12歳で芸能界入りし、今年でデビュー30周年を迎えたともさかりえ松尾スズキ作・演出の舞台『命、ギガ長スW(ダブル)』では認知症気味の80歳の母親役に抜てきされ、役者としてまた大きな一歩を踏み出す。

30年の歩みを振り返ってもらうと、10代は「とてもしんどい時期だった」と告白した彼女。「若いからこそ、いろいろなものを背負う度量もなくて。生活と仕事がいつも地続きにあるようだった。誹謗(ひぼう)中傷などにも参ってしまった時期があります」と打ち明ける。「子どもを産んでから、生活と仕事を切り替えられるようになって精神的にも楽になった」という転機や、芝居への湧き上がる情熱までを充実の笑顔で語った。

【写真】インパクト大! 80歳の老女を演じるともさかりえ

◆松尾スズキからのオファーは「ここ最近で一番衝撃的な出来事」

 東京成人演劇部の旗揚げ公演となった『命、ギガ長ス』を、『命、ギガ長スW(ダブル)』と一新して再演する本作。『命、ギガ長ス』は、作・演出の松尾と安藤玉恵による、2019年初演の“8050問題”をテーマにした二人芝居。今回の再演では、宮藤官九郎と初演から続投の安藤が“ギガ組”、三宅弘城とともさかが“長ス組”として、ダブルキャストで二人芝居に挑む。演劇界の鬼才である松尾から初めてのオファーが舞い込み、「びっくりしました」と率直な思いを吐露したともさか。

 「松尾さんの作品は客席側から観るものだと思っていましたし、私自身、松尾さんに興味を持ってもらえるタイプの役者ではないと感じていたので、絶対に縁がないものだと思っていました」と目を丸くしながら、「とにかく信じられなくて、“本当ですか?”と何度も確認したことを覚えています。ここ最近で一番衝撃的な出来事だったかも!」と目尻を下げる。

 驚きと緊張、不安が押し寄せたというが、そんな彼女の背中を押してくれたのは、二人芝居の相方で、これまでにも舞台『鎌塚氏、放り投げる』で初共演、ドラマあさが来たスピンオフ 割れ鍋にとじ蓋』(NHK)や『監察医 朝顔』(フジテレビ系)などで共演してきた三宅弘城の存在。
「相手役が三宅さんだと聞いて、不思議な運命を感じました。三宅さんとの共演率ってものすごく高くて。いつも強く記憶に残る作品でご一緒させていただいている」とほほ笑み、「三宅さんが相手役ならやるしかない。三宅さんがいるなら大丈夫だと思えました。挑戦させていただこうと覚悟を決められた、大きな要因です」と並々ならぬ信頼感を明かす。

◆「80代のおばあちゃんにもなれる」舞台の面白さを実感

 三宅もともさかについて「盟友、戦友」と相思相愛の思いを語っているが、ともさかは「真面目で誠実で、三宅さんは私にとってのスーパーマンみたいな感じ」と楽しそう。

 「それでいていつも“大丈夫かな?”と後ろ向きな話ばかりしてしまうところなど、私と似ているなと思うことも多くて。自分を飾らずに一緒にいられるので、“前世でなにか関係があったんじゃないか?”と思うくらいです。とはいえ恋人や夫婦ではないだろうし、姉と弟だったのかな…とか。三宅さんが出演されていた『ロミオとジュリエット』を観に行ったら、キスシーンをやられていて。“私とはまだキスシーンをやっていないのに、何をしている!”と嫉妬しました(笑)」と特別な存在である様子。「初めての二人芝居。
三宅さんという信頼できる方とやれるなんて、幸せです」と喜びをかみ締める。

 ともさかと三宅が演じるのは、認知症気味の母親・エイコと、ニートでアルコール依存症の50代の息子オサム。彼らの関係性から、“8050問題”の深刻さと、人間のおかしみやさみしさなどが浮き彫りとなる。白髪頭&顔にはシワやシミを描き、エイコを熱演するともさかは「おばあちゃんにもなれるのが、舞台の面白いところですよね。時空すら飛び越えられる」としみじみ。

