朝日新聞のマニラ支局長などを経て2009年に単身カンボジアに移住、現地のフリーペーパー編集長を務めた木村文記者が、カンボジアで起きた製靴工場の天井崩落事故と労働環境の現状についてレポートします。
天井崩落の原因は建物の手抜き工事?バングラデシュで1100人以上が犠牲になった工場倒壊事故の記憶も新しい5月16日、カンボジアでまた悲劇が起きた。
カンボジア南部コンポンスプー州の製靴工場「ウィングスターシューズ」の天井が突然崩落。工員少なくとも2人が死亡し、11人がけがをした。工場は台湾企業が所有し、日本のスポーツ用品大手「アシックス」が製造を委託していた。
アシックスは17日、「当事故を深刻に受け止めるとともに、亡くなられた従業員およびご遺族に対し深い哀悼の意を表します現在、被害にあわれた方々へのサポートを検討しながら、事故調査について現地の関係各位と協力して行っています」との声明を発表した。
地元紙の報道によると、事故当日、工場は平常通り午前7時に始業した。が、それから間もなくして、コンクリートの天井が約9メートル×14メートルにわ たり崩落した。崩落した天井の上は、製品倉庫になっていた。天井が崩れ落ちる前に異様な音が聞こえた、との証言もあった。
国土管理・都市計画建築省のコンポンスプー州建築局によると、この工場は約1年前に建設された。だが同局は、工場が倉庫にしていた部分は当局の許可を得 ないまま建設されていた、と主張している。マム・ナライ局長は「建築中に検査に入ろうとしたところ、工場所有者が海外にいるとのことで、中に入って調べる ことができなかった」と話した。
崩落部分の下で働いていた工員は約100人だが、工場全体の工員は7000人に及ぶ。
この事故で犠牲になったうちの一人、シム・スレイトウさんは、5月2日にこの工場で働き始めたばかりだった。スレイトウさんは「22歳」と報道されてい る。だが、プノンペンポスト紙は複数の家族の証言をもとに、彼女が実は15歳だったのではないか、と伝えている。仕事を得るために22歳と偽っていたのだ という。
また、別の地元紙によると、スレイトウさんの母親(41)は「娘の年齢は22歳」と主張しながらも、「仕事をしながら近くの学校に通う9年生だった」 と、語った。母親によると、スレイトウさんの姉2人も同じ工場で働いている。母親は、「このあたりでは働ける場所といえばそこだけ。でも、娘たちがまたあ の工場で働くのは心配でたまらない」と話した。
もう一人の犠牲者、リム・サルンさん(24)は、父親になったばかりだった。生後わずか1カ月の赤ちゃんを抱えた21歳の妻は、「夫が亡くなり、どうやって暮らしていったらいいのか」と嘆いた。労働環境改善事業「ベターファクトリー」の効果はあったのか?
カンボジアには約400の縫製工場、45以上の製靴工場がある。
だが今回の事故で、この事業の「効果」に疑問の声が上がっている。
この事業では、工場の労働環境について、換気や衛生状態、労働者の福利厚生、労働法を順守しているかなど、さまざまな項目について、全国の工場を定期的にモニターしている。たとえば最近では、緊急時の避難経路を障害物なく確保している工場は57%に過ぎなかった、と報告している。ただ、違法状態や危険な状況が見つかっても、その工場名の公表まではしていない。
また、縫製工場は300カ所余りをモニターしているが、近年急増した製靴工場について、モニターしているのは45カ所のうち9カ所のみ。強制的な立ち入りはできず、今回事故のあった工場もモニターの対象にはなっていなかった。
働く人々にとって、カンボジアの工場の危険さは、手抜き工事だけではない。防火対策がない、換気が悪い、室温が適切ではない、トイレが不衛生など多々ある。そこで作られる製品の行く先はほとんどの場合、日本を含む先進諸国の消費者であり、工員たち自身ではない。
私たちは、自分が手にする商品の「源流」をもっと知ったほうがよい。
(文・撮影/木村文)