奇跡のコラボレーションが実現した映画『怪物』が6月2日に公開される。本作は、『誰も知らない』『万引き家族』の是枝裕和監督がメガホンを取り、『花束みたいな恋をした』『カルテット』の坂元裕二が脚本を、『戦場のメリークリスマス』『レヴェナント:蘇えりし者』の坂本龍一さんが音楽を担当するという、映画好きでなくてもその名がわかるビッグネームが集結した作品だ。

さらに、『告白』『怒り』のほか、新海誠作品や細田守作品など多数のヒット作を手掛けた川村元気も企画・プロデュースとして参加している上、俳優陣には安藤サクラ、永山瑛太、田中裕子、高畑充希ら“実力派”が名を連ねている。物語の舞台は、大きく澄んだ湖を望む郊外に位置する町。子供同士のケンカだと思いきや、食い違う主張は次第に社会やメディアを巻き込み、大事になっていくというストーリーだ。今回クランクイン!は、是枝裕和監督にインタビューを実施。坂元裕二、坂本龍一さんとのタッグの裏側や、安藤サクラの第46回日本アカデミー賞のスピーチを踏まえ、監督が兼ねてから注力する“映画業界の労働環境”について聞いた。

【写真】坂元裕二、坂本龍一さんとのタッグや、映画業界の働き方について話す是枝裕和監督

■コロナの延期を経て完成した『怪物』

ーー川村さんとは、ドラマシリーズ『舞妓さんちのまかないさん』(Netflix)でもタッグを組まれています。
時系列ではどちらが先だったのでしょうか?


是枝:『怪物』です。先に企画が動き始めたのは『怪物』だったんですけど、コロナで延期になったので、延期のうちに『舞妓さんちのまかないさん』が出来上がったという流れでした。川村さんから『怪物』のオファーをいただいたときは、脚本を読む前に引き受けることを決めました。

ーー是枝さんがご自身以外の脚本で撮るのはデビュー作の『幻の光』以来ですよね。坂元さんと是枝さんは、扱うテーマは近いものがありますが、アプローチの方法が全く違う印象です。例えば顕著なところでいうとセリフ量などでしょうか。
今回その差をどのように落とし込んでいったのですか?


是枝:セリフの量に関して、何か話をしたことはなかったです。脚本が上がってきて、意見交換して、僕や川村さんの意見を坂元さんが受け止めて、「もう1回書き直してみます」と持ち帰って、それから数ヵ月後にまた届いて、意見交換して…を3年繰り返しました。

セリフの量は、確かに僕が作っている映画と坂元さんが書いているドラマは違うかもしれないけれど、坂元さんのドラマは、決して説明的なセリフが長く続くわけではないし、テーマをセリフで語ってしまうわけでもない。むしろ逆に、登場人物がぐるぐるとテーマにたどり着けずに、その周辺を回っている描写ゆえにセリフが増えていっています。僕はこの手法は全く嫌じゃないし、もしそういう脚本だったとしても、きっと引き受けたと思います。結果的には非常に良いバランスでのタッグが組めました。


ーー本作は複数部構成が特徴的です。コロナで延期があったということですが、初稿から大きく書き換えたということはありましたか?

是枝:僕が2018年の暮れにもらったロングプロットの段階で複数部構成でした。ただ、当時は人物像の輪郭はまだぼんやりしていて、大きな構造だけが書かれている感じ。それでも十分面白かったし、非常に攻めてるなっていうプロットだったので、やりがいがあると思いました。迷いなく引き受けて良かったですし、オファーがうれしかったので頑張りました。

ーー本作は、黒川想矢さんと柊木陽太さんの二人の子役の演技も魅力です。
子どものシーンといえば、是枝さんは過去作で、自然な演技を引き出すために、あえて脚本を与えず口頭でセリフを伝えるというアプローチを取っていました。今回もその手法を?


