日本性科学会理事長で産婦人科医の大川玲子先生に、女性の性機能不全に対する治療としてのセックス・セラピーの必要性を、女性の性と権利に詳しい婦人科医の早乙女智子先生に、女性の人権を取り巻く現状について伺ってきた。

 では、男性の性にはどのような問題があるのか? 今回は、性別違和についてカウンセリングやケアを行い、性犯罪者処遇プログラムの専門家でもある、精神科医の針間克己先生に、性暴力の根本に横たわるセックスの認識のズレや、日本の性教育が抱える矛盾について、お話を伺った。



■多くの男性は、まともなセックスを知らない

――精神科医からみて、男性が抱える性の問題は何がありますか?

針間克己先生(以下、針間) まず、性の問題を解決する方法はあるのに、それを見つけられない人が多い。性で悩んでいる人がインターネットで検索して調べようとすると、コンプレックスに付け込んでものを売りつけようとするような怪しいサイトや情報しか出てこないのが現状です。そして、医療機関や相談機関は、男性からするとプライドが損なわれるため行きづらい。男性はまだまだ、そういった相談に行くのを嫌がる傾向があります。しかし、恥ずかしさやプライドといった表面的なハードルを取り払わないと、解決まで進みません。プライドを捨てて一歩踏み出したほうがよいでしょう。
性機能の診察において男性は泌尿器科、女性は産婦人科が対象となりますが、心理的要因が強い場合には、精神科でみることもあります。

――痴漢やレイプといった性犯罪など、男性の性に起因する問題が減少しないのはなぜでしょうか?

針間 そもそも多くの男性が、まともなセックスを知らないからです。最近の若い男性の多くはAVを見て育つので、AVの中で暴力的なものもスタンダードだと思ってしまっています。自分が挿れたいときにいつでも挿れられるわけではなく、ちゃんと合意を得て挿れられる状態にしてからでないと、男性は行為をしてはいけないんです。夫婦間できちんとセックスの合意が得られていない場合、それが性暴力になることも知らない男性がほとんど。年齢を重ねた夫婦間では、妻が濡れなくなっているのに夫が強引に求めてくるのが原因で、セックスレスになってしまうこともあります。


――そうした男性の認識は、いつになったら正されるのでしょうか?

針間 スウェーデンでは今年、合意を得ないセックスはレイプとする法律ができましたが、日本とは大きな差があります。それでも日本も少しは変わってきている。たとえば20年前、30年前、痴漢はほぼ放置されていました。職場などの飲み会で、女子社員を勝手に触ってもとがめられない時代がありました。女性がはっきり「NO」と言ってないからいいだろうという態度だった。しかし、現在では社会的に「痴漢は犯罪」という認識になりましたし、女子社員を触るのはセクハラとして注意されるようになった。
女性の人権を尊重する時代がやっと来たともいえます。

――となると、セックスに合意が必要という意識が根付くまで、あと数十年は必要と考えられます。

針間 性暴力に関しては、最近だいぶ変わってきました。20年前は、携帯の出会い系サイトを通じて被害に遭った女の子がいると、女の子に携帯の使い方を教えなくてはいけないと新聞に書いてありましたが、今は被害者になりうる側に予防法を教えるだけではなく、性暴力を振るう加害者を作ってはいけないという認識も広がってきました。世の中は、徐々に変わってきてはいると思います。ただ、数年前にはやった「壁ドン」は暴力です。
女性の逃げ場をなくして追い詰めている。少女漫画のファンタジーの世界の中でならともかく、現実の世界でやったら、ただの暴力にしかならない。でも、そのことに触れたマスコミは、なかったように思います。



――AVの世界がファンタジーである、合意のないセックスはカップル間でも性暴力だと認識するには、教育の力が必要なのではないでしょうか?

