『麒麟がくる』まるで宇多田ヒカルの歌詞のような結末──歴史エ...の画像はこちら >>

──歴史エッセイスト・堀江宏樹氏が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していくこの連載。番外編として今回は、2月7日に最終回を迎えた『麒麟がくる』の総括を、堀江氏にお願いしてみた。

──2020年度の大河『麒麟がくる』が、年をまたいで、ようやく完結しましたね。堀江さんは最終回、どうご覧になりましたか?

堀江宏樹(以下、堀江) 明智光秀が育んでしまった織田信長という怪物。その怪物・信長が思わぬ方向に独りきするようになってしまった。育ての親として後始末を付けねばならなくなり、苦悶する明智の姿に、宇多田ヒカルの「Be My Last」の歌詞が浮かんで仕方ありませんでした。「母さんどうして/育てたものまで/自分で壊さなきゃならない日がくるの」という。全体的に、なんだかんだ『エヴァンゲリオン』っぽかったかもしれません。

──そういえばタイトル映像も、思えば漢字に主張がありすぎましたね(笑) 。

堀江 世の中をひっくり返した「本能寺の変」を、エヴァに出てくる“○○インパクト”的に描きたかったのかな、と。制作陣にエヴァ好きがいるのかもと邪推してしまいました。パターン青です(笑)。

──エヴァつながりでいうと、最終回を見て『シン・ゴジラ』を連想した視聴者もいたようです。『シン・ゴジラ』は長谷川博己さんの代表作でもありますから、制作サイドが“庵野監督なるもの”に影響を受けている可能性はありそうですね。

また、歴代の大河ドラマに比べ、信長の応戦シーンが丁寧に描かれていたとも感じました。謀反に気づいて飛び起きた信長が、その謀反を起こした相手を知らされると笑顔で「明智かー!」と叫ぶシーンは印象的でした。

堀江 『信長公記』や、宣教師ルイス・フロイスによる証言をマジメに参考にしているのはわかりましたよ。信長が武器を使った順序は、ドラマ・オリジナルだったようですが。史実では弓、槍の順番で武器を取り替えたそうです。そして、長い時間、信長が応戦したこともわかっています。

──『麒麟~』の信長は鉄砲で撃たれまくっていましたが、あれも史実にあるものなのでしょうか?

堀江 フロイスの証言によると、「もはやこれまで」と信長が死を覚悟するのは、ヒジに鉄砲キズを負ってからだそうです。ただ、あそこまで鉄砲で撃たれていたかはわかりません。少なくとも「大河ドラマ」であそこまで狙撃された信長を見たのは、本当に初めてかもしれませんねぇ(笑)。

──ヨロヨロと、やっと歩ける程度でしたからね。それゆえか、今回は最後に信長が歌って踊るシーンはなかったですね。

堀江 恒例の「信長ワンマンショー」なかったですね。

「人間五十年~♪」のシーン、実は同時代の記録にもないのですが、なければないで寂しいですね。今回は最後が意外にあっさりしていました。自害シーンも「描写なし」だったので、あっけなく感じたかもしれませんが、あれもおおむね『信長公記』の記述通りですね。

──「大河ドラマ」では、どういうふうに信長が自害するかが、一種の見どころになっていたりしますもんね。

堀江 みんなそれを期待しているフシもあります(笑)。少々気になったのは、やはり信長の遺体が燃え尽きていた点です。

 この連載で以前に指摘した通り、木造の建物が倒壊、燃え上がったところで、数時間ほどの燃焼時間で人体を「髪の毛一本残らぬほど」焼き尽くすことは不可能です(参照記事)。

 遺体を敵の手に渡したくない! というのは、古今東西、敗北した独裁者に共通する最後の願いのようですが、たとえばあのヒトラーも、同じようなことを遺言しました。ところが、ピストル自殺したヒトラーの遺体にガソリンをジャブジャブかけて、時間をかけて燃やそうとしたのですが、ぜんぜん炭になってくれず、その一部は“戦利品”として旧ソ連の手に渡っていったのですね。

 だから、信長の遺体が完全になくなっていたというのは、それ自体、謎であり、だからこそ「信長生存説」がささやかれたりもするわけなんです。

『麒麟がくる』まるで宇多田ヒカルの歌詞のような結末──歴史エッセイストが今期大河を大総括!
天海像(木村了琢画・賛、輪王寺蔵)

──生存説といえば、今回は明智が生き延びたという解釈でいいのでしょうか?

堀江 番組のプロデューサーは「視聴者の皆様方のご想像にお任せします」として明言を避けていましたが、明らかにそうでしょう(笑)。前回の当連載でも、明智生存説を取り上げましたが、有力候補とされる「明智=天海僧正」説がドラマで採用されたんですね。

天海には、まるで戦国武将のような本格的な鎧を所有していたという逸話もあります。その兜の部分のモチーフは、なんと「麒麟」……。

──僧侶なのに鎧というのは驚きです。

堀江 でも、この連載コラムで予測していた通りの、明智生存説に基づく展開を見ていたら、予測が「当たった!」とという喜びよりむしろ、「NHK、やらかしてんなー」とテレビを見ながら苦笑してしまいました。

