ドラマ公式Instagramより

──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ

『光る君へ』第9回「遠くの国」、タイトルの指す国が「あの世」だったとは……。

 前回で突然の退場となった直秀(毎熊克哉さん)は、ドラマオリジナルの登場人物だとされていますが、今回は彼のモデルと考えられる人物たちについてお話してみたいと思います。

 直秀は、散楽一座の役者と盗賊という2つの顔を持つ男でした。平安時代末~鎌倉時代初期に成立した説話集『今昔物語』、『宇治拾遺物語』にも出てくる「盗賊大将軍」こと「袴垂(はかまだれ)」と呼ばれた盗賊がモデルであろうことは間違いありません。もっとも袴垂が実在の人物かは不明ではありますが、紫式部の同時代人に関係する逸話もあります。

『光る君へ』にはまだ登場していませんが、道長(柄本佑さん)の娘・彰子のもとに女房として紫式部が仕えていた時、同僚だった和泉式部の再婚相手が藤原保昌という人物なのですが、武勇に優れた彼が追い剥ぎを繰り返していた袴垂を捕まえたという逸話が『今昔物語』に出てきます。

 しかし、保昌自身は「正義の人」でも、彼の弟にあたる保輔という男こそが、本当の意味で「盗賊大将軍」というべき盗賊一味の頭領だったのですね。藤原保輔は、昼は貴族・夜は盗賊という、極端に落差がある二面性の持ち主だったのです。

 実際は盗みだけではありません。ドラマでは「源倫子(黒木華)のやさしいパパ」として読者にも記憶されているだろう源雅信(益岡徹さん)の宴で乱闘事件を起こしたり、自分の兄を逮捕しようとした検非違使を矢で射たり、さらには気に入らない貴族たちの屋敷を盗賊に襲わせたり……など数々の問題行動と犯罪で知られている男でした。

『宇治拾遺物語』では、藤原保輔が太刀や馬の鞍、甲冑、絹など高級品を扱う商人を自邸に呼び寄せ、蔵で金を払うと見せかけて、雇った盗賊の手で殺し、蔵の中に掘った深い穴に蹴り落とさせることを繰り返していたとされています。かなりエグいことをしていたようですね。

 そんな犯罪を繰り返しておきながら、彼がろくに逮捕もされなかったのは、当時の社会が身分第一だったからです。しかし、尊重されたのが保輔自身の身分というより、彼の「ボス」にあたる人物がときの太政大臣・藤原兼通の長男で、藤原顕光という「公卿」だったからでしょう。

おそらく、保輔の数々の犯罪は自分が「大物」の庇護下で無敵だという慢心、そしてときには顕光からの指示もあって行われていたものだからと推察されます。

 しかし、永延2年(988年)、ついに保輔が逮捕されています。顕光が彼を匿ったものの、顕光の実弟にあたる藤原朝光が「バカ兄」顕光に対するクーデターを決行し、ようやく年貢の納め時となったのですね。

 ところが、この時に捕縛されたのはあくまで「従五位下」、つまりギリギリ「貴族」と呼ばれる身分にすぎない藤原保輔だけで、「公卿」である顕光はろくに詮議もされず、無罪放免となりました。

 また保輔は沙汰を待つ間、獄中で切腹自殺するという奇怪な最期を遂げました。本当は口封じのためでしょうが、保輔は盗賊・袴垂を逮捕した藤原保昌にとっては実弟ということもあって、正義心に燃える兄が愚弟を説得し、不名誉な余罪が暴かれる前に服毒自殺させたという説もありますね。

『光る君へ』直秀、早すぎる死とモデルとなった歴史上の人物の“悪行”
『光る君へ』秀直、早すぎる死とモデルとなった歴史上の人物の悪行の画像2
藤原実資(秋山竜次ドラマ公式サイトより

