経済のグローバル化が進む中、日本企業においてCFO(最高財務責任者)の役割が急激に高まっています。専門性が高度化し、カバー範囲が広がり、業績に与える影響度が強まっているのです。

求められる資質や能力は従来のOJTでは到底習得できません。このことは周知の事実ですが、ではどうすればよいかが明らかになっていません。そこで本連載では、この課題を解決するための一つのモデルを提示していきます。製造業を中心に上場企業3社や外資系日本法人などで通算25年超CFOの役割を務めてきた実務家の吉松加雄氏が、自身の経験と学究で得た知見をもとに、「グローバル経営におけるCFOの役割とCFO人財の育成」について全6回の連載で提言しています(毎週水曜日更新)。第5回はクロスボーダーのM&A(合併・買収)とPMI(買収後の統合)についてです。買収のための投下資本とPMIに関わる人的資源を考慮すると、規模によってはM&AとPMIの成否が企業経営の成否に直結します。
本稿では、特に日本企業にとって難易度が高いクロスボーダーM&Aについて、いかにその成功確率を高めていくかを考察していきます。

日本企業のクロスボーダーM&Aと
PMIの課題

 筆者のM&A(合併・買収)との関わりを振り返ると、職歴の半分以上に当たる約25年間は、M&AとPMI(買収後の統合)が重要な位置を占めてきました。職歴は連載第1回で述べましたが、M&AとPMIの経験については、本稿の最後にまとめました。

 今回は、成功事例が比較的少ないといわれる日本企業のクロスボーダーM&Aの成功確率を、いかに高めていけるかを考察していきます。

 まず、PMIについての理解を進めるため、連載第2回の「CFOの役割3軸俯瞰」で、持続的な企業価値向上のプロセスをまとめた図表5-1の「サステナブル経営軸」でPMIを俯瞰してみます。

 図表5-1では、価値創造を大きく3要素/領域に分けました。

「経営理念・経営哲学」「企業価値の創出」「企業価値の毀損防止」の3つの切り口から、PMIにおいて、買収側の親会社(グループ)から導入するものと、被買収会社のノウハウを活用するものとを大別して、その2つの観点から見ていきます。

 経営理念・経営哲学:グループ一体化経営推進と3G(グループ・グローバル・ガバナンス)強化の観点から、クロージング次第、親会社(グループ)の経営理念・経営哲学を丁寧な説明をしながら、直ちに導入を開始。

 企業価値の創出:被買収会社の企業価値創出の源泉であるバリューチェーン(価値連鎖)領域に相当。クロージング次第、被買収会社のコアコンピタンスを最大限活用してシナジー実現を図る。経営管理面では、経営改善とシナジー実現を加速させるため、スピード経営に関する親会社(グループ)の経営(管理)ノウハウ導入を優先。

 企業価値の毀損防止:グループ一体化経営と3G強化の観点から、クロージング次第、親会社(グループ)のガバナンスとコンプライアンスの仕組みと、経営(管理)ノウハウを丁寧に説明しながら、直ちに導入を開始。

 上記の整理の中で、筆者は、経営ノウハウは、「企業価値の創出」と「毀損防止」の両面の経営管理領域に存在すると整理をしています。

 日本企業のクロスボーダーM&AのPMIにおいて、まず高いハードルになるのは、経営哲学や経営ノウハウを被買収会社の経営幹部が得心するまで伝えること、といわれます。

 この伝授においてハードルを高める要因は、オランダのマーストリヒト大学名誉教授のヘールト・ホフステードやINSEAD教授のエリン・メイヤーら多くの研究者が論じているように、異文化による相違点にあります。

 特に、連載第2回で論じた理念体系に含まれる「企業の存在意義であるパーパス」と、ピーター・ドラッカーが「ネクスト・ソサエティにおける企業の最大の課題」と位置付けた「社会的な正統性の確立、価値、使命、ビジョンの確立」は、企業経営の根幹を成します。

 それらは、経営哲学であるとともに個人の職業観や価値観にも関わるものです。クロージング(譲渡完了)後すぐに、被買収企業幹部の従来の価値観や意識を変えることは容易ではありません。

