情報革命後の目に見えにくい世界を見通すには、仮説(仮の答)を立てて検証する力が求められる。今回登場いただくのは、口を開けば「仮説」と「検証」という言葉がでてくることで有名な、セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長兼CEOである。

 鈴木氏は仮説の設定と検証を通じて、セブン-イレブンを日本で大成功させた立役者だ。アマゾン・ドット・コムがセブン-イレブンの店舗に配送用のロッカーを設置させてほしいと頼み込むほど、情報革命後の世界においても存在感を発揮している。ここではセブン-イレブンを題材に、次のエクササイズに取り組んでもらおう。

【エクササイズ】
Q:セブン-イレブンの1店舗あたり売上高は67万円と、他のコンビニの50万円台前半の水準を圧倒しています。この違いがどこから生まれてくるのか考えてみましょう。
(ヒント)目に見えるところだけを見ていては、なかなか違いに気づきにくいでしょう。

店づくりは他社とほぼ同じ
勝因はそれ以外の“ある差別化”

 コンビニの店舗に入ると、どこも同じような広さで、同じような什器、同じような品揃えの店が多い。このため、自分が入った店がゼブン-イレブンなのかローソンなのか、ファミリーマートなのか、最後まで気づかないことすらある。小売業や外食業には、「フォーマット」と呼ばれる店づくりの成功パターンがあるからだ。コンビニ、スーパー、ファミレス、牛丼チェーンなど、タイプ毎に店づくりの成功パターンが解明されてきており、系列は違えども、似たような店づくりに収束していく傾向がある。

 ところが、1店舗あたりの売上高を見ると、セブン-イレブンは67万円と、ローソンの55万円、ファミリーマートの53万円を圧倒している。その原因は、店づくり以外のところにあるということになる。

それがここでの問いである。

 結論からいうと、商品が買い上げられるスピードが違うのだ。これは有名な話なのだが、海辺の町で、釣り船の発着場へ続く道沿いにセブン-イレブンの店があった。ここで、いつも同じおにぎりの品揃えをしていれば、商品が買い上げられるスピードは他社と同じになる。

 ところが、「この週末は暑くなりそうだ。そうすると、お客さんも早朝に買いに来たとき、炎天下でも痛みにくい梅のおにぎりを選ぶのではないか」という仮説を立てるのがセブン-イレブンなのだ。

そして、梅のおにぎりをいつもより多めに品揃えしておくと、それが瞬く間に売れる。

 長い冬の終わりごろ、少し温かくなる日がある。そうしたとき、「冬の間食べていなかった冷やし中華やアイスクリームを、急に食べたくなる人たちがいるのではないか」と仮説を立てる。それに合わせて品揃えを充実させておくと、それがまた売れる。こうした仮説を立て、商品が買い上げられるスピードを極限まで高めた結果が、圧倒的な1店舗あたりの売上高に表れているのだ。

 鈴木会長が、常々「我々の競争相手は同業他社でなく、めまぐるしく変化する顧客ニーズである」というのはここに理由がある。

同業他社の店づくりを見ていても、結局フォーマットに収束していくだけで、差別化にはならない。本来の差別化を追求するなら、顧客の心の内側を見にいく必要があるということだ。鈴木氏がよく「経営を心理学で捉える」といわれる所以はそこにある。

常識に縛られていると
本質は見えてこない

 鈴木氏は出版取次大手のトーハン出身という異色の経歴を持つ。イトーヨーカドーの店頭支援で服を売ったこともあるが、「お前が立っていると喧嘩を売っているみたいだ」といわれたそうだ。ジェフ・ベゾスが小売業の門外漢でありながら、アマゾンを立ち上げ、小売業を根底から揺さぶる存在になったことと似ている。

 門外漢であるだけに、業界の常識には縛られない。例えば「現場に行け」「他店を見学しろ」はこの業界の常識だが、鈴木氏はそれを戒めている。情報が瞬時に伝わる時代においては、店づくりや品揃えのように、目に見えるものだけを見ていても、本質は見えてこないからだ。むしろ既存のモノの見方に汚染された情報をつかまされるだけと考えているようだ。

 例えば、多くの人が「多様化の時代」を唱える中で、日本人の姿は「画一化」しているというモノの見方を提示したことはよく知られている。皆が求めるモノがめまぐるしく変化しているから「多様化」しているように見えているだけで、その実態は、皆が同じブランドに飛びつく「画一化」。

こうした「本当のようなウソ」を冷静に暴いてみせる。

 一時期さかんに唱えられた「コンビニ5万店飽和論」も同様だ。鈴木氏は一貫して「マーケットはいま大きく変化している。変化に対応していく限り、市場飽和はありえない」と訴え続けてきた。過去の常識から自由になることで、世界を新鮮な目で見ることができるのだ。

 もうひとつ鈴木氏の特徴として挙げられるのが徹底した顧客志向である。真に顧客の心理を優先すると、売り手にとって不都合なことがたくさん出てくる。「鮮度」にこだわると配送回数が増える。死に筋商品を捨てると処分損が出る。周囲に別のセブン-イレブンの店が出ると自店の売上が減る。鈴木氏はこうした売り手の論理を一切意に介さない。メーカーに対しても妥協しない。品揃えを広げ、商品同士を競わせる。遠隔地の大工場でなく、消費地に近いところに小規模の専用工場をたくさんつくらせる。

