タイムループする5分間を描いた青春ファンタジー『神回』

 安藤サクラが体を張ってボクシングに挑戦した『百円の恋』(14)、池松壮亮門脇麦が地下風俗で出逢う『愛の渦』(14)、兄弟間の近親憎悪を描いた窪田正孝主演の『犬猿』(18)……。東映の子会社である東映ビデオは、メジャーな配給会社が手を出さないひと癖もふた癖もある作品をこれまで手掛けてきた。

その東映ビデオが、新人監督たちのオリジナル企画の映画をこの夏に2本続けて劇場公開する。

 タイムループという人気ジャンルに挑んだ『神回』(7月21日公開)と、農業高校に通う女子高生を主人公にした『17歳は止まらない』(8月4日公開)がその2本。東映ビデオが新しい才能を発掘することを目的に2021年に始めた「TOEI VIDEO NEW CINEMA FACTORY」の公募に309本の企画が寄せられ、そこから厳正な審査によって選ばれた第1回製作作品だ。

 “青春映画”をテーマに、制作費は1500万円、撮影日数は10日間という条件で映画制作に挑んだ『神回』の中村貴一朗監督、『17歳は止まらない』の北村美幸監督は、どちらも今回が初めての劇場公開作となる。だが両監督はすでに社会経験をしっかりと積んでおり、その作風は一時期流行したキラキラ系映画とはずいぶんテイストが異なる。

 屈折した青春映画が好きな人におススメしたいのが『神回』だ。

同じ時間が繰り返される「タイムループ」という形式を使い、ままならない学生時代を過ごす主人公の葛藤を描いている。

 高校生の沖芝 樹(青木柚)は文化祭の実行委員になったため、夏休みも打ち合わせのために登校する。同じクラスの実行委員・加藤恵那(坂ノ上茜)と午後1時に教室で待ち合わせしていた。机の上で居眠りしていた樹は、恵那に起こされて目覚める。だが、2人っきりの打ち合わせは、5分間を過ぎると午後1時になぜか戻ってしまう。

 異変に気づいた樹はこの状況から抜け出そうと、校舎から飛び出したり、手掛かりを求めて生徒会室を訪ねたりするが、わずか5分間では謎の解決には至らない。

何度も失敗を繰り返すうちに、樹は自暴自棄に陥ってしまう。恵那を巻き込む形で、樹は暴走を始める。

高校時代の鮮明な記憶をモチーフにした『神回』

東映ビデオが放つ非キラキラ系青春映画『神回』『17歳は止まらない』
東映ビデオが放つ非キラキラ系青春映画『神回』『17歳は止まらない』の画像2
樹(青木柚)は繰り返される5分間から抜け出そうとするが……

 大林宣彦監督の『時をかける少女』(83)、押井守監督の『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(84)など、青春映画の定番にもなっている「タイムループ」ものでデビューを果たす中村貴一朗監督。普段は最新技術を使った映像の企画制作、撮影、ポストプロダクションなどを手掛ける「ソニーPCL」の社員として働いているが、劇場映画を撮ることが長年の夢だったそうだ。タイムループものの企画を思いついた経緯について語ってもらった。

中村「人間の内面を深掘りするようなシナリオをそれまで書いていたんですが、コンクールでは結果が残せなかった。そこでジャンルもののスタイルを取り入れることで、よりエンタメ性をアップできるんじゃないかと考えたんです。

そんな折、コロナに感染して、ホテルで隔離生活を送ることに。公然と仕事を休んで、シナリオを書く絶好のチャンス。こんな機会は人生にそうそうありません(笑)。ホテルの一室に閉じ込められた環境で、学校に閉じ込められた状況の高校生の物語を3日間ほどで書き上げたんです」

 閉塞的な状況から抜け出すことができないという「ループもの」のアイデアには、中村監督自身の学生時代の体験も投影されている。

中村「東映ビデオが募集したテーマが『青春映画』だったわけですが、応募時の僕は35歳になっていました。この年齢になると、青春時代の繊細な記憶はあまり残っていません(笑)。

唯一、残っていたのは休み時間の記憶でした。学生時代の僕は人とコミュニケーションするのが苦手で、授業と授業の合間の休み時間は自分の机に突っ伏して過ごしていたんです。寝たふりをしていれば、人と会話せずに済むわけです。寝たふりをしている間、いつもいろんなことを妄想しました。好きな女の子にアプローチするにはどうすればいいだろうとか、隣のクラスの生徒がゾンビになったらどうしようとか。そんな休み時間を繰り返していたんです。
主人公の樹は、学生時代の僕自身が投影されているんです」

