第59回ギャラクシー賞(放送批評懇談会主催)の贈賞式が6月1日、都内で行われた。

 バラエティ番組では『ヤギと大悟』(テレビ東京系)『笑いの総合格闘技!千原ジュニアの座王 新春SP』(関西テレビ)がテレビ部門の選奨として入賞。

奨励賞のテレビ部門では、『あちこちオードリー』(テレビ東京系)『かまいたちの知らんけど 特別編』(毎日放送)『水曜日のダウンタウン』(TBS系)などと並んで、『有吉クイズ』(テレビ朝日系)も受賞している。

 『有吉クイズ』は2021年10月11日に放送された、有吉弘行が漫画家の蛭子能収に会いに行く企画が10月度のギャラクシー賞月間賞に輝き、「切り口が独特のクイズバラエティーとして番組自体も面白いが、特に有吉弘行が蛭子能収に会いに行く企画が素晴らしかった。認知症であると診断され、バラエティー番組への出演が見られなくなっていた蛭子との共演を望んだ有吉が再会を心から喜び、2人が会話を楽しんでいる場面に、バラエティー番組のこれからの可能性の一端を感じた」と絶賛されていたが、こうした内容が2021年度全体の中でも輝いていたのだろう。

 この「有吉と蛭子さん」企画の第二弾は今年4月に放送されている。改めてその内容を振り返り、『有吉クイズ』の魅力の一端に触れてみたい。

(※本記事は、2022年4月20日掲載の記事を一部編集したものです。

「認知症になったらテレビ出ちゃいけないのか」

ギャラクシー賞『有吉クイズ』有吉弘行と蛭子能収の心の交歓の「...の画像はこちら >>
『有吉クイズ』(テレビ朝日系)公式Twitter(@AriyoshiQuiz)より

 4月12日放送『有吉クイズ』(テレビ朝日系)にて、「有吉と蛭子さん2022春」と銘打たれた企画が行われた。

 なぜ、あのときのロケがこんなに話題になったかというと、病気が明らかになって以来、各局がいっせいに蛭子を起用しなくなったからだ。2020年7月放送『主治医が見つかる診療所』(テレビ東京系)で、蛭子は軽度の認知症と診断された。

 2020年7月12日放送『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』(JFN系)で、有吉がこの件について言及している。

「でも、仕事はしたいとおっしゃってたけどね。やっぱりいろいろ文句言う人もいるんだろうけど、ご本人が良ければ復帰して頑張って元気にやってほしいなと思うし。じゃあ、アルツハイマーになったらテレビ出ちゃいけないのか、お仕事しちゃいけないのか、何にもできないのかっていうことになるもんね」

 有吉と蛭子といえば、2008~10年に放送されていた『アリケン』(テレビ東京系)の人気企画「アリケンしゃべり場」における口論も伝説。

「蛭子さんなんて人間が価値あります!?」と悪態をつく有吉に対し、著作『芸能界 蛭子目線』(竹書房)で、蛭子は「いつもの有吉さんと違う。有吉さんが悪キャラになってる」と思っていたこと明かした。2人の関係は、実は古くて長い。

蛭子に「熱湯コマーシャル」の振りを仕掛けた有吉

 昨年の『有吉クイズ』にて、蛭子は「自然の花とかを見ていると楽しいです」と言っていた。だから、今回の待ち合わせ場所は東京・八芳園の庭園に。半年ぶりの再会である。正直、不安もある。

かなり症状が進行していたら……という心配がなくはないからだ。

有吉 「蛭子さん、こんにちは」
蛭子 「あ、こんにちは。はじ、どうも、すいませんこちらこそ」

 変わってなくてホッとした。いつもの蛭子さんだ。すごく老けていたら、局も次からのオファーに躊躇するだろうし、見ている側もつらくなる。でも、蛭子は見た目からツヤツヤしていた。