 M&Aに関わるマネジャーから時々伺う悩みに、「買収した海外子会社が親会社を尊重してくれない。海外企業をどのようにマネージしていけばいいのか」があります。

 これに対して筆者は、「経営哲学や経営ノウハウは、その合理性も含めた丁寧な説明に加えて、よい結果につながらなければ得心してもらえません。性急に日本化を求めるとかえって逆効果になります」「ただし、ガバナンスに関わるところは議論の余地は少なく、たとえばJ-SOX対応などは、上場維持のルールとして十分に説明の上、納得を得ることが重要です」と答えるようにしています。

 経営ノウハウの受け入れについて、最初は抵抗感があっても、実践することで改善が進み、業績が向上していくならば、被買収会社の雰囲気が一変し、受容度が上がっていきます。そういった好循環が続くと、被買収会社の経営者・幹部の達成感向上や報酬増加にとどまらず、全従業員の待遇改善につながり、経営レベルの向上とともに会社全体のモチベーションが上がっていき、PMIは成功裏に進みます。

 PMIの開始時点で留意するべきことがあります。バリュエーション向上を目的とした譲渡前の投資や経費支出の抑制です。収益性とキャッシュフロー改善のため、開発投資と設備投資が必要最小限にされ、譲渡前で人財の流出が増える一方で、採用が思うようにできず、経費削減により一部の事業活動に支障も出る状況です。被買収会社(ターゲット)の事業活動は大きな制約を受けて、経営幹部と社員にフラストレーションがたまり、モチベーションが上がりません。

 クロージング時点の被買収会社は、このような状況に置かれていることも考慮して、買収直後から費用対効果を見極めた上で、積極的な投資を奨励して、モチベーションと業績の向上を図ることは効果的です。

 PMIの進展に伴い、業績と経営力が向上し、成長戦略展開加速の要請からM&A検討に至ると「売りに出された」感覚から「自分たちが買収する」に変わり、意識の高揚が見られます。

日本化せずとも、PMIは想定を上回るシナジーを実現しながら、進むようになります。全員の士気が上がり、高い目標に挑み続ける好循環サイクルが生まれてきます。

 連載第4回で論じたように、今後、グローバルモデルの親会社集権的な意識から、相互信頼をベースとして全体最適とDE&Iも踏まえたトランスナショナルモデルへ進化が求められていくと思います。オープンでフランクに是々非々による積極的な被買収会社のノウハウ活用が行われると、ウイン・ウインによる早期のシナジー実現が進んでいくでしょう。グローバル本社としては、より一層高い視座と大局観が求められていきます。

 図表5-1の企業価値の創出において経営戦略と経営計画は、企業価値構成4要素(社会価値、顧客価値、財務価値、人財価値)の中の財務価値創出の中核になります。M&Aにおける被買収会社の経営戦略と経営計画は、買収戦略とシナジー予測に直結することから、買収監査(デューデリジェンス)による精査を経てバリュエーション決定の重要項目となります。

 ここで、バリュエーション決定について少し触れます。クロスボーダーM&Aでは、国内M&Aと同様にM&Aの目的と戦略整合性確認のため、M&Aにより獲得を目指すものをまず明確にすることが大切です。

 戦略立案の要領で、市場・製品・能力(開発力・知財・製造等)など、M&Aで獲得する項目をブレーンストーミング的にリストアップして優先順位付けをします。それらを項目別に重要性の判断と優先順位付けを行い、オーガニック成長(自律成長)との比較による定量的な価値評価も行います。たとえば、「M&Aで獲得する新技術や製品と、自社開発の場合の所要リソース(人と開発費等)、所要期間/時間、収益差額(対象期間累計)などの定量的な比較」などです。

 デューデリジェンスの際には、自社経営戦略における位置付けの確認、前述の被買収会社の経営戦略と経営計画の精査、想定シナジーの算定、上記の個別項目別価値評価、デューデリジェンスによる新規検出項目などを各種バリュエーション(DCF法、売り手側ケース、FA〔Financial Adviser〕ケース等)に反映させます。この価値評価をベースに、のれんの減損リスクや落札想定額も考慮しながら、買収価格を決定していきます。

