3日の『新春生放送!東西笑いの殿堂2024』(NHK総合)で、生放送らしいトラブルがあった。新宿末広亭、浅草演芸ホール、なんばグランド花月、心斎橋角座という4つの寄席をつないでさまざまな演芸が披露される中、なんばグランド花月の出番に間に合わないコンビがいたのだ。
中継の出順は、見取り図、矢野・兵動、桂文珍と紹介された。NGKにカメラが切り替わり、ステージの中央にサンパチマイク。見取り図の出囃子であるチェッカーズの「涙のリクエスト」が流れている。通常、5秒~10秒程度で袖から漫才師が駆け出してくるのだが、30秒、40秒たっても、出てくるはずの見取り図が出てこない。50秒を過ぎたところで、次の出番だった矢野・兵動が現れ、戸惑う観客の心をあっという間につかんでしまう。
爆笑のまま矢野・兵動が下手にはけていく。
おそらくは見取り図がなんらかの都合で間に合わず、先輩の矢野・兵動が出順を先に回して出てきたのだろう。大したトラブルではないし、矢野・兵動も見取り図も、漫才が始まれば何事もなかったかのように観客を楽しませていた。
寝っ転がってそのなんでもない光景を眺めながら、背筋が熱くなるのを感じた。見たことがある、この光景を、私は見たことがあった。
おそらく1999年か2000年の出来事だ。
そのゲストコーナーにある日、矢野・兵動が呼ばれた。上方漫才大賞を受賞する10年前、関東ではまだファンの中でも顔と名前が一致する者は少なかったように記憶している。
ともあれ、出囃子が鳴る。「矢野・兵動~!」影マイクの怒鳴りがあって、真っ暗な舞台が明転する。中央にはお飾りのマイクが立っている。狭い新宿Fu-では、全員が地声だ。
空っぽの舞台にマイク1本。
そんな中、もう誰も待っていない舞台に、矢野と兵動がのそのそと現れた。特に悪びれる様子もない。軽くあいさつをすると、おもむろに漫才を始める。
雑談こそ収まるものの、観客は明らかに集中力を欠いている。それでも、舞台の上から大声で話をされれば、目線はそちらに集まっていく。30秒か、40秒くらいたったころだった。
「なんや、おまえ~!」
兵動が、矢野の着ていたトレーナーに描かれたキャラクターをつまみ上げた。たぶん、ネズミか何かだったと思う。その瞬間、客席が爆ぜた。なぜあれがあんなにウケたのか、全然わからない。当時もわからかなかったし、今となってもわからない。だが、矢野・兵動は確かにその瞬間、約100人の観客を手中にしてしまった。
あとは独壇場だった。矢野・兵動が何を言っても大爆笑が返るというトランス状態に陥り、小さな劇場が上下左右に揺れた。笑い声が両耳から流れ込んでくる。客席のあちこちで火花が散っている。頭が痛い。これが漫才か、これが漫才か、客席の最後列で、私はそう繰り返していた。
一昨年、『お笑い実力刃』(テレビ朝日系)に矢野・兵動がゲスト出演した際、アンタッチャブルの山崎弘也がライブで矢野・兵動との共演した際のエピソードとして「人ってこんなに笑うんだ」と圧倒されたという話をしていた。おそらく、同じ舞台を見たのだと思う。アンタッチャブルも、あの日の「バカ爆走」に出演していたはずだ。
矢野・兵動はあの日からずっと漫才をしている。私はずっと漫才を見ている。どこまでも楽しい矢野・兵動の漫才を見ながら、追憶は穏やかに霧散していった。
(文=新越谷ノリヲ)