描き方は、「自分が役者であるということも大きい」という。宮藤は「ストーリーの展開ために、“悪いヤツ”にされてしまっているキャラクターがいて、役者としてそれを演じるのって結構キツいんですよね」と苦笑いを見せながら、「役者も拠り所がほしいものだし、『どこかで聞いたことのあるようなセリフは言いたくない』という気持ちもある。役者さんに『俺、主人公をかわいそうな状況にするためだけに呼ばれているじゃん』と思われたらイヤだと思うんです。それはきっと、僕が役者もやっているから。僕の作品は魅力的なキャラクターが多いと言っていただけますが、その理由はそういうことからかなと」と分析する。

街に集う面々は「ワクワクするようなキャスティングにしないといけないと思った」と語るように、主演の池松壮亮をはじめ、仲野太賀、渡辺大知三浦透子濱田岳などなど、隅から隅まで面白い役者が顔を揃えている。

初タッグとなった池松については「ものすごく目を引く役者さんだなと思っていました。セリフで語っていること以上のものが、画面から見えてくる。『ここでは引いた方がいい』など、自分はどのようにいたらいいのかというバランス感覚もすばらしいですね。どんな演出にもビビッドに応えてくれる」と惚れ惚れ。

さらに「タツヤという役を演じてくれた太賀くんは、かわいそうな男を、ただのかわいそうなヤツに見えないように演じてくれました。『ゆとりですがなにか』で太賀くんに演じてもらった山岸という役も、本来ならば1話か2話で退場しないといけないほど危険人物なんです。でも最後まで出た上に、映画まで出ちゃうのは、彼のキャラクターですね」と笑いながら、「今回は自分でも『やりすぎちゃったかな』と思うくらい、タツヤにはかわいそうなことが起きる。それが2話です。『これが2話でいいのかな』と何度か思ったんですが、太賀くんはそこから『生活が続いていく』というところまで演じられる。普通はできないですよ。だからこそ太賀くんには、いつもちょっとつらい役とかやってほしくなっちゃう」と並々ならぬ信頼を寄せる。

すばらしい役者と一緒に、念願の企画を実現させた今、「自分の第二章が始まるような気がしている」と晴れやかに語る宮藤。「繰り返し『どですかでん』を観てきて、もし僕がキャスティングをするならばこの人がいいな、このシーンはこうやって描きたいなと妄想してきました。ずっとやりたいと思っていたことを実現できている日々は、ものすごく楽しかったです」と充実感もたっぷり。

「今回は企画・監督・脚本を務めさせていただきました。シナリオだけを書いて、時間をかけて頭の中で考えたものを文字にしていくことって、どんなに褒められたとしても、孤独というとかっこよすぎるんですが、なんだか物足りないんですよね。やっぱり現場で役者の生の演技を見て、演出することで発散できるものもあるし、人と人が集まって作品をつくるには調整も必要ですが、想像もしていなかった化学反応が起こる。今回は、2カ月半をかけてロケ撮影をすることができました。日常生活から離れて、『それ以外のことをしなくていい』という時間を持つことができた。大変でもありましたが、最高に楽しかったです」と目尻を下げていた。

■宮藤官九郎
1970年7月19日生まれ、宮城県出身。1991年より大人計画に参加。脚本家として映画『GO』(2001)で第25回日本アカデミー賞最優秀脚本賞他多数の脚本賞を受賞。以降もドラマ『木更津キャッツアイ』(2002)、『あまちゃん』(2013)、『いだてん~東京オリムピック噺~』(2019)など話題作の脚本を手掛ける。また2005年『真夜中の弥次さん喜多さん』で長編映画監督デビューし、新藤兼人賞金賞受賞。今年てがけた脚本作にNHK正月時代劇『いちげき』、映画『1秒先の彼』、Netflixシリーズ『離婚しようよ』(大石静共同脚本)などがあり、10月13日に映画『ゆとりですがなにか インターナショナル』が控える。その他、俳優としての出演作に9月1日公開『こんにちは、母さん』など。

ヘアメイク:吉田真妃(Kurarasystem) スタイリスト:チヨ(コラソン)