東映ビデオが放つ非キラキラ系青春映画『神回』『17歳は止まらない』
東映ビデオが放つ非キラキラ系青春映画『神回』『17歳は止まらない』の画像3
青木柚は『うみべの女の子』(21)などで好演した注目の若手俳優

 樹と恵那の2人は、なぜタイムループすることになったのか。また、恵那が樹に繰り返し語り掛ける「ありがとう」という言葉には、どんな意味が込められているのか。せつない秘密が、物語後半に明かされることになる。

中村「僕もそうでしたが、高校時代に人と会話するのが苦手だった樹は、大人になってから自分なりのスキルを身につけ、社会に適応するようになっていきます。でも、やっぱり高校時代の一瞬の出来事が忘れられず、大人になってからもずっと引きずり続けているんです。今を生きる若い人たちは、毎日が同じような学校生活の繰り返しにうんざりしているかもしれませんが、今こそが“神回”なんだということに、ぜひ気づいてほしいですね」

 主人公の樹を演じた青木柚は、『うみべの女の子』(21)や『よだかの片想い』(22)などで好演し、本作とは性格が真逆な主演作『まなみ100%』(9月29日公開)やホラーサスペンス『Love Will Tear Us Apart』(8月19日公開)も控えている若手の演技派だ。

恵那役の坂ノ上茜は、小沢仁志主演の犯罪アクション映画『BAD CITY』(22)で特捜班の新人刑事を熱演するなど、やはりこれからの活躍が期待されている。

中村「ワークショップを経て、2人に主演してもらうことを決めました。観た人が『あれ?』と違和感を覚えさせる組み合わせにしています。恋愛関係にはちょっと発展しないんじゃないかと思わせる2人を、あえて選んでいます。この2人の関係性は、映画を最後まで観てもらえれば納得してもらえると思います。わずか10日間ほどの撮影期間でしたが、すごく楽しかった。会社は休職扱いにしてもらうつもりで上司に相談したところ、会社の正式な業務として認められ、映画制作に1年間を費やすことができたんです。クライマックスのプロジェクションマッピングは、うちの会社が担当しています。本当に奇跡のような体験でした。クランクアップを迎えた瞬間は、クランクインした初日に戻りたいと願っていました(笑)」

 映画監督にとって、デビュー作は特別な作品だ。オリジナル企画でデビューを飾った中村監督の文字どおりの「神回」だと言えるだろう。

農業高校畜産科を舞台にした『17歳は止まらない』

東映ビデオが放つ非キラキラ系青春映画『神回』『17歳は止まらない』
東映ビデオが放つ非キラキラ系青春映画『神回』『17歳は止まらない』の画像4
中島歩、池田朱那らが出演する『17歳は止まらない』

 農業高校に通う女子高生を主人公にした『17歳は止まらない』は、泥臭さを感じさせる生々しい青春映画となっている。北村美幸監督は映像系の専門学校を経て、アダルトビデオ業界で20年近くキャリアを積んできたオールドルーキー。10年間にわたってシナリオコンクールに応募し続ける生活を送ってきたそうだ。

北村「アダルトビデオの仕事は10年前に辞めました。シナリオを書くのに、中途半端な気持ちのままじゃダメだと思ったんです。最初に応募したシナリオコンクールで最終選考まで残ったので、その後はアルバイトしながら、シナリオを書いては改め、また応募するという生活を送ってきたんです。今回の『17歳は止まらない』は、あるコンクールで最終選考の手前まで残った脚本を書き改めたものです。最初のシナリオコンクールは本名で応募して最終選考に残ったんですが、誤植で『北村美幸』と掲載されたのを見て、『性別が分からない名前は面白いな』と、それからペンネームのひとつとして時々使うようになったんです。最終選考の面談に当たった東映ビデオの佐藤現プロデューサーは、おっさんが現れたので驚いたようです(笑)」

 企画のもとになったのは、農業高校の女子生徒たちを追ったテレビのドキュメンタリー番組だった。

北村「女の子たちが泥まみれになりながら家畜の世話を懸命にしている姿が印象に残ったんです。それとは別に、合コンした際に、『学生時代に塾の講師を好きになって、自宅にまで押し掛けたけど、オートロックさえ開けてもらえなかった。自信あったのに』というエピソードを面白おかしくしゃべる女の子がいたんです。10代の女の子のバイタリティーはすごいなぁと感心し、その2つを掛け合わせたシナリオにしています」

