──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ

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『どうする家康』ドラマ公式サイトより

 『どうする家康』第34回「豊臣の花嫁」は、秀吉との戦に執着する家康(松本潤さん)が、石川数正(松重豊さん)が出奔した真意に気づき、秀吉(ムロツヨシさん)に臣従することを決意するまでの姿が描かれていました。数正の出奔は、前回のコラムでの筆者の見立てとおり、家康に秀吉との決戦を諦めさせる、いわば「抑止力」となるための行動だったという設定でしたね。

 秀吉は家康に上洛、つまり自分の臣下となることを求める一方で、その見返りとして、彼の異父妹にあたる旭姫(山田真歩さん)を「正室」という名の人質として家康のもとに派遣し、さらには大政所(秀吉の生母・なか/高畑淳子さん)まで差し出すことにしましたが、それでも家康は和平を拒否し、「要らんおなごを押しつけとるんじゃ。ここ(=徳川家)を姥捨て山とでも思っとるらしい」などと発言。結果、於愛(広瀬アリスさん)からは「あまりにもひどい言いよう」と怒られ、於大の方(松嶋菜々子さん)からも「おなごは男の駆け引きの道具ではない!」と叱られていましたね。

 家族の女性陣からの愛のムチのような言葉に加え、数正は秀吉のもとで飼い殺しにされているだけだと知った家康は、出奔した数正の真意をようやく悟って改心し、自らが「天下人」になる道は捨て、「関白(秀吉)を操り、この世を浄土とする」という新しい目標を掲げて上洛を決意する……という展開でした。

 本心を巧みに隠しながら、秀吉には上辺だけ従う「狸親父」ぶりが加速するのではないかと見る向きもあるようです。筆者には、志半ばで亡くなった瀬名姫の無念を、自身が「天下人」となることで晴らすべく、本来の弱く優しい自分を押し殺し、強くたくましい武将となるべく頑張ってきた家康が、まるでつきものが落ちたかのように、素直さを取り戻すような気もしていますが、どうなるでしょうか。

 今後が気になる『どうする家康』ですが、9月10日はラグビーワールドカップの中継により放送休止で、次回は17日放送となります。ということで、今回はこれまでの放送を振り返り、ドラマにはなぜか登場しなかった重要人物たちについてお話してみようと思います。

 個人的にもっとも気になっていたのが、黒田官兵衛(黒田孝高)がこれまで出てきていないということです。

 2021年の『どうする家康』制作発表時には、〈豊臣秀吉、黒田官兵衛、真田昌幸、石田三成と次々と現れる強者たちと対峙し、死ぬか生きるか大ピンチをいくつも乗り越えていく〉物語であるという説明がなされていたのに、現在では公式サイトのドラマ概要から「黒田官兵衛」の名前だけが消去されてしまっています。一部メディアではドラマの説明の定型文として今もそのまま黒田官兵衛の名前が残っているところもあり、この点が気になっている読者も多いのではないでしょうか。

 戦国時代を扱った創作物の中では、ムードメーカーの秀吉とその「軍師」の官兵衛はいいコンビとして描かれることが多い印象です。

また「家康がもっとも恐れた男」ランキングが作られるならば、真田信繁に並んで官兵衛の名前が上位に入るのが一般的でしょう。しかし、『どうする家康』では、官兵衛の息子・黒田長政のキャスト発表はされているものの(阿部進之介さん)、肝心の官兵衛については発表がなく、現時点でドラマには出てきていません。

 官兵衛といえば、本能寺の変の際、中国地方で戦を行っていた秀吉が「上様(信長)、本能寺にてお討ち死に」という知らせを聞いて転げ回って泣きわめいたところ、官兵衛だけは秀吉が本心で悲しんでいるのではなく演技だと見抜き、「ご運が開けてきましたな」と秀吉の耳元で発言した……という少々怖い逸話もあります。官兵衛の不在のためか、『どうする家康』ではこの名場面自体が存在しませんでした。なにかにつけて芝居がかった今回の秀吉にはぴったりな逸話ですし、だからこそ官兵衛のようにクールでダークなキャラの人物がそばに付いていてほしかったのですが……。『どうする家康』に秀吉の名参謀である黒田官兵衛が出てこないのは、このドラマの秀吉のキャラに、冷徹な官兵衛の要素まで含まれているからだと思われます。

キャラが被る人物が「リストラ」されるのは、視聴者にドラマの内容をわかりやすくするための工夫であり、仕方ない話なのかもしれません。(1/2 P2はこちら

黒田官兵衛、本多重次…なぜか『どうする家康』に登場しない重要人物たち
黒田官兵衛、本多重次…なぜか『どうする家康』に登場しない重要人物たちの画像2
寿桂尼(『どうする家康 虎の巻5』より)

 『どうする家康』に登場しないという点では、史実の家康にとって本当に頼れる年上の家臣であった本多重次(作左衛門)の不在も残念に感じました。

 本多重次は、「鬼の作左(さくざ)」の異名でも知られる勇猛果敢な武将で、主君である家康にも堂々と意見したことでも知られる人物です。「徳川四天王」の一人である本多忠勝と同族の出身で、忠勝とは5代くらい前に分岐した家に生まれました。『どうする家康』では、本多一族からもう一人、本多正信が家康に仕えていますから、重次まで登場すると、家康周辺は本多家だらけになってしまうので、脚本の古沢良太先生は登場させなかったのかもしれません。ドラマの石川数正はなんでもズバズバと進言するキャラということもあり、そこに重次の要素が取り入れられたことで、重次が不登場に終わったのでしょう。