「経営管理」については、連載第2回で論じたように、図表5-1の企業価値創出と毀損防止の2種類の経営管理を同時並行で導入していきます。また、連載第4回で考察したグローバルマトリックス型経営管理体制は、経営品質向上と経営効率向上により価値創出と毀損防止の両面に寄与するフレームワークと考えます。

 経営管理の具体的項目では、これまで見てきたスピード経営導入、短周期マネジメントサイクル(週次業績管理と四半期決算早期開示)導入、会計基準(IFRS)・SOX法対応、グループCMS加入などが、PMIの初期段階から重要項目です。いずれも意識改革と行動変革が求められるので、「鉄は熱いうち」の意識によるクロージング直後からの対応がスムーズな導入につながります。

 特に、非上場の同族企業を買収した場合など、会社によっては「決算は年1回で数カ月かける」ことが長く慣例になっているケースもあり、初期段階では、グローバル本社や地域統括会社が決算実務に入るサポートを求められることもあります。人財採用を含めた組織体制強化を、同時並行して進めることも必要です。

 日本企業によるクロスボーダーM&Aを考察するに際して、2018年3月に経済産業省が的確にまとめた『我が国企業による海外M&A研究会(以下、海外M&A研究会)報告書』を参照することが有効です。

 海外M&A研究会は、「海外M&Aにおいて、トップが果たすべき役割は極めて大きい」として、特に経営トップ等が留意すべき点について、【経営トップの役割】として「M&Aの本質を理解し、腰を据えてコミットする」重要性を訴え、次いでPMIを含むM&Aの全プロセスを4つのフェーズ【Pre-M&A】【ディール実行】【PMI】【Post-PMI(過去の検証と次への準備)】に分け、その中で「海外M&Aを経営に活用する9つの行動」としてまとめています。

日本電産の
M&AとPMI概観

 この9つの行動に沿って、日本電産のクロスボーダーM&AとPMIを考察していきましょう。以下では、公表された事実や対外説明に加えて、当時の広報対応やIRの場で、筆者がCFOとして対外的に説明をしてきた内容も含めて、整理をして論じていきます。なお、ここでは会社名や役職などは当時のまま表現します。会社方針や会社形態などを含めて状況が、時間の経過とともに現段階では異なっている場合があるかもしれないことを付言しておきます。

 日本電産のM&Aは、リーマンショックを境目として、国内から海外へのシフトが見られます。2008年以前のM&Aの件数は国内が約8割を占め、「国内救済型」のM&Aが特徴でした。永守重信社長の対外的発信の趣旨、「技術は一流、ものづくりは二流、ただ経営には課題があり、経営危機に直面している会社」から、再建を要請された救済型の買収を表します。

 この国内救済型M&Aでは、経営危機のためバリュエーションが低く、のれんの減損リスクも小さく、収益構造改革と成長投資を短期間で実行すればクロージング後のV字回復のスピードも速くなります。クロージング直後から、PMI推進上の課題整理と優先順位付けを行い、親会社(グループ)の経営哲学と経営ノウハウ(企業価値創出と毀損防止の両面)導入と、早期のシナジー実現を図ります。

 これに対して、2010年以降は、「クロスボーダー・競争入札型」のM&Aが主流となっていきました。従来の主力製品の精密小型モーターの需要がピークアウトしてきたことも背景に、ビジネス・ポートフォリオの転換と拡大が企図されます。M&Aの対象は海外の車載用や家電・産業用などの中・大型モーターや機器装置などの事業にシフトしていきました。

 異文化の海外企業買収は難易度が高く、救済型の海外企業買収は一層難しいという前提の下、クロスボーダーM&Aでは、一定の収益性のある会社が対象となります。買収参加者は事業会社の戦略的買収者(Strategic Buyer)だけではなく、PEファンドなどの金融的買収者(Financial Buyer)も加わり、ターゲット獲得は競争入札型となっていきます。バリュエーションも上がり、のれんの減損リスクも高まっていきます。

