【人物コラム/田幸和歌子】松坂桃李が連続ドラマ2作品に同時に、それも金曜・土曜と連続で出演していることは、4月期ドラマで最も注目すべきことの一つだ。一つは、大御所脚本家・大石静が手掛ける”入れ替わりラブコメディー“『あのときキスしておけば』(テレビ朝日系/毎週金曜23時15分)。
【写真】『あのキス』ポンコツ男“桃地”松坂桃李&おじさんになった女性・井浦新 かわいい2ショット
近年松坂は、『娼年』『孤狼の血』(2018年公開)、『居眠り盤音』『新聞記者』『蜜蜂と遠来』(2019年公開)、『あの頃。』(2021年公開)に出演。さらに『いのちの停車場』(5月21日公開)、『孤狼の血 LEVEL2』(8月20日公開)などの公開作も控えるなど、活動の主軸を映画に移し、青春モノから硬派な社会派、体当たりのエロスまで、精力的に挑み、演技の幅を広げてきた。
また、『孤狼の血』『新聞記者』ではさまざまな映画賞を受賞するなど、映画界での評価を高めている一方、昨年12月には戸田恵梨香との結婚を報告するなど、公私ともに充実した時期だということもある。
しかし、注目したい最大の理由は、彼の主演ドラマ2作が、全く方向性の異なる意欲作であり、演じる役柄がこれまた方向性の異なる”ポンコツ“だということだ。
■『あのキス』で演じるのは漫画だけが趣味の32歳独身の“ポンコツ”男
入れ替わりモノは、前クールのTBS系『天国と地獄~サイコな2人~』を筆頭に近年の一つの流行になっているし、「大好きな彼女が中年のおじさんの中にいる」という設定は、阿部潤の原作コミックをドラマ化した、小澤征悦主演×塚地武雅出演の『パパがも一度恋をした』(2020年/東海テレビ・フジテレビ)とも重なる。
男性同士(入れ替わりの結果だが)のかわいいやりとりには『おっさんずラブ』シリーズ(テレビ朝日系)や『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(2020年/テレビ東京系)を思い出した視聴者もいたようだ。実際、「死んだ女性の魂がおじさんに乗り移る」という大枠は、本作のプロデューサーで『おっさんずラブ』も手掛けた貴島彩理プロデューサーのアイデアだそうだ(テレ朝POSTのインタビューで大石静が明かしている)。
つまり設定だけ観ると、『あのときキスしておけば』は、近年流行りの要素てんこ盛りに見えるが、単なる企画モノで終始しないのは、大石静という手練れによる脚本と、松坂ほか、井浦新、麻生久美子という演技派そろいのキャストゆえ。
そんな中、松坂が演じるのは、スーパーに勤務する、ポンコツで不運で、漫画を読むことだけが趣味の32歳独身男性・桃地のぞむ。あるとき、彼が仕事中にクレーマーに絡まれているときに助けてくれたのが、実は大好きな漫画『SEIKAの空』の作者“蟹釜ジョー”こと超セレブの唯月巴(麻生)だったことを知り、作品愛を熱弁するうち、気に入られ、家政夫的なことを高額アルバイトとして頼まれるように。
しかし、なんとなく良い感じになっていた矢先、誘われた沖縄旅行に同行すると、飛行機事故に巻き込まれ、巴は死亡…したはずが、自分が巴だと名乗る見知らぬおじさん(井浦新)に泣きつかれ、なんだかんだでついてきてしまったおじさんと同居生活をスタート。
ド派手で美しい麻生久美子を第1話ラストで死なせてしまう大石静のドS展開もさることながら、桃地の家に押しかけ、鼻水垂らしながら泣きじゃくる井浦新の愛おしさ、指先まで可憐な雰囲気は素晴らしい。
そして、巴に押し倒されてキスされそうになると、「僕、そんなつもりじゃ」と生真面目リアクションをとるくせに、容姿は美しい先生であっても、見知らぬおじさんであっても、結局のところ押し切られて受け入れていき、第2話ラストで早くも泣きじゃくる見知らぬおじさんの頭に優しく手を伸ばす柔軟性と優しさは、松坂桃李ならでは。
不器用で真面目で、乙女のように純粋で、押しに弱くて――そんな彼が美女とおっさん(魂は一緒)に振り回される姿が、非常に愛おしいのだ。■『ここぼく』では、エリートだけど無責任でテキトーな“ポンコツ”男を熱演
