めまぐるしく愛おしい88年間の日々を支えてくれたのは、いつも“おいしいもの”だった――。『魔女の宅急便』の著者であり、「魔法の文学館」開館や「紫式部文学賞」受賞でも話題の作家・角野栄子さんのエッセイ集『おいしいふ~せん』(NHK出版)から、珠玉の5篇を試し読み。
文中に登場するカラフルで愉快なイラストも、角野さんご本人の手によるものです。
今回のお話は、「おしゃれ道」。

○おしゃれ道

ごく小さい時から、ちょっとした身の回りのことが気になる子供だった。
例えば、下駄の鼻緒、浴衣の模様、ご飯茶碗の模様などは、自分の好みで選びたかった。
40半ばから悲しい変化が、立て続けにおきた。それは老眼になり、髪の毛が白くなったこと。
目はいい方だったのに、老眼は超スピードでやってきた。文字が薄くなり、目が痛むようになる。
(どうしよう!)
しばし落ち込み、仕方なくメガネをつくる。初めは読む時にだけ使う程度のメガネだったのに、それが次第に進み、遠近両用のメガネに変わることになった。すると、絶えずかけていなければならなくなる。私も永久メガネおばさんになるのか……、いささかショック!

ところがかけ始めると……、おや、悪くないぞと、思い始めた。
そのころ、顔のシワが、カラスの足跡から、蜘蛛の巣状態になりかかっていた。それをメガネのフレームが隠してくれることを発見した。私の精神の安定にも、これはすこぶるよろしい! 「あら、かわいいメガネね」なんていう言葉から、出会いの会話が始まることもあった。これもよろしい! おしゃれアイテムとしてもメガネの立場がぐんと上がることになった。ところがメガネは、そこそこいいお値段がする。でもここは1点、メガネに投資しようと心に決めた。

 同じころから、髪の毛が白くなり始めた。これは、メガネほど、いさぎよく受け入れることができなかった。いそいそと髪染めが始まる。そこそこ10年ぐらいは辛抱して、通った。2ヶ月に1度! しかも2時間もじっと座っているなんて、めんどくさがりやな私には耐えられなかった。それで、えい、やー、とやめてしまった。
途中、しばらくはまだら生活を我慢しなければならなかったけど、私のストレスはひとつ消えた。
すると、おや、悪くないぞと、また思い始めた。着るものが変わってきたのだ。子供のころから憧れていた、ピンク、赤、オレンジとか、かわいい色が不思議と白い髪の毛に合う。よし、これからは遠慮なく総天然色でいこう。

ところが、きれいなものはたいてい若者向きで、サイズが小さい。
胸の開きも大きく、余計なぴらぴらもついている。それなら自分でつくろうと思った。でもミシンがない。手縫いでいこう。ちくちく、ちく。この手作業は精神の安定にはなかなかよかったけど、ただ時間がかかり過ぎ、また失敗も多かった。

そんなとき、縫い物が上手な友人と出会った。しかもわが家の近くには、比較的大きな生地屋さんがある。子供のころから好きだった布を選ぶ楽しみがあるし、形も自分で決められる。しかもありがたいことにその店は、私の散歩の道筋にあるのだ。布地を見ながら、入り口から裏口へ抜けると、近道にもなる。しばしばバーゲンにも出合う。それで気に入った布を見つけると、買っておくようになった。なんて幸せ。手持ちの着やすいワンピースを布と一緒に、縫い上手の友人に送る。
「同じものをつくってちょうだい。ただポケットは必ずつけてね」  
出来上がると送ってくれる。それ以来、私のワンピースはすべて同じ形。仮縫いなしの、簡単オーダー。でも布によって、雰囲気ががらりと変わる。これは発見だった! しかも、しかも満足のおまけ付き。着心地も、お値段も。

体に合うから、心も自由になれる。ほんとうになんて幸せ!
でも、外に着ていく洋服にはいつも迷う。予定していたものが気に入らなくて、慌てて着替えることがあって、約束に遅れそうになることもしばしば。それに、あれこれ迷う時間が惜しくなるほど、忙しくもなってきた。
見るに見かねて、帰国した娘が手をのばしてきた。初めは抵抗、でも次第に耳を貸すようになった。小さい時から、色にこだわる子だったし、長年の付き合いで、私の好みもわかっている。受け入れてみると、時には思いもかけないような取り合わせを組み立ててくれたりする。「やだ、これ」と拒否する時もあるけど、意外にも世間の評判がよろしいのだ。ちょっぴり悔しかったけど。

「おばちゃん、それかわいい」
原宿の路上で、若い女の子から言われて、いい気分。「おばあちゃん」でなく、「おばちゃん」と言われたのもうれしい。自然と、娘とのコラボを楽しむようになった。若いおしゃれ感覚を取り入れるには、反発もあるけど、冒険の楽しみもある。
「着せかえ遊びするの、楽しいな!」
娘は、私をからかう。なにさって、やっぱり悔しい。それでもどんなおしゃれが現れるか、楽しみも増えていく。
これが、85歳の「おばちゃん」がたどり着いた、おしゃれ道っていうことかしら!

本連載は、 『おいしいふ~せん』より、一部を抜粋してご紹介しています。

⇒この連載の一覧はこちら

○『おいしいふ~せん』(NHK出版)
著者:角野 栄子

たんぽぽの汁を吸って亡き母を想った子ども時代、初めての味に驚きの連続だったブラジル生活、『魔女の宅急便』の読者から届いたゆすらんめのジュース……。めまぐるしく愛おしい88年間の日々を支えてくれたのは、いつも“おいしいもの”だった。角野栄子さんならではのユーモアと温かみにあふれる文章と、カラフルで愉快なイラストを散りばめたショートエッセイ56篇を収録した本書は、かわいい装丁とサイズ感はプレゼントにもぴったり。何気ない毎日の愛おしさに気がつき、前向きになれる一冊は、Amazonで好評発売中です。

○PROFILE:角野 栄子(かどの・えいこ)

東京・深川生まれ。大学卒業後、紀伊國屋書店出版部勤務を経て24歳からブラジルに2年間滞在。その体験をもとに書いた『ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて』で1970年作家デビュー。1985年に代表作『魔女の宅急便』で野間児童文芸賞、小学館文学賞受賞。2000年に紫綬褒章、2014年に旭日小綬章を受章。2016年『トンネルの森 1945』で産経児童出版文化賞 ニッポン放送賞を受賞。2018年に児童文学のノーベル賞ともいわれる国際アンデルセン賞作家賞を受賞。2023年に『イコ トラベリング 1948ー』で紫式部文学賞受賞、11月に江戸川区角野栄子児童文学館が開館。