富士通は10月12日、「富士通の人的資本経営について」と題して、同社のESG説明会を開催した。本稿では、その一部始終を紹介する。


説明会には、同社 執行役員EVP CHRO(最高人事責任者)の平松浩樹氏が登壇し、人的資本経営の考え方や前中計期間の取り組み、今後の施策などが語られた。本稿では、その一部始終を紹介する。
CHROラウンドテーブルから導き出された「人的資本価値向上モデル」

はじめに平松氏は、「CHROラウンドテーブル」の存在を紹介した。ラウンドテーブルは、2022年3月から2023年1月の期間にラウンドテーブルを通した意見交換および討議を目的として実施されたもので、パナソニックホールディングス、丸紅、KDDI、オムロン、富士通の5社のCHROが参加した。

1年間をかけて「企業価値向上につながる人的資本経営の在り方」をテーマに集中的な討議が6回行われ、その内容を2023年4月にレポートとして公開したという。ラウンドテーブルを実施した理由について、平松氏は以下の3つを挙げた。


「1つ目の理由は、人的資本経営について開示の対応に偏った風潮に違和感を持っていたことが挙げられます。また、2つ目は企業価値の向上につながる人的資本経営こそ、日本企業がグローバルな競争で戦うための人事の共通課題だと感じていたこと。そして、3つ目は、各社CHROの人的ネットワークはあるものの、情報交換のレベルにとどまり、踏み込んだ議論をする場がなかったということ。この3つの理由から、CHROラウンドテーブルを実施することにしました」(平松氏、以下同)

そして、ラウンドテーブルでの議論を通じて、人材に関する取り組みが戦略の実現にどのように関わっているのかを伝える一貫性あるストーリーと、その裏付けとなる自社固有のKPIを特定し、それを指標として取り組みを進めていくことが重要であると考え、「人的資本価値向上モデル」という各社に共通するフレームワークとして導き出すに至ったという。

同モデルでは、人事の各種取り組みを「成果を生むための取り組み」と「持続的効果を生むための取り組み」という2種類に色分けして表記している。

「青枠で表記しているのが、『人材ポートフォリオ』や『必要な人材の要件定義』など経営・事業的な観点から、必要不可欠な人材戦略上の『成果を生むための取り組み』です。
一方の赤枠は、『エンゲージメント』や『D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)』」といった人材を持続的に支えるための『持続的効果を生むための取り組み』となっています。また、施策間のつながりは矢印で示しています」

各社で取り組んでいる人事施策をモデル図に落とし込んで整理していくことで、それぞれの施策がどのように企業価値向上につながっているのか、全体構造を捉え、検討することができる仕組みになっている。富士通でも、自社の人的資本経営のストーリーをはめ込んだモデルを作成している。

具体的には「DXカンパニーを目指してパーパスとHR Visionを策定」「評価についてパーパスやビジョンに対するインパクトの大きさを評価するConnect評価をグローバルに導入」など、9つのストーリーを組み込んで全体構造を捉えているようだ。

「適材適所」の考えから「適所適材」へ

続いて平松氏は、人的資本経営のストーリーに沿って、各種施策の概要とその効果について紹介した。

「富士通は、2020年に『イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく』というパーパスを策定しました。
加えて、これを実現するために、目指すべき将来の人や組織の状態をHRビジョンとして表現しました」(平松氏)

これらのパーパスやHRビジョンの策定を契機に、その実現に向けて、ジョブ型人材マネジメントを中心とした一貫性のある人事制度にフルモデルチェンジしたのだという。

組織設計、報酬制度、人材リソースマネジメント、キャリア育成といった施策が関連し合っていることを丁寧にストーリー立てて社員に説明しているため、社員からもポジティブな意見が多く寄せられているそうだ。

「ジョブ型に移行した目的の1つが、戦略やビジョンを描き、必要な組織やポジションを設計し、そこに適材を社内外からアサインするということを実現したかったという点にあります」

平松氏曰く、同社では従来はは新卒一括採用、長期的雇用の文化を引き継いできたほか、採用に関しては人事が権限を持って統制していたという。この「今いる人ありきの組織構成」の考え方が、会社の戦略を考える際の障壁となっていたそうだ。

そのため、これまでの「適材適所」の考え方から「適所適材」の考え方にシフトチェンジすることで、オープンでチャレンジングな風土醸成の第一歩とした、と平松氏は語った。
「適所適材の考え方だと、人材面でギャップが大きくなります。
そこで、採用やポスティングなど、人材リソースマネジメントの権限を各事業門に移譲し、人事はHRシステムサポーターという役割で、事業部門をサポートする方法に移行しました」
ポスティングでの異動者から聞かれたポジティブな声

これらの施策の結果、富士通では結果が数字として表れ始めているという。

「2020年からの3年間で、国内グループ8万人のうち、延べ2万人がポスティング希望者として手を挙げました。その中の7000人が合格して、異動しています。想定以上に社内の人材流動化が高まり、キャリアオーナーシップ意識の向上につながっていると思います」

また、グローバルな業務については、グローバルポスティングも実施しており、こちらに関しても、通常のポスティングと同様に徐々に希望者の増加が見受けられるという。

このようなポスティング制度で異動を行った社員に対して「自分の強みを活かせているか」「業務で成長を感じるか」という質問を、異動前後で聞いた調査によると、異動後にポジティブな実感値を得ている従業員が多数であることも判明しているという。

「加えて、ポスティングの不合格者に対しても、募集元から必ず『何が良かったか』『何が足りなかったか』というフィードバックを行っています。
このフィードバックを受けた人は、次なる挑戦に向けた学びや新たな経験などを積みたいという、成長意欲が高まっているのではないかと考えています」

最後に、平松氏は以下のような言葉で説明会を締めくくった。

「持続的な企業価値向上を実現するのが、人的資本経営の目的です。そのためにはビジネスにアラインした人材ポートフォリオを描いて、そのギャップを戦略的に埋めていく必要があります。富士通を含む、CHROラウンドテーブル参加企業の低成長の原因は、これを戦略的かつ大胆にできていなかったからだと考えいます。難しいチャレンジにはなりますが、データを最大限活用し、試行錯誤からの学びも可視化して、経営と人事が継続的かつ動的に人材ポートフォリオの議論を進めていきます」