少し「はじめまして」と言いそうになっていたけれど、人の良さがフライングしただけだと思いたい。

 何よりホッとしたのは、有吉のことを覚えていたことだ。昨年10月放送『大竹まことのゴールデンラジオ』(文化放送)にゲスト出演した際、大竹を見た蛭子の反応は「ウソでしょ? (大竹とは)ちょっと違うような気がする」というものだった。だから、ちょっとだけ覚悟していた。テレビやラジオに出ることが、彼にとって一番の進行予防になるはずだ。

スタッフ 「蛭子さん、本当に花とかはお好きですか?」
蛭子   「本当ですよ。

花とか、何でも好きです(笑)」
有吉   「本当でしょうね?(笑) 適当なこと言ってるんじゃないかと思って」

 というわけで、庭園を散歩する2人。池に架かる石橋を渡る際、有吉が声をかけた。

有吉 「落ちないでくださいよ? 気を付けて。池には絶対に落ちないでくださいよ? 絶対に池には落ちないでくださいよ?」
蛭子 「押したらダメですよ!(笑)」

 熱湯じゃないんだから。有吉のフリに蛭子がちゃんと反応できている。かつて、蛭子は99年まで放送されていたバラエティ番組『スーパージョッキー』(日本テレビ系)のレギュラーだった。

動画サイトを探せば、熱湯をかけられて激昂する蛭子の姿を今も見ることができる。

 そして、気を遣わない有吉の接し方がいい。認知症だからといって区別しない、いい距離感だ。『有吉くんの正直さんぽ』(フジテレビ系)ではいつも先頭を歩く有吉が、この日は後ろから蛭子をサポートしている。相手が聞き取りやすいよう、いつもより大きめの声でハキハキ喋っている。さりげないところから、彼の優しさも見える。

 池で泳ぐ鯉を見ながら、2人の会話は弾んだ。

蛭子 「ここ、スゴいな、鯉」
有吉 「でも蛭子さん、魚は嫌いなんですよね、食べるのは」
蛭子 「食べるの、魚は苦手なんですよ」
有吉 「魚はなんで嫌いなんでしたっけ?」
蛭子 「魚はまず骨があるということと、それから食べても驚くほどの味じゃない」
有吉 「そんなことないですよ!(笑)」

 このあたりの辛辣さは、昔と全然変わっていないようだ。そして、身体的にも変わっていない。石段を登る蛭子の足取りがしっかりしているのだ。

有吉 「あ、全然、足腰もしっかりされてて」
蛭子 「そうなんですよ。歳はとってるけど、意外と歩けるんですよね」

 『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』(テレビ東京系)で長距離を歩き、鍛えられた成果だろうか。普段から蛭子はよく歩くそうだ。

蛭子 「公園があるじゃないですか。しょっちゅう歩いて行ってたんですよ。それで、子どもたちが遊んでる様子を見るのが好きだった。子どもたちが1人か2人コケたりすると、面白いです」

 人の不幸が琴線に触れる、蛭子のクズっぷりは健在。やっぱり全然変わってない。

 さて、八芳園といえば有名なのは盆栽である。

蛭子 「盆栽? 盆栽って、ボンクラがやるような(笑)」
有吉 「やりませんよ、立派な人がやるんですよ。全然、興味ないじゃないですか(笑)。感じませんか、何か? だって、こんな小さなお盆の中に命があるっていう」
蛭子 「可哀想ですね」

 普通に悪口だし、盆栽を見て「可哀想」と感じる発想が蛭子節だ。日本庭園に来て、盆栽が心底どうでも良さそうな蛭子。根本は何も変わってなくて、安心した。

有吉 「植物育てたり、動物育てたりとかはないんですか?」
蛭子 「俺はそれはないですね。なんでか知らないけど、山と海はあんまり好きじゃないです」
有吉 「やっぱり、都会がいいんですか?」
蛭子 「都会がいい。一番、都会がいい。都会でご飯を食って帰るのがすごくいいです」
有吉 「今日、自然が見たいって言うからここ来たんですよ!?」
蛭子 「そんなこと言ったっけなあ……(笑)」
有吉 「言いましたよ! 都合のいいときだけ忘れたふりして(笑)」