 農業高校の教師役に『偶然と想像』(21)や『愛なのに』(22)などに出演した中島歩、主人公の瑠璃に『釜石ラーメン物語』(公開中)でもメインキャストを演じている池田朱那、級友の彩菜に『レンタル×ファミリー』(公開中)の白石優愛ら、注目の若手俳優たちを起用している。

東映ビデオが放つ非キラキラ系青春映画『神回』『17歳は止まらない』
東映ビデオが放つ非キラキラ系青春映画『神回』『17歳は止まらない』の画像5
瑠璃(池田朱那)たちは大切に育てた動物たちの屠殺を体験する

 農業系女子の青春を描いた『17歳は止まらない』でいちばんのキモになるのは、畜産科の生徒が自分たちでヒナから育ててきた鶏を屠殺し、精肉化するシークエンスだろう。主人公の瑠璃(池田朱那)は教師の森(中島歩)への恋心を募らせる一方、授業のカリキュラムとして屠殺を体験することになる。まさにエロスとタナトスが交差する青春ドラマだ。

北村「僕が調べたところ、ほとんどの農業高校の畜産科では、家畜を屠殺し、精肉にするまでを生徒が体験することをカリキュラムにしていました。キャストに演じてもらう前に、監督である僕が知っておく必要があると思い、福島の農家に行って屠殺を体験しました。鶏の首を締めて、羽をむしると、食べられるお肉の部分はほんのわずかです。自分たちが普段どれだけの命をいただいているのか考えさせられました。オーディションで選ばれた生徒役のキャストは、脚本を読んで内容を知っていたはずなのに、撮影当日はパニック状態でした。R指定作品ではないので流血シーンにはなっていませんが、その日の撮影は困難を極めましたね(苦笑)」

 主人公の瑠璃は、シングルマザーとの生活を支えるためにコンビニでアルバイトしている。他校の男子生徒・マサル(青山凱)から「デートしよう」と誘われるも、「同年代の男子には興味がない」と突き放してしまう。かなり気の強いキャラとなっている。

北村「観る人によっては、瑠璃は嫌われかねないキャラクター。瑠璃役の池田朱那さんとは、面談のときはかなり話し合ったんですが、役に決まってからは話し合えずにいました。撮影初日は僕の記憶がまるでないくらい忙殺されてしまったんですが、撮影2日目になって僕も少し落ち着いたところで、瑠璃が森先生のいる夜の学校へ押し掛けるシーンを撮ったんです。池田さんが瑠璃役に自分を乗せて、勢いよく演じているのが感じられたので、『よし、彼女のキャラに乗っていこう』と僕も腹を括ることにしました」

 編集まで手掛けた『17歳は止まらない』について、北村監督は「自分がイメージしていたものの、2割も形にできなかった」と自己評価は厳しい。それだけ、映画監督という仕事に強い思い入れがあったようだ。北村監督のイメージどおりではないかもしれないが、池田朱那ら若手キャストの自由奔放な演技が本作の魅力となっているのは確かだろう。

 これからが楽しみな若手キャストの可能性と実社会を経験してきた監督が感じる人生の苦味とが絶妙に混じり合った『神回』と『17歳は止まらない』。共に不思議な余韻を残す、異色の青春映画となっている。

『神回』
監督・脚本/中村貴一朗
出演/青木柚、坂之上茜、新納慎也、桜まゆみ、岩永洋昭、平山繁史、渡辺綾子、横江泰宣、井上想良、日下玉巳、三浦健人、平山由梨、藤堂日向、岡部ひろき、森一、南一恵
配給/東映ビデオ 7月21日(金)より新宿シネマカリテほか全国公開
©2023 東映ビデオ
toei-video.co.jp/kamikai

『17歳は止まらない』
監督・脚本/北村美幸
出演/池田朱那、片田陽依、白石優愛、大熊杏優、青山凱、中澤実子、ジョカベル美羽、安部夏音、三好紗椰、中島歩
配給/東映ビデオ 8月4日(金)より新宿シネマカリテほか全国公開
©2023 東映ビデオ
toei-video.co.jp/17sai-ha-tomaranai

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