 減損リスクを回避しながら、シナジーの早期実現を図る事業側PMIに加えて、クロージング直後からの垂直立ち上げによるPMI推進のフレームワークとして経営管理の仕組みと体制が重要になります。この仕組みづくりも目的として、日本電産では、連載第4回で詳述したグローバル5極経営管理体制の構築が急がれました。

 日本電産のM&Aの特徴を概観すると、

・持続的な企業価値向上に向け、買収後のシナジー早期実現を図る戦略的買収者(Strategic Buyer)である。買収後の数年間で企業価値を上げ、その後売却して譲渡益最大化を図るPEファンドなどの金融的買収者(Financial Buyer)とは異なる
・買収で獲得するものは、個別具体的には、製品、技術、製造能力、顧客やマーケットなど広範に及ぶが、一言で言うと「時間を買う」と定義
・「高値づかみはしない」方針の下、妥当な価格による買収と速やかなPMI推進により、のれんの減損リスクはミニマム
・戦略的買収者であり、基本的に買収直後にリストラや事業の切り売りはしない。売り手にとっては、譲渡後のレピュテーションリスクの小さい、質の高い買い手(Quality Buyer)と位置付けられ、譲渡先決定上の評価ポイントの一つと推定される

 そうしたM&Aを成功に導く3つのポイントとして、

(1)「高値づかみをしない」適正な買収価格
(2)PMIにM&Aの9割のウエートを置く(「クロージングはM&Aの全体プロセスの1合目」)
(3)シナジーの早期実現

 が掲げられています。

海外M&Aを経営に活用する
9つの行動による日本電産の考察

 それでは、日本電産のM&AとPMIについて、前述の「海外M&Aを経営に活用する9つの行動」(経産省レポート)のフレームワークに沿って考察を進めていきましょう。図表5-2は、左側に「海外M&Aを経営に活用する9つの行動」(経産省レポート)を示し、右側に在籍当時の筆者の解釈に基づいて日本電産の事例を整理しました。

 まず、M&AとPMIの準備に相当する【Pre-M&A】のフェーズに含まれる行動1~行動3

 行動1:「目指すべき姿」と実現ストーリーの明確化
 行動2:「成長戦略・ストーリー」の共有・浸透
 行動3:入念な準備に「時間をかける」

 は、日本電産では、連載第3回の企業変革WPR2の目標と、ビジョン2020(2015年4月発表)が該当すると考えました。

 目指すべき方向は、「ビジネス・ポートフォリオの転換と拡大の推進」(WPR2)方針による「需要のピークアウトが鮮明になってきた主力事業の精密小型モーターから、次代の成長を担う車載用と家電・商業・産業用の中・大型モーターへの、ビジネス・ポートフォリオ転換と拡大」とされました。

「成長戦略・ストーリー」として、「連結売上高1兆円」(2012年度展開のWPR2“兆円企業へのあくなきこだわり”:2014年度達成)を経て、「2020年目標売上高2兆円(売上成長1兆円の半分、5000億円はM&A)」(ビジョン2020)が示されます。

 同時に、クロスボーダーM&AとPMIを支える経営管理の仕組み・体制として前述のグローバル5極経営管理体制の構築が示されました。この5極体制構築は、「入念な準備に『時間をかける』」方針で、地域ごとのニーズに即して進められ、連載第4回に記載の通り、2012年度に始まり約6年間かけて完成します。

 次に、【ディール実行】フェーズの行動4:買収ありきでない成長のための判断軸についてです。日本電産では、前述のM&Aを成功に導く3つのポイントの一つ、「高値づかみをしない」適正な買収価格が基本とされています。その前提として、前述の通り戦略的買収者(Strategic Buyer)であり、質の高い買い手(Quality Buyer)であることも売り手の譲渡先決定の重要な要素の一つとなっていると推測されます。
 