 「症状のせいで忘れた?」とも思ったが、認知症以前から蛭子は「孫の名前を覚えていない」と堂々と口にする人だった。この物覚えの悪さも、彼の通常運転である。

有吉 「好きな花、ひとつくらいないんですか?」
蛭子 「チューリップみたいなはっきりわかるのが好きです」
有吉 「チューリップ。バラは好きですか? 嫌い?」
蛭子 「嫌いじゃないですよ。なんとも思ってないだけです(笑)」
有吉 「ハッハッハ! だから、花に興味ないんですよね?」
蛭子 「興味ないな(笑)」

 冒頭で「花は好き」と言っていたのに、前言撤回してあっさり自白する蛭子。『バス旅』では旅館より圧倒的にビジネスホテルでの宿泊を好んでいたし、自然より人工的なものを好むのがこの人だった。人も嗜好も昔からまったく変わっていない。

蛭子の絵を見て爆笑する有吉

 庭の縁側で2人はお茶を飲むことに。日に当たって休憩を取るのだ。

有吉 「俺、蛭子さんぐらいの歳になると、落ち着いてみんなに尊敬されるようなおじいさんになれるかなと思ったけど、無理でしょうね。子どものまんまでしょうね」
蛭子 「でも、そっちはわかりません。俺はそうなるかもわかりませんけど」
有吉 「蛭子さん、尊敬はできないけど、気軽に付き合えていいなとは思います」
蛭子 「ああ、そうそう。気軽なおじさんがいいね。それが一番いいなあと思います、本当に。気軽なおじさん、それが一番だよ」
有吉 「一番気軽な70代ですね、僕の中で」
蛭子 「そのほうが本当いいと思いますよ」

 前回のロケ以上に有吉が蛭子に気を遣っていないように見える。「尊敬できない」と言ったり、池に落とす振りをしたり、こんなにぞんざいに接することができる70代は、確かに他にいないだろう。

有吉 「蛭子さん認知症になっちゃったけど、でも全然、なんか僕、普通、いつも」
蛭子 「俺も全然なったっていう感じしませんね。たぶん、なってないと思う」
有吉 「ハッハッハ! そうだね、本人はそうですよね(笑)。僕らもまったく、そんな感じは」

 もともと、蛭子のキャラクターはこんな感じだったし、言葉が出ずに詰まることなんて70代ならよくある。意識もしっかりしているし、認知症っぽくは感じない。

有吉 「前回、僕、結婚したばっかりで蛭子さんに夫婦の似顔絵描いてもらったんですよ。(前回の似顔絵は)似てないし、下書きも消してないし(笑)。でも、嬉しくて、額のお店に行っていい額に入れて今、家に飾ってます」
蛭子 「あ、本当ですか? ああ、良かった」

 絵を贈ったことを蛭子が覚えているかは、わからない。「覚えてますか?」とは確認せずに、有吉は蛭子に提案した。

有吉 「僕、また蛭子さんの絵を見たいし、僕も下手なんですけど絵を描くのが好きだから、お互い似顔絵でも描きませんか? たまにはペン持ってくださいよ。嫌じゃなければ」

 「嫌じゃなければ」「たまにはペン持ってください」という背中の押し方で、蛭子に絵と向き合ってもらおうとする有吉。蛭子の返答は「いいですよ」だった。

蛭子 「ただ、似てない……」
有吉 「似てないのは知ってます(笑)」

 気軽に描けるよう、ハードルを下げる有吉。年上と絡むときのほうが、有吉は“らしさ”が全開となる。

 2人は真剣な表情でペンを握り、画用紙に絵を描き込んでいった。2月28日放送の同番組にて有吉は漫画家・甘詰留太の元を訪れ、漫画の描き方を指導してもらっている。もしかして、このロケのための修業だった? 一方の蛭子を見ると、筆の持ち方はまだそれっぽい。ガロで名を馳せた頃、素性が知られる以前の蛭子には「シュールで突飛な発想をする、狂気の天才肌」というイメージがあった。

 最初に絵を公開したのは有吉のほうである。これが思った以上にうまいのだ。というか、うまくなっている。芸人として売れない頃、漫画家を目指したこともある有吉。漫画家への敬意を少なからず抱いているのだろうか?