是枝:今回は台本を渡し、リハーサルもやりました。黒川想矢さんと柊木陽太さんが、その方がやりやすいということだったので。ただ、それをちゃんと芝居になじませるように演出はしました。セリフを言うことに特化しないように、何かを食べながらや、グリコをしながら、パチンコをしながら…と、アクションの中でセリフを言う練習をしたんです。とても能力の高い子どもたちだったので、思った以上にうまいアプローチになりました。


ーー坂元さんの生きた言葉と、役者の演技がハマる瞬間がすごく心地よかったです。それでは坂本龍一さんの音楽のディレクションについても聞かせてください。

是枝:こういう音楽を作ってくれという依頼は全くしていないんですよ。ただ、自分で編集した作品に、今までのアルバムの中から僕が選んだ坂本さんの曲を仮で当てて、見ていただいたんです。作品に沿って作ってほしかったというわけでもなく、坂本さんが本作を見て、「1、2曲浮かびましたので形にしてみます」ということで出来上がったのが今回の音楽になります。

ーーてっきり是枝さんの注文があったのかと。


是枝:全然そんなことないです。坂本さんからは「音楽室のシーンで3回響く楽器の音がとてもいいので、それを邪魔しないようにします」と手紙に書かれていました。

ーーこれまでタッグを組まれてきた菅野よう子さんや細野晴臣さんも「作品の邪魔をしないように」とおっしゃっていましたが、皆さん全く違った音楽に仕上げてくるので面白いですね。

是枝:そうなんですよね(笑)。作っていただいたテーマ曲を映像に当てて初めて見た時の感動は今も忘れません。

ーーここまで製作過程をおうかがいしましたが、撮影現場についても教えてください。主演の安藤サクラさんは、今年3月の第46回日本アカデミー賞のスピーチで、俳優業と母親の両立の難しさを語っていました。その一方で、昨年開催された松岡茉優さんとのトークイベント「ウーマン・イン・モーション」で是枝さんは、「2022年の夏に撮影した作品で、実験的ではあるけれども、女優さんが撮影現場に子どもを連れてきたときに、面倒を見られるような環境づくりをプロデューサーが試みて、保育士の資格を持ったスタッフを雇った」と言っていました。これは『怪物』の撮影で安藤さんのためのサポートだったのでしょうか?

■「日本は特に遅れていて…」

是枝:そうです。撮影現場の労働環境については、今、試行錯誤しています。これが正解だとは思わないんですけど、どういうサポートをしたら、役者だけじゃなく現場で働く人たちが、より安心して働けて、家庭と両立できるのかを、模索しないといけないんですけど、作品単位でやっていても限界があるんです。

やれる限りやろうとは思っているんですけど、 日本の映画業界全体が、もしくは日本の社会全体が、どういう風に女性の職業参加、もしくは復帰っていうものを捉えていくかちゃんとやらないと無理だと思っています。

でも、やっぱり、日本は特に遅れていて、僕の周りでも、出産を機に現場を離れたっていう人たちが何人もいて、そこから復帰もしにくいんです。だから、若者と女性の離職をどういう風に食い止めていくかっていうことがとても大事だなと思ってるので、 頑張ります。

ーー今年パク・チャヌク監督にも同じ質問をしたんですけど、映画業界の労働環境は昔と比べて良くなってきているのでしょうか? チャヌク監督は、『渇き』(2009)の際は徹夜作業が多く苦労したけれど、現在韓国では週52時間労働を厳守しなければならず、改善されていると言っていました。

是枝:休みをちゃんと取ろうっていう意識を持ったり、どのくらいの時間で切り上げるかを考えたりしているので、自分の現場は、少しずつ良くなってると思います。現場のルールは、一作ごとにまだまだ学んでいる状態なんですけどね。

今回はインティマシーコーディネーターの浅田智穂さんに参加していただいて、子どもたちの支援に立ち会ってもらいました。でも、浅田さんに「『万引き家族』のときに、こういうやり方をしたんだけど」って言うと、「今のルールだったらこうしますね」ってアドバイスをいただいて、ルールを日々更新していかなきゃならないんだと実感しました。

韓国も日本と同じように昔はブラックだったと思うんですけど、多分この10年ですごく変わったんですよね。それは、ちゃんとルールを導入して、厳格に守るという意識ができたからだと思いますけど、まだ日本はそこまではいかない。

ーーそれでは、今後も模索しながら?

是枝:この春に、日本映画制作適正化機構(映画制作を志す人たちが安心して働ける環境を作るために、映画界が自主的に設立した第三者機関)ができて改善して、改革の意思表示はしたけれど、全然足りていないと思っています。ちゃんと監視をして前に進んでいかないと、本当に若い人と女性が、映画業界からいなくなってしまう。なので、業界全体で取り組んでいきたいと思っています。(取材・文:阿部桜子 写真:池村隆司)

 映画『怪物』は6月2日より全国公開。