 台本を読んだ際には「大号泣した」という。「松尾さんならではの笑いが込められていて、根底にはシビアなテーマが流れていながら、こんなにも面白く、軽やかな物語として描くことができるなんて本当にすごいなと思いました。特に私は息子を持つ母親でもあるので、母親も息子も歳をとっていく様子が描かれたこの物語は他人事には思えないところもあって。今この年齢になって出会えてよかった、大切な縁をいただけたと思うような作品です」と最高の機会に恵まれた。

◆『金田一少年の事件簿』『すいか』――キャリア30年の転機となった作品は?

 今年デビュー30周年を迎えたともさか。浅野温子の娘を演じた1993年のドラマ『素晴らしきかな人生』(フジテレビ系)で初めての連続ドラマに出演し、1995年のドラマ『金田一少年の事件簿』(日本テレビ系)で演じた美雪役も大人気を博した。松尾からは「『すいか』(日本テレビ系)をDVDで観て、それがすごくよかった」と声を掛けられたこともあるそうだが、代表作として挙げられる作品を多数持つともさかにとって転機として思い出す作品は?

 すると「『素晴らしきかな人生』での経験がなかったら、役者を続けていないんじゃないかなと思います」と告白。
「撮影に入る前に1ヵ月くらいお稽古をしてもらったことなど、今でもよく覚えています。それまでお芝居の勉強をしたこともなく、右も左も分からない状態。素晴らしい役者さんとご一緒させていただき、皆さん、私が子どもだからといって容赦せずに向き合ってくださった。目の前にいる皆さんのお芝居に本当に感動したり、悲しくなったり、楽しくなったりして、演じているというよりも役と一心同体になった不思議な感覚があって。お芝居って本当に面白いな、やっていきたいなと思いました」と語る。

 しかしながら、10代はしんどい時期だったと続ける。「10代の私には、“自分が働くことには、たくさんの人が関わって、たくさんの人が動いている”ということを背負うだけの度量がなかったのかなと。将来のことも考えていないような年頃で、ただお芝居が好きという気持ちだけで始めてしまったので次第にいっぱいいっぱいになってしまって。またSNSのない時代でしたが、いろいろな形で誹謗中傷を浴びることもあり、そういったことにもダイレクトにダメージを受けてしまった。参ってしまった時期があります」。

 さらにともさかは、「こうして振り返ってみるとありがたい経験ばかりで、もっと楽しめばよかったのに!と思うんですけれど。働く意味をきちんと感じられるまでは、ずっとしんどかった」と苦笑いを浮かべる。
転機となったのは長男の出産で、「子どもを産んで、マインドはものすごく変わりました。それまでは生活と仕事がずっと地続きにあるようで、どこで切り替えたらいいのかが分からなかった。それもしんどかった要因の一つだと思うんですが、子どもを養う親になったことで、働くことをそのまま受け止めることができるようになりました。帰ると、自分以外のことでやらなければいけないこともたくさんあるので、物理的な大変さは増えたけれど、精神的には楽になりました」と生活者としての軸ができたことで心が軽くなったといい、人生経験を重ねることで「だんだん面白がれる余裕が出てきた気がして」とにっこり。

 「お芝居をすることは、苦しいことでもあります。やる前からいろいろなことを想像して不安に思ったりするタイプではありますが、そういったことも面白がりながら、進んでいけたらうれしいです。お客様と時間を共有できる喜びは、格別なものがある。だからお芝居をやめられないのかな?と思っています」と輝くような笑顔を見せていた。(取材・文:成田おり枝 写真:高野広美)

 東京成人演劇部vol.2『命、ギガ長スW(ダブル)』は、東京・ザ・スズナリにて3月4日~4月3日、大阪・近鉄アート館にて4月7~11日、福岡・北九州芸術劇場 中劇場にて4月15~17日、長野・まつもと市民芸術館 実験劇場にて4月23~24日上演。

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