 続いては、蛭子が絵を公開する番だ。彼が描いた有吉の似顔絵は、うまくなかった。半年前は蛭子独特のタッチがまだ残っていたが、それも完全になくなっていた。絵を描くために必要なのは観察力、認知機能だ。散歩中は「前回よりも調子は良さそう」と思っていたけれど、絵を見た瞬間に胸が締め付けられた。

有吉 「めちゃめちゃ可愛い、ハハハハ! 作風変わりましたね。なんか、今っぽいっすよ。昔より細かいです。丁寧になってます。まったく似てないですけど。ハッハッハッハ!」

 もし自分があの場にいたら、どう反応していただろうか? 絶句して、言葉を返せなかったかもしれない。有吉は本当にうまくイジっていた。蛭子の絵からいいポイントをちゃんと気付けていたところも、素敵だった。

 「有吉と蛭子さん2022春」は、これにて終了。別れの間際に交わすのは、次回の約束だ。

有吉 「今は3月ですけど、次はどうですか? 夏は暑いですけど、1回またお会いできたらいいなと。ギャラ払いますんで」
蛭子 「(満面の笑み)」
有吉 「笑いが止まんないじゃないですか、本当に(笑)」
蛭子 「ありがたい、本当にそれはもう」

 ギャラと聞き、ニマニマ顔で喜ぶ蛭子。まだまだお金は大好きである。そんな蛭子に、夏という短いスパンで目的を与えてあげる有吉。次の約束、未来の予定があるとお年寄りは嬉しいらしい。「だから、元気でいてくださいね」というメッセージを込めていたのかもしれない。

有吉 「なんかないですか? (次のロケで)やってみたいとか、食べてみたいとか」
蛭子 「あの、うるさいようなところが好きです」
有吉 「そうですか! やっぱり、街がいいんですね。新宿、渋谷、六本木?」
蛭子 「やっぱり、渋谷かなあ」
有吉 「ハッハッハ! じゃあ、渋谷辺りで、夏に」
蛭子 「ありがとう、本当に」

 有吉は蛭子が現場で仕事できるようにさせてあげたがっている。「本人が仕事をしたいのなら、元気でやってほしい」と有吉は言っていた。この日、蛭子の口から有吉に「有吉君」と呼びかけることは一度もなかった。テレビに出なくなったら、病気は進行しかねない。だから、シーズン毎に会う。次の渋谷編は今までとは違った内容になりそうなので期待大だ。

 「女性自身」2020年8月18日・25日合併号(光文社)のインタビューで、蛭子は有吉について言及している。

「有吉さんは、テレビの世界での昔からの仲間。オレが認知症になる前からオレを取り上げて、無料で宣伝してくれます。きっとオレのことが好きなんでしょうね。本当は会ってお礼をしたほうがいいでしょうけど、オレは話すのが苦手だから。有吉さんが勝手に話してくれて、オレは黙ってるだけでいいんなら別に会ってもいいですけど……、やっぱり、『また会いたいな』ということにしてください」

 ロケの最中、事あるごとに蛭子は「ありがとう」と口にしていた。

 VTRが終わり、スタジオの出演者たちからは「心が洗われました」「2本目のギャラクシー賞、あるんじゃないですか?」というコメントが続出した。そういう番組として大団円を迎えてもいい流れだ。

「蛭子さんの笑顔を引き出す俺の人柄もいじゃない?」
「普段は結構キツいこと言ってんだけど、ああいうのを見るといい人だなって思うだろ?」

 自分から言うことでその流れを潰し、プラマイゼロに戻す有吉の“らしさ”が好きだ。

 「有吉と蛭子さん」のロケは、あとどれくらい見られるだろうか? 次回も「都会が好き」と蛭子は言うだろうか? 回を重ねる毎に認知症は進み、いつか有吉のことがわからなくなるかもしれない。でも、本人と家族が出たいと言うのなら、そのときまで有吉は企画を続けようとしている気がする。