田中ユタカの長編『ミミア姫』最終巻が9月22日に発売になりました。
3巻は厚さにして普通の単行本の倍以上の4cm近く、546ページになっています。
愛蔵版ではない通常単行本としては異例なボリュームのこの3巻、加筆修正は200ページ以上に及びます。
1992年からマンガを描き始め、現在は一般誌もエロも両方描く作者。エロマンガでは一部ファンに「永遠の初体験作家」と呼ばれ、少年少女の繊細な心理描写が高い評価を得ました。

数多くのファンから強い支持を受けている田中ユタカ氏に、今回は『ミミア姫』完結にあわせてインタビューをしました。氏はインタビューに関しても真剣に向きあい、質問に対しての解答を無数のメールで送り返し続けてくれました。思いの詰まった言葉の数々を、たっぷり前後編で掲載します。


田中ユタカプロフィール:1992年デビュー。人間の純愛を描き、多くの読者に支持された。代表作『愛人[AI-REN]』『愛しのかな』『初夜』『もと子先生の恋人』『ミミア姫』など。
田中ユタカのページ(公式サイト)
twitter/田中ユタカ


――漫画を描きはじめたきっかけはなんですか?

田中 描き始めたのは、ちゃんと働こうと思ったからです。働いて生活のお金を自分の手で稼ごうと。マンガなら今すぐ何も手元になくても一人でも始められると思って。
マンガは好きでしたし、よく絵は描いたりしていましたけど、いわゆる「マンガ少年」ではなかったと思います。同人活動の経験もなかったですし、まとまった作品を描いたこともありませんでした。自分にとってマンガを描くことは趣味でも楽しみでもなく社会参加のための手段でした。

――最初に書き始めたのはエロマンガですよね。

田中 青年マンガも少女マンガも描いてみました(青年誌で一度デビューもしました)。ついに仕事をくれたのがエロマンガ誌でした。
本当にうれしかったです。死ぬまで感謝します。「仕事」があってお金を稼げる、この世間でなんとか真っ当に生きていけることが、なにより大事で、うれしいことでした。作家性とかそんなことよりも。
 
――その頃から作家としてのテーマが一環しているとぼくは思うのですが。

田中 仕事をするようになってからようやく、人が読むものを描いていることの、怖さと貴さを感じるようになりました。
その辺に捨てられているようなペラペラのエロマンガにも、人の生き死にが掛かっているのだということを学んでいきました。エロマンガの編集者と読者からマンガ家としての基本姿勢を学べたのは僕にとって大変幸せなことでした。
ちなみに僕は「元エロマンガ家」ではなく現役です。『ミミア姫』と同時に携帯のHコミックを描いています。今月も携帯コミックで新作を描きます。
(描き下ろし作品はNTTソルマーレ・コミックシーモアより配信中)

――ケータイコミックというのは今までと違う全く新しい舞台ですよね。
現在『ミミア姫』の一部もWEBで無料公開されており、これも珍しいパターンだと思うのですが、どのような経緯でそうなりましたか?

田中 第2巻が発売されてから2年以上が経っていました。第1巻、第2巻の内容を紹介したいが、要約することが非常に難しい作品ですし、小冊子などで限られた数ページ部分だけをダイジェストにしても魅力は伝わりにくい。Webなら各章を丸ごと紹介できると考えました。そこで電子書籍形式のものを作ってみようと思い立ちました。編集部に「いいですか?」と確認しましたら、まったく問題なしという即答でした。何しろ作品を読んでもらえる機会を少しでも多くすることがいちばん大事ですから。
PDFファイルは見よう見まねで1週間ぐらいかけて僕が作りました。実に素朴なものですが『ミミア姫』の電子書籍版が出来ました。

――電子書籍、という言葉もあちこちで聞くようになりましたね。

田中 電子書籍の登場で何が変わっていくのか僕もすごく興味があります。手作りの電子書籍版『ミミア姫』はおかげさまで好評です。読者の方に最終巻を前に、第1巻第2巻の内容をまた新鮮な姿で読んでもらえました。店頭で分厚い第3巻が気になった、これまで『ミミア姫』を読まれたことのなかった方も第3巻だけを買っていただいても、ちゃんと楽しめるように役立ってくれるとうれしいです。どうぞ、読んでみてください。
ちなみに、今回のPDF版『ミミア姫』は「出版物の複製」ではないです。原稿になる以前の生データから作者が全て新しく作りました。絵もテキストも随所に変更修正が加えられています。いわば別バージョンの新作なんです。
iPadでもちゃんと読めるよと写真つきでTwitterで知らせてくれた読者もいらっしゃいました(僕はまだiPadを持っていないのです)。すごく感激しました。そう、最近始めたTwitterでは毎日ごく普通に読者の方とお話しています。これは何気に革命的なことです。これまでは作者と読者のオープンな直接の接触はかなりのタブーでしたから。電子書籍やケータイといった形態だけでない、もっと大きな変化を感じます。

――ところで今回の3巻のボリュームがものすごいのですが、どのような経緯でこうなったのでしょうか?

田中 厚くなるだろうとは覚悟していましたが、こんな辞書より分厚い本にするつもりはありませんでした。途中で分冊案も出掛かりましたが、1冊で行こうとなりました。編集部は「ウチは厚い本を作るのは得意です。作者が完全に納得するまで描いてください。何ページになろうと大丈夫です」ということでした。読者にとって特別な1冊になるものを作ろうと目指しました。
雑誌版はそれはそれで完成作品で、単行本はその完成作品の地点からもう一度作品に取り組む、新作を創作するというのが、僕の仕事の慣わしです。
一発で完成形に到達してしまうタイプの作家もいらっしゃいますが、僕は描き直すことでしか作品を良くすることが出来ないタイプの描き手ですから、僅かでも描き直しの機会があれば手を入れたいのです。

――『ミミア姫』は特に丁寧に作られている作品ですよね。作中で「物語」について非常に練り上げられていると思いますが、「物語」とはなんだと考えておられますか?

『ミミア姫』創作メモより
----------------------------------------------------------------------
人は世界を「物語」の姿で理解します。「物語」の形にしなければ理解できないです。世界とは「物語」。「物語」とは紛れもなく作り物です。「物語」は常に語られ直し書き換えられます。その書き換えられる作り物の世界に生身の人間は生まれて生きて死んでいく。
「物語」に含まれていることで人は人になる。人は自分を作り上げている様々な「物語」から切り離されて自由になることはできません。そんな不自由な人間はせめてどう生きるべきか?「物語」をどう書き換える?
----------------------------------------------------------------------

物語のありかた、そして描かれる人間の姿についてもさらに語っていただいています。
後編に続きます。(たまごまご)