ドラマ『おいしい給食』をご存じだろうか。地上波キー局のドラマではなく、ローカルTV局を中心にした製作委員会方式で制作されているドラマで、放送枠は30分。

各地方局の都合もあって放送日もバラバラだ。オンエアを見ることができる地域も限定されるため、もし知らなかったとしても無理はないだろう。しかし、放送をたまたま目撃した視聴者が、「なにこのドラマ!」とハマるパターンが続出。2019年10月から放送されたシーズン1と劇場版を経て、この10月からはシーズン2が放送中だ。知名度のある地上波キー局のドラマでもなければ、潤沢な予算のあるドラマでもないのに、すでにシーズン2が放送されているのには理由がある。今回は『おいしい給食』にどハマりした筆者が、その魅力を全力でお伝えしたい。

【写真】市原隼人が給食愛ダダ洩れ先生を力演 ハマる人続出ドラマ『おいしい給食』フォトギャラリー

●ただのグルメドラマと思うなかれ

 『おいしい給食』は、間違いなくグルメドラマである。1980年代のとある中学校を舞台に、“給食”という懐かしグルメの魅力を毎回紹介し、当時学生だったオジサンやオバサンの視聴者があの頃に想いを馳せつつ、ノスタルジックな気分に浸る…。

 ほんわかしたタイトルからも、そんな生温かいドラマを連想してしまうが、一度見れば、それが大きな間違いだと気づかされる。

 このドラマが秀逸なのは、『孤独のグルメ』よろしく、メニューをナレーションとともに紹介する「グルメドラマ」としての醍醐味は入れつつも、そこに主人公の先生と生徒による“バトルコメディ”という味付けを加えたところだ。そして、その上で“学園モノ”としてもしっかりと機能させている。

 これらの要素を“30分1話完結モノ”として毎話テンポよくこなし、見終わった視聴者に「軽いノリで見れるドラマだよね」と思わせると同時に、何度も見たくなる中毒性も併せ持つ。
これは決して簡単なことではなく、役者の演技力はもちろん、緻密な構成と脚本があってはじめて完成するドラマなのだ。

●主人公・甘利田幸男と宿敵・神野ゴウとの仁義なき戦い

 本作の主人公は、市原隼人演じる中学校教師の甘利田幸男(あまりだゆきお)。一見硬派で厳しい先生だが、給食を何より楽しみにしており、午前中はその日の給食のメニューのことで頭がいっぱい。それを決して他人に悟られてはいけないと冷静を装っているが、言動から愛がダダ洩れてしまっている。それゆえに、彼にとって給食はただの食事ではなく戦いである。彼の戦法は、“与えられたメニューの中で心から楽しむ”というもの。たとえ“揚げ物と牛乳”という大人になってみると不可解極まりない食い合わせも、母親の作るごはんがまずい甘利田にとってはごちそう。出されたメニューの中で最高の手順を模索しながら、なんともおいしそうに平らげていく。

 そんな甘利田にとって給食が自分との戦いだけではなくなり、本作を”グルメバトルコメディ”たらしめる存在、それが佐藤大志演じる物静かな少年“神野ゴウ”だ。彼もまた給食を心から愛し、学校生活のすべてを注ぎ込む。彼の戦法は、“いかにしておいしく食べるか”ということ。子どもならではの自由な発想を武器に、給食という戦いに挑み続けている男だ。


 そんな2人の仁義なき戦いのポイントは決して他人を巻き込まないこと。あくまで自分たちの世界の中だけでバトルを繰り広げ、その中で給食というメニューの魅力、そして担任と生徒という枠を超えた関係が描かれていく。●『おいしい給食』の素晴らしき様式美

 グルメドラマ『おいしい給食』におけるクライマックスは、当然給食を食べるシーンになる。しかし、そこまでに打たれる布石もまたこのドラマの醍醐味。冒頭からその日の給食に関係する学園シーンが描かれ、10分が経過する頃に軽快なリズムのアコーディオンの音色が響き、生徒たちが給食を運んでくる。食事の前にみんなでパンチの利いた校歌を歌い(このシーンの甘利田先生が毎回最高)、「いただきます」の号令とともにお待ちかねの食事シーンへ。ここまでの展開はほぼパターン化された『おいしい給食』の様式美であり、その変化が笑いやドラマを生む要素となっているのが面白い。

 そして肝心のバトル要素だが、このドラマでは2人が給食中に火花を散らすバトルを展開したりはしない。グルメドラマの醍醐味は、あくまでおいしそうなメニューの紹介。「いただきます」の後、至高の時間を満喫する甘利田先生の様子がグルメ紹介として展開され、給食愛に溢れた甘利田自身の心の声がナレーションとして挿入されつつ、時には豪快に、時には繊細に、おいしそうに平らげていく様子が描かれる。そして満足げに“戦い”を終えた甘利田が一息ついたところで、「ん?」と神野ゴウに目を向けると、今度は神野が自身の戦いを甘利田の前で披露。その奇想天外なアレンジの食べっぷりを見て、甘利田が驚愕するというのがお決まりだ。


