脚本家・坂元裕二が今年3月、連続ドラマの脚本執筆をしばらく休むと宣言したのをご存知だろうか? 昨年の『カルテット』、今年の『anone』と常に話題作を手がける彼の今後の動向が気になる中、脚本を書き下ろした舞台がこの9月に上演される。俳優・豊原功補が演出を手がける明後日公演2018『またここか』。
主演を務めるのは、ドラマ『スモーキング』や映画『モリのいる場所』での好演も記憶に新しい吉村界人だ。

【写真】舞台『またここか』吉村界人インタビューフォトギャラリー

 取材が行われたのは、稽古開始から2週間ほど経ったある日。稽古に入った感想を聞いてみると「……ずっと辛いです」と苦笑する。

 2013年にオーディションをきっかけに今の事務所に所属し、俳優としての活動を始めて5年目。映画、ドラマと幅広く活動してきたが、実は今回の『またここか』が記念すべき初舞台だ。「自分から積極的に舞台を観に行ってはいなかったこともあり、舞台の魅力や自分が舞台に立っているということがピンとこなくて。かつ、“凄いもの”というイメージもあったから、“とりあえずやってみる”という感じで足を踏み入れるのはダメなんじゃないかなと思ってました」。しかし今回出演を決意したのは、脚本・演出の座組があまりにも魅力的だったこと、読ませていただいたプロットがとても面白かったこと、そしてここ1~2年の経験にともなう心境の変化からだった。

 「樹木希林さん、山崎努さん、加瀬亮さん……魅力的な先輩たちにたくさん会ったことで、“役者”というものにもっと向き合ってもいいのかな、と思ったんです」。

 俳優活動は続けてきたものの、自分が“役者”というカテゴリの中にいる実感はなかったという。しかし刺激的な出会いを得た作品を経て、改めて「自分は何なんだろう」と思ったとき、思い浮かんだのは自分の好きな人たちの姿と、彼らが“役者である”という事実だった。“役者”でありたいという決意。
そして舞台には“役者”に必要なことが詰まってるんじゃないか、という思い。そこから、今回の出演を決意できたのだという。

 ただ、初舞台は順風満帆とは行かないようで……。

 「怒られてばかりです(苦笑)。こんなに人に怒られたことはない、というくらい。毎晩寝られないですもん。豊原さんがよく演じて見せてくれるんですけど、圧倒的に面白いんですよね。もう、豊原さんがやったほうがいいんじゃないかというくらい(笑)」。

 演出家・豊原功補は、思った以上に厳しい存在だったようだ。稽古を積み重ねて1つの作品を作っていく舞台ならではのアプローチもまた、初めての体験。そんな中で、俳優人生で最大に高い“壁”を今感じているという。

 「今まで自分が楽にやってきたのかな、というのを痛感しています。
これまでも悩むことはありましたけど、こんなに『この壁登れねえぞ』という感覚は今回が初めて。共演している他の方たちはみんな悠々やっていて、本当にすごいなと」。 それでも、この苦闘を後押しする最大のモチベーションは、なんといっても作品の面白さだ。

 物語の舞台は、東京サマーランドの近くにあるガソリンスタンド。父親からこのガソリンスタンドを引き継いだ若い男のもとに中年男と連れの女が現れ、自分は異母兄弟だと名乗る。たった4人の登場人物たちが、店内で繰り広げる濃密な会話劇だ。

 ただ、一見シリアスな物語設定に見えながらも「結構笑えると思いますよ」とのこと。坂元裕二脚本ならではの軽妙なやりとりは、今作でもたっぷり観られそうだ。

 「僕が思う坂元さんらしい作品、といいますか。人間の弱い部分だったり、表面の裏側の部分……見えない部分を語っている気がします。その見えない部分が一番、“人間”なんじゃないか、という感じですね。僕が演じる主人公は一見生きやすそうに見えて、生きにくい人。
自由自在なんだけどすぐ壊れちゃいそうで、ギリギリのところで生きてる感じがする人です。ただ、彼が抱えている“やっちゃいけないことをやってしまう”感じや、それで悩み苦しんだり、自分の生き方を肯定できない部分は、僕自身も共感できるところがある」。

 今眼の前にそそり立つ壁は高くとも、越えたら“役者”として得るものが多いのでは? と聞いてみると「絶対そうだと思います」と力強くうなずく。本番ではきっと私たち観客にも、その壁の“向こう側の景色”を見せてくれるに違いない。(取材・文・写真:川口有紀)

 舞台 明後日公演2018『またここか』は、9月28日~10月8日まで、東京・DDD青山クロスシアターにて上演。
編集部おすすめ