針間 学校で教える性教育は、セックスしないことを前提としているのです。だから「セックスする前に合意を得ましょう」といったことは教えられない。性暴力の話でいえば、「ストーカー的なことはやめましょう」という中途半端なことは教えますけど、「セックスをするには、必要なプロセスを踏まないといけない。
合意があれば大丈夫です」とは教えません。

――しないことを前提としていたら、教育はできませんよね。

針間 現実的には性行為をする高校生はいるのですから、放っておくよりも、適切な性教育をして対策したほうがいいのは明白です。政府は子どもを増やしてほしいけれど、高校生には産んでほしくないという矛盾がある。性教育を行うにも、メリット・デメリットのバランスを考えることが大事になってきます。性教育によって、望まぬ妊娠と、すでに起こってしまっている梅毒など性感染症の爆発的増加を防げるわけです。


――先生自身は、性教育に期待することはなにかありますか?

針間 私個人としては、性教育によって女性が人生を豊かにするのは、非常にいいことだと思います。きちんとした性教育を行えば、女性が自分自身の体や妊娠や避妊についてよく知り、性行動をコントロールできるようになる。避妊して、性感を高めて楽しむことができる。それが保守的な人々にとっては喜ばしくないから反対しているんです。

――性暴力や感染症が防げる一方、女性がセックスを楽しむようになるため、性教育そのものを阻むということですか?

針間 「女性は産む機械」とか、「何人産んでほしい」といった政治家の発言のもとになっているのは、「女性はただ結婚して、ただ産んでくれればいいだけ」という思想です。女性が自分で何かを考えて、自発的に動いてほしくないからです。単純に産むことさえしてくれればいいので、いろいろなことを知ってほしくない。妊娠しないようにバースコントロールできる能力が高まるのは、そういう人々にとって非常に都合が悪いのでしょう。

――医療の現場からセックスに関する啓蒙は行われていますか?

針間 医療においては、セックスが一番遅れている問題です。一般の内科などの診察室では、性のことを口に出すと、自分がおかしいと思われるのではないかと懸念している医師もいます。専門的な性の知識を勉強していないからこそ、助言が個人的な経験によるものになってしまいがちな傾向があるのです。たとえば男性患者に相談されても、「僕の経験では、女性をイカすにはこうしたほうがいいよ」なんて言ってしまう医師もいる。専門的知識に、個人的な経験による意見が混じってしまう危険性があるんです。

――たしかに、セックス行為そのものは、親しい間柄であっても踏み込めないテーマですし、個人の観点からしか話せません。

針間 性暴力については、「セクハラはよくない」と考え方が変わってきたし、LGBTに関しては20年前と比べて劇的に認識が変わって、誰を好きになるかは個人の問題になりました。ところがセックスの問題だけ、議論されないまま取り残されている。非常にパーソナルな問題で、取り上げにくいために日本では取り上げられていない。セクシュアリティは個人の尊厳や人格に深く関わる問題なので、性暴力で損なわれるのもいけないし、本当は楽しみたいのに楽しめないのも権利を損なわれている。セクシュアリティを軽んじられている現在の状態はよくないですね。

――LGBTへの認識のように、女性の性に関する扱いも、急に変わることはあるのでしょうか?

針間 LGBTの状況が大きく変わったのは、1998年に性同一性障害を持つ人への手術が埼玉医科大学で行われてからです。それが医療行為として認められ、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例法に関する法律」が2003年にできました。さらに、病気としてではなくLGBTという存在についての認知が世間に広がってきた。ただ、そういうドラスティックな変化は、LGBTとは違って起こりにくいでしょう。

――性から派生するあらゆる問題に傷つき、絶望的な気持ちになっている日本女性は数多くいますが、この先はどうなっていくとお考えですか?

針間 本当に課題の多い問題でありますが、だんだんと変わっていくでしょう。我々は大河の一滴一滴です。世の中は確実に変わってはいる。一滴ずつ汗を流すことで変わっていくしかないと思います。
(弥栄 遖子)

針間克己(はりま・かつき)
はりまメンタルクリニック院長。1990年東京大学医学部医学科卒業。96年東京大学医学部大学院博士課程修了。医学博士。日本性科学学会理事。性同一性障害研究会理事。日本精神神経学会「性同一性障害に関する委員会」委員。The World Professional Association for Transgender Health(WPATH)会員。著書に『一人ひとりの性を大切にして生きる―インターセックス、性同一性障害、同性愛、性暴力への視点』(少年写真新聞社)『セクシュアル・マイノリティへの心理的支援―同性愛、性同一性障害を理解する』(編著・岩崎学術出版社)などがある。