【PMI】のフェーズの行動5:統合に向け買収成立から直ちに行動に着手については、日本電産では永守社長の「クロージングは1合目」という発言に見られるように、譲渡完了のクロージングまでのプロセスはM&Aプロセス全体の1割程度と見なし、シナジー実現を図るPMIが9割のウエートを占めるとされ、PMIの重要性が強調されています。

 本稿冒頭で論じた価値創造のサステナブル経営軸の「経営理念・経営哲学」「企業価値の創出」「企業価値の毀損防止」の3領域すべてで、クロージング直後から同時並行でPMIが高速で進んでいくものです。

 PMIでは、買収主体である事業本部や国内グループ会社が、プロフィットセンターとして、すべてのM&Aプロセス(ディールプロセスからクロージングを経てシナジー実現)に一貫して責任を持ち、早期シナジー実現と事業統合後の業績結果責任を担う体制です。

 役割分担としては、ディールプロセス(ターゲットの発掘から、M&Aに関する経営執行側の判断を行うM&A委員会への起案、デューデリジェンスと交渉を経て契約成立からクロージングまで)は、M&A専任組織が、全面的に買収主体をサポートします。M&A経験豊富な投資銀行出身者などのプロフェッショナルで構成された組織でした。

 クロージング後は、前述の3領域で、事業のPMIとサポート機能のPMIが同時並行で進みます。事業のPMIは買収主体の事業部門が主導します。サポートの機能のPMIは、事業主体が本社コーポレート機能部門(営業、購買、開発、生産管理、人事、法務、経理〔連結決算〕、財務〔グローバルCMS〕など)と、地域統括会社と協働し、サポートを得ながら推進します。

 この事業とサポート機能の両面における同時並行かつ、高速なPMI推進により早期のシナジー実現を図るものです。

 このように買収主体(の事業責任者)が、それぞれのフェーズで社内の関係部門と協働しサポートを得ながら、ディールプロセスからPMIまで一貫して責任を持つ体制が、「計画と実行のギャップ」を回避する上で重要だと考えます。

「計画と実行のギャップ」とは、ディールチームとPMIチームのメンバーが異なることによって生じるギャップです。ディールチームは、上記のディールプロセス(M&Aのターゲット発掘からデューデリジェンスと交渉を経て契約締結、そして関連当局の認可を経て譲渡完了のクロージングまで)を担当し、PMIチームはクロージング後のPMIを担当します。

「計画のギャップ」は、買収価格決定のベースとなるディールのさなかに立てた計画とクロージング後の実態をベースにした事業計画とのズレ、予測と実績の乖離を表します。PMIで想定したシナジー実現についてコミットせず、したがって結果責任を担わないメンバーが策定した計画が、予実管理上で乖離を生ずるのは当然ともいえます。

 日本電産ではPMIにおいて、被買収会社の利益ある成長だけではなく、既存ビジネスとのシナジーについて、買収前に事業関係者によるコミットメントがされていました。重要なのが事業側のPMI責任者の任命で、グループ内に最適人財がいない場合には、ディールプロセスと並行して採用活動を進めることもあります。

 事業本部や子会社の経営陣が買収主体として、クロージングまではM&A専任組織のサポートを受けながらディールを進め、クロージング後はコーポレート機能と連携しながらPMIを一貫して自己責任で推進します。したがって、「計画と実行のギャップ」を生じさせない体制であり仕組みです。

 行動6:買収先の「見える化」の徹底(「任せて任さず」)
 過去、日本企業のクロスボーダーM&Aに関して、買収後数年間は被買収会社の経営陣を信頼するスタンスで経営を任せておいて、数年後に巨額ののれん減損に追い込まれてからグローバル本社が介入を始める、といった事例が何度か報じられてきました。

 これに対して日本電産では、被買収会社の経営幹部に日本電産本体と同じ経営姿勢を求めます。それは、筆者理解で要約すると、「現場・現物・現実の三現主義に基づき、経営層や管理層の幹部も率先して現場に足を運ぶ(ハンズオンと『任せて任さず』)。現場の詳細確認を行いながら、短周期のマネジメントサイクルによりPDCAを高速回転させて、不断の改善活動に取り組む」姿勢です。