──しかも出家した僧ではなく、最後は馬にまたがった武士の姿のままでしたね。

堀江 映像として、頭を丸めた明智が托鉢して回ってる姿だと、面白くないからでしょうかねぇ。それに秀吉は、ものすごくしつこい御仁ですからね。ドラマのように武士の格好で明智が生き延びられるほど、残党狩りの現実は甘くはないよ……ということだけは言っておきます。ドラマのあのシーンまでの裏設定として、一時期は僧になっていて、追及がやんだあたりで、還俗していたということかもしれませんね。もはや武士という身分や仕事にとらわれることなく、自由に生きられているイメージ。

──これまでのコラム連載の中で、「徳川家康=麒麟」そして菊丸がいわゆる“神君伊賀越え”で、服部半蔵的存在となって、家康逃亡を手助けするのでは……と堀江さんはおっしゃってましたよね(参照記事)。あれらも、当たらずとも遠からず、ということになりました。

堀江 この先、「○○の戦い」が大きなヤマ場となるはずです! という、まっとうな予測は全部外れましたけどね(笑)。今回ほど、戦のシーンにものすごく淡白な戦国大河は異例だといってよいでしょう。

──最終回も『「山崎の戦い」描かないんだ !?』と驚いている視聴者がいたようですしね。そもそも明智光秀は、「大河ドラマ」というフィルターを通して“主人公”に成り得たのでしょうか?

堀江 明智が映っているシーンは多かったけど、ドラマの軸として全体を突き動かすシーンは少なかった。個人的な感想を述べるとしたら、もっと「やらかして」ほしかったです。史実では死んだはずの明智が、馬に乗って笑顔で駆け抜けていくラストとか、そういう「やらかし」とは別の何かを、主人公としての明智光秀に期待してしまっていました。

『麒麟がくる』まるで宇多田ヒカルの歌詞のような結末──歴史エッセイストが今期大河を大総括!
「本能寺焼討之図」(明治時代、楊斎延一画)

──私も最初に「明智光秀が主役の大河」と聞いた時、“光秀と信長の濃厚な男のドラマ”つまりブロマンス的なものを期待してしまったんですよね……。最終回になって信長が「2人で茶でも飲んで暮らさないか」なんてプロポーズのようなセリフを光秀にささやいていましたが(笑)、そこに至るまでの2人の関係性の描き方は、少々物足りない感じもしました。

堀江 信長へのもっと濃い愛、そしてそれゆえの憎しみという要素を出せば、もっと盛り上がったと思いますね。『シン・ゴジラ』でも長谷川博己さんは主演を務め、自分の感情をなるだけ抑え、粛々と仕事をこなしていく姿を演じたことで俳優としての新境地を切り開かれました。独特の色気もあったので、それへのオマージュだったといえるかもしれませんが。

──光秀と信長の出会いから2人の関係性が濃くなっていくのをずっと期待していたんですが、薄味のまま進んでしまった感が否めません。

堀江 確かに今回の明智は、信長にそこまでの思い入れもなく見えて、僕も物足りませんでした。「信長=ゴジラ」で、感情の安易な投影などできない“未知の対象”ということだったのかも(笑)。

 それでも2人にしかわからない“絆”が、彼らにはあったのだとは思いますが、それが最終回で一気に爆発したのは、少なからず意外でした。

「明智が謀反したかー!」と叫んで、なぜか笑顔でうれしそうな信長の姿には、グッとくるものがありましたが……。「愛」とかわかりやすい言葉には還元できない特殊な“絆”が、2人にはあるのでしょうかねぇ。

──創作物ではブラック企業に例えられがちの織田家ですが、史実ではそこまででもないんですよね?(参照記事

堀江 そうなんですけど、やっぱり信長は明智にDVしてこそナンボみたいですね。明智が殴られるほどに『麒麟~』の視聴率もV字回復したという記事、サイゾーでしたっけ、読みました(笑)。

 そのDVの背景を、もう少し濃い味付けで描いてもらえれば、もっともっと盛り上がったのかな、と。というか普通は盛り上がるであろう合戦シーンや、主従愛といった要素ほどスルー気味という不思議なチカラ加減が貫かれた戦国大河でしたねぇ。

──近年の戦国大河では、『真田丸』(2016)『おんな城主 直虎』(2017)なんかが特にオタク受けしていたイメージがあります。しかし、今回は、オタク層には刺さっていなかった感が強いです。

堀江 もったいないですよね~。一部の歴女が愛してやまない日本史屈指の“カップル”が明智と信長なのに。たぶん、今、彼の人生で一番美しい時期にいるであろう長谷川博己さんと、信長役でビジュアルをガラッとワイルドな方面に切り替えた染谷将太さんのお2人を起用しておきながら……。

 余談ですが、ブロマンスを描いたドラマや、直球のBLドラマが、日本でもはやりつつありますよね。あのジャンルの脚本でも輝ける作家さんにお頼みして、石田三成目線で秀吉を描いたりすると「大河ドラマ」も一皮むけることができるかもしれませんね(笑)。

──それでいうと、2023年の『どうする家康』(主演:松本潤)は脚本家が『相棒』シリーズや『探偵はBARにいる』シリーズなど、男性バディものに定評のある古沢良太さんなので、期待できるかもしれませんね。

堀江 あれこれ言いましたが、本作にかかわった皆さんには、1年以上もの間、本当にありがとうございました──とお礼申し上げたい気持ちでいっぱいです。そして『麒麟~』の話題は尽きませんが、次の作品『青天を衝け』にも期待したいと思います!