 さて「公卿」という身分についても解説しておきます。前回のドラマでは、藤原実資(秋山竜次さん)が「私を公卿にしておけば……」と延々とグチっており、奥方から「それ、日記に書けばよろしいのではないですか」といわれても「書かぬ!」というやりとりを例のごとく繰り返していましたよね。

 現代日本では「公家」と「公卿」、それから「貴族」は、同じような意味でしか捉えられていませんが、朝廷に仕える役人たちの中で「貴族」と呼ばれるには、五位以上(正確には従五位下の官位より以上)の官位が必要でした。つまり、朝廷に仕える役人だから貴族というわけではないのです。

 官位が六位から五位に上がると、待遇も一気に良くなりました。当時の朝廷で「貴族」とされる役人はだいたい500人程度ですが、その中でも官位が三位以上、つまり最高位の「貴族」にあたるのが「公卿」はわずかに20人ほど。

現代日本でいえば、◯◯大臣など閣僚クラスに相当したのです。

 ドラマでいえば、藤原兼家(段田安則さん)や源雅信など、黒い束帯をまとった人々が左右に分かれ、頭を突き合わせて会議をしているシーンがよく出てきますが、あれに参加している人々のことですね。

 ちなみに当時は身分低き者に「人権」などなかった時代ですから、仮に直秀の刑死にまつわるエピソードが事実だったとしたら、「公卿」藤原兼家さまのご子息・道長さまのご意思を、検非違使ごときが踏みにじってしまったら、自分の命はおろか一族郎党まで亡き者にされても文句はいえなかったはずなのです。まぁ、平安時代を支配していたのは名ばかりの「平安」で、実はかなり怖い時代であったということですね。

 直秀にお話を戻すと、彼の仲間には「輔保」(松本実さん)という名前のキャラもいたので、直秀一味が袴垂や藤原保輔の逸話を反映したキャラたちであったことは間違いないでしょう。いずれのモデルと目される人物にも「義賊」としての一面はありませんが……。

 また、当時の葬送所として有名だった鳥辺野に連れて行かれ、あっけなく殺されてしまった直秀ですが、悪い予感がして後を追いかけていった道長とまひろが二人だけで、しかも素手であれだけの人数分の穴を掘ることができたのか……? というドラマの演出にはさすがにツッコミも入れたくなりますが、触れるのはヤボでしょう。

 直秀演じる毎熊克哉さんの存在感は、少女マンガのような一面のある『光る君へ』において大きく、直秀とまひろが登場するシーンは背景にバラの花やキラキラが見えるような気がしていましたが、そういう場面も見られなくなってしまうのですね。直秀は物語の潤滑油的な存在として重要だとは思ったので残念です。手足の縄を切って、浅く埋められただけなので、息を吹き返していたというまさかの展開を期待したいところです。

 その一方で、道長のプリンスぶりも際立つ回でした。「死のケガレ」もなんのその、死んだ直秀の手に(その魂の高貴さを象徴するのであろう)扇を握らせ、従者を呼びにいくわけでもなく、自ら穴を掘って埋葬しようと試みる道長のやさしさに、まひろは胸キュンしていたようです。

次回のドラマでは、そんな道長をずっと見守る、つまり「推し続ける」と宣言するシーンが出てくるようですが、当初予測していたように「推す」だけでは済まない気がします。どうなることやら……。

――などと書いていると、次回の花山天皇(本郷奏多さん)出家のエピソードについて触れる余裕がなくなってきました。史実でも寛和2年(986年)6月、花山天皇は藤原道兼(ドラマでは玉置玲央さん)から「一緒に出家しよう」とそそのかされて宮中を脱出しました。そして、そのまま自分だけ剃髪させられたのに、誘った道兼は出家せずという「出家するする詐欺」に巻き込まれ、あえなく退位に追いやられています。まぁ、このあたりは次回のドラマの中心部分になってきそうですし、また次回にお話したいと思います!

<過去記事はコチラ>
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