「任せて任さず」は、松下幸之助も使用した言葉といわれていますが、永守社長も繰り返し使われてきた言葉です。PMIにおいて「信頼して任せるけれども任せ切り(の放置状態)にしない」という意味で、とても重要な言葉だと思います。

PMI推進の基本的な考え方は、

(1)日本電産の経営哲学と経営ノウハウを導入しながら、意識改革と行動変革を促進。本質的経営課題の早期把握と早期解決のPDCAを短周期で高速で回転させ、結果の向上を促進
(2)買収直後にリストラや買収した事業の切り売りは基本的に行わない
(3)クロージング直後から、投資対効果を見極めた上で、技術、設備、人財等に積極投資を行い、経営効率を高め、士気を高揚させ、業績結果を向上させる
(4)成果/業績結果と、市場標準の報酬がフェアに連動する仕組みを導入して、モチベーションを高める。そして、シナジーの早期実現により、持続的な企業価値向上と報酬レベル向上の好循環を生み出す
(5)PMIの進展を見て被買収会社によるM&Aを実行する。買収された会社が自ら自分たちの成長戦略を描き、M&Aを行うことは、さらにモチベーションを高めることにつながる

などが特徴といえると思います。

 行動7:自社の強み・哲学を伝える努力
 次に、経営哲学や経営ノウハウの伝授は、日本電産の3大精神(「情熱・熱意・執念」「知的ハードワーキング」「すぐやる・必ずやる・できるまでやる」)に始まり、前述の企業価値創出と毀損防止の両面の経営管理ノウハウを伝えていきます。

 経営ノウハウには、日本電産の三大経営手法※として公表されている「井戸掘り経営」「家計簿経営」「千切り経営」(英語ではそれぞれ“Well digging”“Household accounting”“Bite-size problem-solving” ) も含まれます。

 たとえば、フランスの会社を米国法人が買収した際には、買収主体事業部門の米国人幹部がフランス人幹部に対して、経営哲学や経営ノウハウを得心が得られるまで説明を行いました。これは、米国人幹部が経営哲学や経営ノウハウを習得している証左であり、このようなハンズオンによるきめ細かい対応が、PMIを促進させ早期のシナジー実現につながっていきます。
 
※「三大経営手法」:「井戸掘り経営」=井戸を掘れば、新しい水が湧いて出てくる。同じように、問題を深掘りしていけば、改善のアイデアも次々に出てくる。「家計簿経営」=それぞれの家庭が収入に応じた生活をしているように、収支のバランスを踏まえた企業経営でなければならない。「千切り経営」=難しい問題でも、小さく切り刻めば解決の糸口が見えてくる。

持続的企業価値向上に貢献する
クロスボーダーM&A

【Post-PMI(過去の検証と次への準備)】

行動8:海外M&Aによる自己変革とグローバル経営力
行動9:過去の経験の蓄積により「海外M&A巧者」へ

 クロスボーダーM&AとPMIについて、日本電産における経験則などから、地域統括会社の役割にM&AのデューデリジェンスとPMIのサポートを加えることは意味があると考えます。

 連載第4回で解説した、日本電産のグローバル5極マトリックス型経営管理体制で考察した事業軸(縦軸)と機能軸(横軸)のマトリックスとは、

・事業軸(縦軸):事業本部と国内グループ会社がプロフィットセンターとして収益責任を負いながらグローバルに事業を展開

・機能軸(横軸):京都本社と地域統括会社はコストセンターとして、一義的には収益責任を負わずにプロフィットセンターをサポート。地域統括会社の役割は、経営品質(ガバナンスとコンプライアンス)と経営効率(域内シェアードサービス提供)の向上、そしてM&AとPMIのサポート

 から成ります。

 地域統括会社の役割に加えられたクロスボーダーM&AのデューデリジェンスとPMIのサポートは、M&A件数の増加とともにノウハウが蓄積され、効果が上がっていく項目です。