 こうした「業界の常識」に縛られない自由なモノの見方が、消費者の内面に関する斬新な仮説の設定を可能にし、商品の買い上げスピードを高めている。と同時に、仮説を検証することを通じて「本当のようなウソ」を暴き、常識に縛られないモノの見方を獲得している。

仮説設定・検証力を高める
ダイレクトコミュニケーション

 しかし、鈴木氏が真に優れているのは、それを自分の個人芸に留めず、組織能力にまで高めているところにある。

 この斬新な仮説の設定を組織的に推進する上で重要な役割を果たしているのが、全国各地に散らばる、2000名を超えるOFC(オペレーション・フィールド・カウンセラー)だ。OFCは各地域における店舗を訪問し、店長や店員が仮説を立てるのを支援するとともに、POSデータを使って仮説の検証を行い、彼らにフィードバックする。

 また、毎週1回東京の本部に集まり、全国で行われた検証活動から得られた洞察を吸収する。その中に自分の担当地域に横展開できるアイデアがあれば、すぐに店長たちと共有する。週1回2000名を超えるOFCを東京に集めるのには相当なコストがかかっているはずだ。普通の企業なら、コスト削減の観点から、成功事例集をつくってメールで配信する、ビデオ会議に変えるなどのアイデアがすぐに出てきそうだ。

 しかし、鈴木氏は成功事例をマニュアル化することを戒めている。そんなことをしても、すぐに真似され、効果が長続きしないことがわかっているからだ。鈴木氏が着目しているのは、そうした目に見えやすいところではなく、絶えず最新の仮説を立てる組織能力を高めることである。そのために、週1回のダイレクトコミュニケーションが重要な役割を果たしているのだ。

 それでは、なぜ週1回のダイレクトコミュニケーションが仮説設定・検証力につながるのだろうか。前回グーグル創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンを紹介した際に、イノベーションを生む人間の脳の働きについて触れた。

「石のかけら」と「木の棒」という、一見関係のない2つの概念が、われわれの無意識の世界の検索活動に同時に引っかかり、「ヤリ」という新たな概念(上位概念)が生まれる人間特有のメカニズムだ。

 店頭でのものの動きをPOSデータを通じて観察していると、次第に色々なことが気になるようになっていく。つまりOFCの無意識の世界の検索活動に、様々なことが引っかかるようになるのだ。それがある時、「消費者が求めているのはコレではないか」という仮説となって、突然頭の中にひらめく。

仮説の検証を繰り返し
目利き能力を鍛える

 それを実際に店の品揃えに反映させ、その効果を検証してみる。こうした活動の中から、見えていなかった消費者の頭の中を垣間見ることが可能になる。また、こうしたことを続けるうちに、次第に消費者の感じていることを我がことのように実感できるようになっていく。なぜなら、OFCの無意識の世界の検索パターンが、消費者に合わせてチューニングされていくからだ。

 これが目利き能力を獲得するメカニズムである。この目利き能力を一旦獲得できれば、後は顧客の内面に関して、勝手に仮説が浮かび上がってくるようになる。鈴木氏がその重要性を理解していることは、次の言葉から伝わってくる。

「POSデータは仮説を検証するためのものだ。問題意識を持って動きを見れば、意味や文脈が浮かび上がり、そこから仮説が生まれる」

「直観と客観によって仮説を立て、実行した結果を検証し、発想力をさらに強化していく」

 つまり、仮説の検証を繰り返すことで斬新な仮説を設定する力を高めることが可能なのだ。セブン-イレブンは、まずOFC自身に仮説の検証を繰り返させることで、地域の目利き能力を身につけさせる。

 その際、週次ミーティングを通じてOFCの無意識の世界を刺激し続けることが重要なのだ。それによって新たな仮説が浮かび上がるまでの期間を短縮することができる。そして、それを繰り返すことで目利き能力を獲得したOFCが、今度は地域の店長や店員に同じように刺激を与え、仮説の検証を繰り返させる。毎日1000万人の顧客の行動と心理を読むのだ。そこで鍛えられた力が、組織としての成功要因にならないはずはない。

 セブン-イレブンにとって週1回OFCを集めることは、仮説の検証を後押しするために不可欠のことであり、成功事例集で代用できるものではないのだ。セブン-イレブンの店舗を見ていても、他のコンビニとの違いには気づきにくい。それにもかかわらず、1店舗あたりの売上高に大きな差が出ているのは、こうした目に見えないところに成功要因があるからだ。

 鈴木氏は多くの経営者とは異なり、「現場主義」を重視しない。目の前の現象に踊らされることを懸念するからだ。いま目の前で売れているものを自店の棚に並べてみたところで、情報革命の時代においてはすぐに顧客に飽きられる。確からしいものにすがるのでなく、勇気を出して顧客に対して先手をとってはじめて、相手の琴線に触れることができる。

「私はこれが欲しかったんだ!」という驚き、そんな商品と出合った喜びこそが、顧客に財布の紐をゆるめさせる。このため鈴木氏は、「明日のお客様」が何を求めているかについて仮説を立て、徹底的に検証すことを求める。このあたりは、「顧客が何を望むかでなく、何を望むようになるかを考える」と言っているスティーブ・ジョブズと共通するものがある。

 鈴木氏が、客観的な「データ主義」を標榜する一方で、直観を重視するのは、データによる検証の繰り返しが、新しい仮説を生む力につながることを知っているからだ。ジョブズが自然科学と人文科学、技術とデザインの両面性を持っていたのと同じように、鈴木氏もある見方からは客観的に、別の見方からは直観的に見える。