●全話がまさに神回

 『おいしい給食』のすごさは、全話が神回と言っても過言ではない面白さを持っているところ。ファンは、これが決して大げさな表現ではないことをご存じのはずだ。甘利田とゴウの戦いも、単に「王道を味わう甘利田」VS「アレンジレシピの神野」という図式だけではなく、バラエティに富む。

 例えばシーズン1第4話の「八宝菜に欠かせないもの」では、前半の授業のシーンで太宰治の「走れメロス」、そして給食のおばさんの体調不良を取り上げる。その後の給食シーンで、甘利田はメインおかずの八宝菜に何か違和感を覚えるが、いつも通りおいしく平らげてしまう。そしてふと神野を見ると、まだ給食に手も付けていなかった。「嫌いな野菜があったに違いない」と今日の勝利を確信する甘利田だったが、その時…。

 実はここまでで、オチへのヒントがちりばめられている。何が起こるのかはぜひ本編を観て確かめてほしいのだが、毎回ドラマ前半で描かれる何気ない出来事が、給食のシーンで点から線につながるのが快感。ほかにも美術の時間にゴウが描いた不思議な絵の謎と「酢豚」がつながる第5話、みんな大好き「ヤキソバ」をなぜか生徒たちが食べない第9話など、ちょっとした謎解きをはらんだ展開が肩肘張らずに楽しめるのも魅力だ。

 見どころは給食シーンだけにとどまらない。CMを除いて約24分という短さの中では、ふつうの学園ドラマのように、さすがに生徒ひとりひとりの問題に焦点を当てるような描き方はできない。
しかしながら、要所で描かれるわずかだが秀逸な学園ドラマ要素を毎話積み重ねることで、『おいしい給食』は グルメバトルコメディであると同時に、“学園ドラマ”だと言いきれるクオリティに仕上がっていることも見逃せないだろう。●市原隼人という俳優の凄み

 この『おいしい給食』が巧みなグルメとバトルの要素を併せ持ち、さらに傑作コメディとして成り立っている最大の要因は、主演の市原隼人の魅力にほかならない。

 甘利田という役は、表向きは冷徹な先生の顔をしつつ、給食の時間になるとハッピー全開という振り幅の大きい難役。給食にしか興味がないダメな教師のように思えるかもしれないが、ドラマを見れば教育者として押さえるところはキッチリ押さえている説得力が備わっている。グルメドラマに欠かせないナレーションも市原本人が担当し、「なんだとぉおおお!」というような大げさな声の演技に対し、動く演技もそれに合わせて全身を使ったキレのいいリアクション芸を披露。

 この役を、ストイックで実直な印象がある市原が演じるからこそ、ギャップが笑いを生み、一層コメディとしての質を上げているということは、このドラマを見た誰もが疑わないはずだ。本人も「この作品への思いはとても強く、ほかの作品とははっきり違う」と公言するように、本作が新しい代表作になることは間違いない。

 『ROOKIES』の安仁屋役で一躍スターとなったことで、長らく熱血キャラというイメージを世間に持たれていた市原だが、近年はぶっ飛び系ドラマ『殴り愛、炎』のおもしろ二枚目役から、映画『ヤクザと家族 The Family』のヤクザの舎弟役まで、幅広い演技を披露している。役者としてのキャリアはすでに20年を数えるが、まだ34歳。この第一線で積み上げてきた経験こそが、市原を同世代の役者とは一線を画す存在へと押し上げたのかもしれない。

●今からでも間に合う! シーズン2

 伝えたいことはまだまだある。甘利田とゴウだけでなく、シーズン1のヒロインで武田玲奈演じるひとみ先生はもちろんのこと、給食狂いの2人を優しく見守る給食のおばちゃんなど、魅力あるキャラクターたちを掘り下げたいが、とてもじゃないがここでは書ききれない。
シーズン1最終話にちょっと出てくる近隣の学校の先生でさえ魅力的なのだから。

 ドラマ『おいしい給食』は、ファンの大きな支持を受けて現在シーズン2が放送中だ。相変わらず甘利田先生は給食愛全開、成長し声変わりもしたゴウと再び給食バトルを繰り広げ、下校時には駄菓子屋に寄るというさらなるおいしい要素も追加された。

 「シーズン1から見なきゃいけないのか」と思ったあなたも大丈夫。筆者もシーズン1の第4話「八宝菜」から見てハマり、気づけばシーズン1を3周して校歌の歌詞を暗記していたぐらいで、途中からの参加でも全く問題はない。

 日本を揺るがす大事件を描いたドラマでもなければ、社会問題を掲げた作品でもない。ただひたすら楽しいドラマ『おいしい給食』。筆者の周りでおすすめした人たちは、全員が見事「給食ファン」になっている。劇場版第2弾の公開も2022年に控えるこの時期に、ぜひあなたも『おいしい給食』を堪能してほしい。気が付いたら、給食前の校歌を口ずさんでいるかもしれない。(文・稲生稔)

 ドラマ『おいしい給食 season2』は、テレビ神奈川、TOKYO MX、BS12トゥエルビほかにて放送。
 見逃し配信は、各サービスにて毎週金曜12時~最新話配信。

 GYAO!では前シーズンドラマ『おいしい給食』一挙無料配信中。

編集部おすすめ