重次と数正はほぼ同年代で、いろいろとキャラ被りが多いのです。また、重次には歴戦の勇者として戦った結果、片目、片足、手指の一部を失ってしまったという説まであって、映像化するのが難しいという面もあったのかもしれませんね。

 史実の本多重次は、岡崎城代を務めていた石川数正が秀吉のもとに出奔する事件が起こると、すぐさま大坂の豊臣家で人質になっていた我が子・仙千代に帰還命令を出し、自分の手元に取り戻しました。この重次の行動は、秀吉との再戦争をも辞さない構えであった家康から大いに評価され、岡崎城代の座を重次に継がせています。

 その後、豊臣家から大政所が送られてくることになると、重次は大政所の警備を任されていますが、警備役とは名ばかりで、大政所の居館の周りに薪を積み上げ、いつでも焼き殺せる準備を整えていたという逸話もあります。

 さすがにこの逸話の真偽には疑問符がつきますが、秀吉は重次を問題視していたとの見方があります。

天正18年(1590年)の家康の関東入国後、重次は現在の茨城県取手市の井野に3000石の知行地(所領)を与えられて隠居しましたが、この背景には秀吉の強い意志があり、家康がそれに従わざるを得なかったからという説があるのです。ただ、この時の重次は数え年で62歳になっていましたから、当時としてはかなりの高齢にあたり、よい引退時期だったのではないか……とも思われますね。

 今川家周辺にも登場しなかった重要人物が散見されます。『どうする家康』制作統括の磯智明チーフ・プロデューサーによると「今回の大河ドラマで今まで以上に力を入れているのが、今川義元です」とのことで、実際にドラマの家康は、義元の影響を受けて事あるごとに覇道ではなく王道を目指すと発言していました。しかし、史実の義元のそばには、いつも頼れる「軍師」である太原雪斎と、かつて幼少だった義元に代わって「女戦国大名」として活動したこともある生母・寿桂尼が付き従っていたはずなのですが、どちらもドラマには登場しませんでした。『どうする家康』は、家康が人質として駿府で過ごした少年~青年時代も丁寧に描いていた印象がありますが、義元の大人物ぶりは強調されていたものの、その義元を支えていた雪斎や寿桂尼がまったく出てこなかったのは残念でしたね。

それこそドラマの瀬名は、かつての寿桂尼のように政治的なアプローチを試みる女性として描かれており、ミニ番組『どうする家康 虎の巻』でも寿桂尼について築山殿(瀬名)が「目標にしたと考えられる女性」と紹介していました。義元が家康に影響を与えたように、瀬名が寿桂尼から薫陶を受ける描写があってもよかったのではないかと思われます。

 ほかにも登場しなかった女性として思い出されるのは、信長の正室の濃姫(もしくは帰蝶)の存在です。『どうする家康』では、彼女の代わりに信長の妹のお市が大きく描かれたので、濃姫の不在はキャラ被りを解消するための策だったのでしょう。ちなみに古沢良太先生は、木村拓哉さん演じる信長を主人公とした映画『レジェンド&バタフライ』では、帰蝶を登場させる代わりにお市を登場させていませんでした。

 信長の母である土田御前も登場しませんでしたね。史実の信長が独特な性格になったのは、弟を偏愛したとされる母との折り合いの悪さが影響した部分が大きかったはずです。家康が主人公のドラマだけにそのあたりは割愛したのでしょうが、本ドラマにおける岡田准一版信長は、家康と並ぶ、あるいは時にそれ以上の存在感を見せたキャラクターだったことを考えると、緊張感のあった父・信秀(藤岡弘、さん)との関係だけでなく、土田御前との不仲についても描いてほしかったように思われます。

 以上、『どうする家康』で登場しなかった重要人物について、思い出すままに語ってきましたが、家康の人生における重大事件で描かれないものも今後たくさん登場してきそうな気がしますね。本作は話の展開がかなりスローペースであることはよく指摘されています。過去の大河ドラマの例から推測すると全47話、最終回は2023年12月17日となる可能性が高い気がします。しかし、次回17日放送の第35回でようやく石田三成が登場し、家康が秀吉に臣従するまで進むというこのペースでは、慶長19年~慶長20年/元和元年(1614年~1615年)のいわゆる大坂の陣で豊臣家の滅亡が描かれるのがクライマックスとなり、残りの家康の人生は史実でも1年と少しですが、ナレーションで触れられるだけで終劇となりそうな予感があります。

 個人的には月代(さかやき)にしてヒゲを蓄えた、中年時代の家康のビジュアルがなかなかハマっているような気がするので、松本さんが演じる最晩年の家康もぜひ見てみたい気がするのですが、筆者の願いが叶うことはあるのでしょうか。最終回まで残り数カ月、引き続きドラマを見守り続けたいと思います。

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