 現地人幹部間の円滑なコミュニケーションに基づき、M&AとPMIに関する高度専門性を有する社内のプロフェッショナルから提供されるサポートは、効率的で効果的です。また、属人的になりがちなM&A関連ノウハウをマニュアル作成により形式知化を図ることでグループ内に蓄積していくと同時にM&A人財の育成にも役立ちます。

 これは、「日本企業にはそもそもクロスボーダーM&Aを担当できる人財が少ない」という指摘に対する、トランスナショナル発想に基づく解になると考えています。異文化で、このような環境に若手の管理職/社員を業務支援やOJT目的で派遣することは、効果的な人財育成にもつながります。

 日本電産の事例では、米州統括会社では、設立当時、京都本社の筆者が非常勤で社長を兼務しましたが、常勤の女性CFO以下の幹部は米国人で固められました。企業価値創出の経営管理面では、経営効率向上のサポートをします。企業価値毀損防止の経営管理面では、お目付け役的にガバナンス、コンプライアンスの体制・仕組みづくりと、順守徹底を図り、監視を進めます。

 一方で、M&AのデューデリジェンスとPMIに関しては、専門性高いプロフェッショナルとして、ネイティブ同士によるスムーズなコミュニケーションをベースに、効率的で効果的なサポートが提供されました。

 ビジネスパートナーとしてのサポートは、その知見とノウハウがWPRマニュアル同様に、M&A・PMIマニュアルとして標準化され、形式知化されました。これにより、M&AとPMI関連ノウハウは属人的にならず、蓄積され、共有され、活用されていきます。これは、プロフェッショナルの流動性の高い欧米社会では重要なポイントと考えます。

 日本電産では買収対象が欧米の会社だと、「日本人がトップを務めることは難しい」というのが永守社長をはじめ経営陣の認識でした。お目付け役的に日本から幹部が派遣されることはありますが、欧米の会社の事業主体は基本的に欧米人とされてきました。

 被買収会社の幹部と従業員との相互信頼に基づき、シナジーの早期実現に焦点を置きながら、経営哲学と経営ノウハウ(企業価値創出と毀損防止の両面)が伝えられていきます。科学的で合理的な説明に基づく経営ノウハウの導入によって成果が上がれば、被買収会社の幹部も得心して、利益ある成長の高い目標に挑み続け、従業員の士気も上がっていきます。
 
 日本電産で2010年以降クロスボーダーM&Aの件数が増え始めた当初は、多くの日本企業同様にクロスボーダーM&A対応の社内のリソースは限定的だったといえます。M&Aでグローバル化の契機になったのは、家電産業用モーターでは2010年の米国エマソン・エレクトリックの祖業の中型モーター事業の買収です。

 エマソン・エレクトリックは、米国社会で高い評価を得てきた会社で、その経営についてはPerformance Without Compromise(邦訳『エマソン妥協なき経営』、チャールズ・F・ナイト、ディヴィス・ダイヤー著、浪江一公訳、ダイヤモンド社)という本が出版されています。

 「欧米人幹部を最初から信頼して大丈夫ですか」という質問を受けたことがあります。エマソン・エレクトリックからM&Aに伴い、移籍してきた米国人幹部の多くはMBAの保有者、CFO部門ではCPA(公認会計士)の保有者で経験豊富なレベルの高いプロフェッショナルが多くいました。ビジネスの討議を通して、連載第1回で論じた倫理観とキャリアセキュリティー意識の高いプロフェッショナルであることがすぐに伝わり相互の信頼感が醸成されていきます。

 グローバル標準の経営管理手法や経営管理指標の話をするとすぐにピンときて、それが評価と報酬にフェアな形で結び付いていればモチベーション高く目標達成に向けたリーダーシップを発揮してくれます。筆者にとっては、サン・マイクロシステムズで、シリコンバレー本社のCFO機能幹部とインテグリティーと受託者責任(Fiduciary Duty)をベースに討議をした経験と重なるものでした。

 このM&Aは、家電・商業・産業用モーター事業ならびに日本電産グループのトランスナショナル化進展の契機となったと思われます。