もう一作の『今ここにある危機とぼくの好感度について』は今クール、いや、ここ10年くらいを振り返ってみてもおそらく一番の問題作ではないかと思える作品である。
松坂が演じるのは名門「帝都大学」に中途採用された広報マン・真。前職はテレビ局のイケメンアナウンサーで、「好感度」だけを常に気にしては、「何か言っているようで、何も言っていない」をモットーとしていた。
そんな彼の如才なく中身も何もない処世術と知名度、マスコミ出身というキャリアに目をつけたのが、学生時代の恩師だった総長(松重豊)で、研究不正疑惑や、それを報じた学生新聞の抑え込み、学内シンポジウムへのテロ予告などなど、次々と降りかかる不祥事に対応を迫られるのだが…。
あくまでコメディタッチで、ゲラゲラ笑って観ながら、毎回寒気がしたり、胃が痛くなったり、頭痛に襲われたりする。なぜなら「いかにも何か言っていそうで、何も言っていない」真は、とある大臣にソックリだとSNSで話題になっていたり、「記事にならないように、意味のあることを言わない」会見は、現在日々行われている国会の風景そのものだからだ。
さまざまな不祥事や問題を隠蔽、あるいは「半目を開けた状態」でスルーしようとする大学理事会には、國村隼、岩松了、古館寛治、温水洋一など、見るからに曲者っぽい名バイプレイヤーたちが並ぶ。しかし、老獪(ろうかい)な魑魅魍魎たちが居並ぶ画ヅラは、現実世界で「今ここに起こりうる危機」を連想させるために、ともすれば不快感やグロテスクさにつながりかねないが、その重々しさを良い具合に明るく幼く呑気に軽くさせているのが、松坂桃李の存在だ。
だからこそ、タイトルの「好感度」は「私」でも「俺」でも「僕」ですらなく、発展途上の「ぼく」なのだ。それにしても、あれだけの重量感を、ペラペラに薄く明るい真が一人で引き受けている構図は、なかなかに面白い。■表裏・二つの異なる“ポンコツ”役を演じる松坂桃李の企み
興味深いのは、『あのときキスしておけば』で演じる桃地と、『今ここにある危機とぼくの好感度について』の真が、くしくも表裏の関係にあること。
前者は、他者への優しさや思いやりや「推し」の漫画への深い愛があり、物事の真実に気づく敏感さもおそらくありつつも、自分自身の外見や他者からの評価などには全く興味がない。後者は自分の好感度だけが関心事で、物事の核心には触れず、疑問も抱かず、真実は見ずにやり過ごしてきた。言ってみれば真ん中だけ、外側だけの関係性だが、作品が進むにつれ、互いの欠損を埋めるように成長していくはず。
偶然にも同クールで連日放送と書いてみたが、実はこれは松坂桃李の密かな企みではないか。
なにせ松坂は、俳優デビュー作で初主演作の『侍戦隊シンケンジャー』(テレビ朝日系)のときからすでに“殿の替え玉”としての苦悩や葛藤をにじませていたように、最初からどこか「陰」が似合う役者だった。さらに、近年は『弧狼の血』では正義感の強さゆえにルールに従いつつも葛藤するエリート刑事を、『新聞記者』では「国民に尽くす」という信念とは裏腹に不都合なニュースをコントロールする官僚を演じるなど、着実に経験値を積み重ね、評価を高めている。
しかし、そうした経験や技巧を重厚な役柄・表現ではなく、コメディタッチの二つの異なる“ポンコツ”役の苦悩や葛藤に転じてみたらどうなるか。結論から言うと、明るく軽い雰囲気の役者が演じるわけじゃないからこそ、絶妙なヌケ具合がクスリと笑える仕上がりになっている。これは「ポンコツ」役に込めた緻密な計算が見事にハマった結果ではないだろうか。
<田幸和歌子>
1973年生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌等で俳優などのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムをさまざまな媒体で執筆中。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)、『KinKiKids おわりなき道』『Hey!Say!JUMP 9つのトビラが開くとき』(ともにアールズ出版)など。