忘れもしない2006年。南米産の輸入ペット用カエルから恐ろしい感染症が発見された。
これこそ、日本中のカエルとその愛好家を恐怖のどん底におとしいれた「カエルツボカビ症」である。

この病気は真菌(水虫菌などと同じ系統の菌)がカエルなどの両生類の皮膚に寄生することで発症するのだが、驚くべきはその致死率である。中南米やオーストラリアにおける被害は甚大で、ある地域ではこの病気の侵入により、わずか数カ月で90%ものカエルが絶滅したという報告もあるほどだ。

そして2009年。日本中の田畑からはカエルが姿を消し、夏の風物詩を失った日本の生態系は大きく乱れた……かと言うとそうではなく、うちの田舎の田んぼでも、あいかわらずカエルはケロケロと大合唱している。

あれ? じゃあ、結局カエルツボカビ症ってどうなったのかしら。

あれだけ世間をにぎわせたのがウソのような現状に、安堵しつつも疑問を感じたのでWWFジャパンに問い合わせてみた。

すると何とも意外な回答が得られた。
その後の研究で、日本の両生類の多くは、もともとカエルツボカビ症に対して高い抵抗力を有しているというのだ。どうりで、国内のカエルがケロッとしているわけである(シャレじゃないよ)。
また、日本の固有種であるオオサンショウウオの保存標本をDNA分析したところ、オオサンショウウオには古くからカエルツボカビが寄生していたという新事実まで明らかになったという。
これらの事実から、そもそもカエルツボカビ症の起源は日本、もしくはアジア圏なのではないかという新仮説まで立てられているそうだ。


まだまだ研究中のレベルではあるが、どうやら日本原産のカエルはカエルツボカビ症に対して、過度に心配する必要はないようだというのが大方の見方らしい。
また、2006年時点では感染したら打つ手がないといったニュアンスで報道されたが、その後、抗真菌剤にツボカビ症のカエルを浸すことで、治療ができたという報告もあり、必ずしも「感染したら打つ手なし」という状況でもないらしいことがわかりつつある。

ただし、あいかわらず両生類にとって、この病気が大いなる脅威であることに変わりはない。
日本でも、2007年に発せられた「カエルツボカビ症侵入緊急事態宣言」は引っ込められていないし、ヨーロッパ、オーストラリア、中南米などのカエルには耐性がないため、甚大な被害が想定される。
中国から食用・ペット用に養殖されたカエルが欧米に輸出されたり、日本からもオオサンショウウオが展示用に海外に移送されている背景を考えると、人間がアジア圏から世界中にカエルツボカビをばらまき、その結果、多くの両生類を絶滅の危機に追いやっている可能性があるのだ。

人間が生態系を無視していろんな動物をあちこちに輸送したことで広まったカエルツボカビ症。
これって実は、アライグマやマングースなどを人間が持ち込んで、生態系を混乱させている外来種問題と同じなのである。人やモノの無秩序な移送が今回のようなカエルの病気の蔓延(パンデミック)をもたらしたが、これは新型インフルエンザにもあてはまる現象であり、人間にとっても、リスキーな状態なのだそうだ。

いちライターが答えを出せるような簡単な問題ではないが……、いろいろ考え直さなくちゃいけない時期に来ている気がするぞ。
(新井亨)

※記事作成にあたり、以下の論文を参照、引用させていただきました
Goka et al. (2009) Amphibian chytridiomycosis in Japan: distribution, haplotypes, and possible route of entry into Japan.
Molecular Ecology, in press.