「万民が平等である」とうたう北朝鮮には、世界でも稀な身分制度によって成り立っている。
「成分」や「土台」と呼ばれるこの制度は、個人の経歴や思想などをまとめた「個人文件」に記録され、国民一人ひとりの一生を縛りつける。
最近、この個人文件の記録をワイロで改ざんしたとして、安全部(警察署)の幹部が摘発された。両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋が明らかにした。
逮捕されたのは、豊西(プンソ)郡安全部で住民登録を担当していたA大尉。
2017年、家族の誰かが脱北して中国や韓国に住んでいる、いわゆる「脱北者家族」から2000ドル(約28万円)ものワイロを受け取り、住民登録文書から「脱北者がいる」という記録を削除していた。だが8年後の現在、不正が発覚し、逮捕に至った。
北朝鮮の農村において2000ドルは非常に大きな金額であり、おそらく脱北した家族から仕送りを受けていた可能性がある。
この家族は、脱北者の存在が昇進や就職の妨げになることを恐れ、親戚とともに資金を集めてA大尉に依頼したという。記録が削除されたあとは、社会的な制約もなく昇進したり、司法機関に配属されたりと、順調にキャリアを積んでいた。
しかし最近、親戚の一人が身元調査の中で「あの家には脱北した者がいる」と話してしまったことをきっかけに、問題が発覚。脱北者の存在は、幹部人事における身元調査で非常にセンシティブな要素とされている。
調査の過程で、記録にはなかった脱北者の存在が明らかになり、郡保安部が住民登録を再確認。
情報筋によると、「北朝鮮では成分が悪ければ、どれほど能力があっても社会的に出世できない構造だ」「特に家庭に脱北者がいれば、8親等まで影響を受ける。そのため高額なワイロを払って、脱北者を“死亡処理”してもらったり、記録を削除してもらったりすることがあるが、発覚すれば関係者全員が処罰される」と語る。
実際、今回の件でワイロを渡した家族は職を追われ、親戚も今後の人事で不利益を被るとみられている。
一方、A大尉は朝鮮労働党からの出党(除名)や職務解任といった重い処分は避けられない見通しだ。
情報筋は最後にこう語る。「今回の事件は、関係者すべての将来を閉ざす恐ろしい結果を招いた。それだけでなく、これまで問題なく過ごしていたことすら帳消しになり、“政治的に問題のある人物”としてのレッテルが一生付きまとうだろう」と。