みなさんは

「同じ問題を繰り返し解くうちに間違えることがなくなった」
「単語を覚えることができるようになった」

といった経験をしたことはないでしょうか。

反芻による失敗と修正を繰り返すことによる記憶の定着は、勉強だけでなく運動学習にもみられます。

この現象には神経情報の伝達効率を変化させる性質である「シナプス可塑性」が強く関連していると言われています。このシナプス可塑性は運動学習の基盤を担っている可能性が示唆されています。この記事ではそんな神経細胞の性質と運動の関係について解説します。

まだまだ解明されていない領域も多く存在する分野ですが、今回はある論文を基に運動学習とシナプス可塑性の興味深い性質を紹介します。

新たな角度から運動学習へアプローチしたいと考えている方はぜひ参考にしてみてください。

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シナプスとは

「シナプス」という言葉に聞き馴染みのない方もいるのではないでしょうか。シナプスとは神経細胞同士の「すきま」をつなぐ構造です。


私たちの体の中では、「化学物質」や「電気信号」を使うことでこのすきまを介した情報の伝達を行っています。

ここではそんなシナプスの体での役割を詳しく解説します。

神経細胞が脳と全身の情報を伝達する「ケーブル」の役割を担う
物を持つ際の「運動」や触れた物の温度を感じる「知覚」は、脳と神経細胞とのネットワークによって成り立っています。

脳と脊髄で構成された「中枢神経系」で全身から集められた情報を処理し、全身に張り巡らされた「末端神経系」が中枢神経系へ情報を伝え、中枢神経系から受信した情報を伝えているのです。

この円滑な情報伝達の仕組みによって「驚いた時に血圧が上がる」「熱いものに触れると手を引っ込める」といった行動が自然と行われます。

情報を伝えるケーブルの役割を果たす神経細胞ですが、この神経細胞の断片同士のすきまにおける情報伝達をシナプスが担うことで機能を保っています。


運動学習の研究ではシナプスを介した小脳内の神経細胞間の伝達が重要視されている
脳の中でも小脳は運動制御や運動学習に関わっていると言われています。

運動を正確に行うためには適切なタイミングと強さで筋を収縮させることが重要ですが、この役割を小脳が担っていると考えられているためです。

よりこの正確性を高めるためには、小脳から筋への伝達にかかる時間を減らすことが鍵になると考えることもできます。

この時間の短縮には神経細胞のすきまを担う構造であるシナプスの伝達効率も同じように大きな役割を果たします。

このシナプスの伝達効率に着目したアプローチが「シナプス可塑性」の研究に繋がります。

シナプス可塑性とは

シナプス可塑性とは、シナプスの情報伝達の効率を継続して変化することができる性質のことです。記憶のメカニズムに大きく関わることから、発達障害や精神疾患領域における応用を目的とした研究も盛んに進められています。


ここではそんなシナプス可塑性の役割や重要性について解説します。

シナプス可塑性は「記憶」のメカニズムに大きく関わる
シナプス可塑性は「記憶」のメカニズムと関連している可能性が示唆されています。

神経細胞は受け取った情報を流す役割を持ちますが、シナプスの大きさを変化させることで伝達効率を変化させています。この伝達効率の変化によって情報に強弱をつけているのです。

長期的に覚えておきたい情報は大きなシナプスを使い記憶し、逆に忘れたい情報は小さなシナプスを使うことで忘却します。この仕組みは「計算力」や「語彙力」などの勉強だけでなく、運動学習にも用いられています。


単一の競技だけでなく複数の競技にチャレンジすることで、長期的に覚えておきたい情報を蓄積していくことができるようになります。こうした経験を積むことが、新たに取り組む競技や運動でも臨機応変に対応することができる「運動神経の良さ」に影響すると考えられています。

シナプス可塑性と運動習慣の関係性

運動を習慣的に行うことでシナプス可塑性を活性化することが可能であるとする報告も存在します。

Physical Activity, Nutrition, Cognition, Neurophysiology, and Short-Time Synaptic Plasticity in Healthy Older Adults: A Cross-Sectional Stud(chättin et al.2018)によると日常的にガーデニングなどの運動を行う健康な高齢者にはシナプス可塑性を生成する可能性が示唆されたそうです。

また、こうした運動習慣のある一部の被験者には短期間でのシナプス可塑性の生成も確認されました。

運動とシナプス可塑性の生成における具体的な関連性やメカニズムには未解明な部分も存在しますが、今後の研究ではこれらの機序の解明も期待されます。

シナプス可塑性を活性化するためには

シナプス可塑性は運動機能の向上に大きな役割を果たす可能性を秘めています。シナプス可塑性を活性化する確実な方法は明らかになっていませんが、バランスの取れた食生活や十分な睡眠など生活習慣が影響するとも言われています。


こうした生活習慣の見直しはシナプス可塑性だけでなく、さまざまなメリットを生むことからこの機会に今一度見直してみることも有効かもしれません。

周囲とは異なる視点を持ち、情報感度を高めることがライバルとの差を広げることに繋がる場合もあります。先進的な発見や研究に常に目を向けることが、競技における飛躍的な成績向上に繋がることもあるのではないでしょうか。

引用文献 Physical Activity, Nutrition, Cognition, Neurophysiology, and Short-Time Synaptic Plasticity in Healthy Older Adults: A Cross-Sectional Stud(chättin et al.2018)

[文:スポーツメンタルコーチ鈴木颯人のメンタルコラム(https://re-departure.com/index.aspx)]

※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。

一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会
代表理事 鈴木颯人

1983年、イギリス生まれの東京育ち。7歳から野球を始め、高校は強豪校にスポーツ推薦で入学するも、結果を出せず挫折。

大学卒業後の社会人生活では、多忙から心と体のバランスを崩し、休職を経験。
こうした生い立ちをもとに、脳と心の仕組みを学び、勝負所で力を発揮させるメソッド、スポーツメンタルコーチングを提唱。
プロアマ・有名無名を問わず、多くの競技のスポーツ選手のパフォーマンスを劇的にアップさせている。世界チャンピオン9名、全日本チャンピオン13名、ドラフト指名4名など実績多数。
アスリート以外にも、スポーツをがんばる子どもを持つ親御さんや指導者、先生を対象にした『1人で頑張る方を支えるオンラインコミュニティ・Space』を主催、運営。
『弱いメンタルに劇的に効くアスリートの言葉』『モチベーションを劇的に引き出す究極のメンタルコーチ術』など著書8冊累計10万部。