「ミスター・ピルグリム! オレはラモーナの最初の邪悪な元カレだ! さあ、決闘を始めよう!」

リアルでこんなセリフ、一度は言われてみたいよなあ。いとしのラモーナと付き合うには、どうやら7人の「邪悪な元カレ」を倒さなければならないらしい。
ええと、それってつまり、どんな「高嶺の花」でも、元カレさえ倒せば晴れてお付き合いできるってコト?(←だいたいあってる)

そこには「恋の駆け引き」なんてややこしいものはなく、あるのはシンプルかつ明確な「ルール」と、「クリア」という目標だけ。エドガー・ライト監督の最新作「スコット・ピルグリム VS.邪悪な元カレ軍団」はつまり、恋愛映画ではなく「恋愛映画の形を借りたゲーム映画」なのだ。

自身も熱心なゲームファンであるというエドガー・ライトは、この映画で、ある種のオタク、ゲーマー世代にとっての「理想郷」を描いた。主人公のスコット・ピルグリム(22歳、無職)は、夢で出会った美少女ラモーナ・フラワーズに一目惚れしてしまったがために、否応なしに邪悪な元カレたちとの戦いに巻き込まれていくことになる。

ある日突然、目の前に美少女があらわれ、そして倒すべき強敵が目の前に立ちふさがる。退屈な日常が、自分を中心にゲームのフィールドへと変わっていく──。
スコット君が置かれた状況は、一見めんどくさそうに見えて、実はゲーマー的には「願ってもない」展開だ。なぜか自分は世界でただひとりの特別な存在で、巻き込まれるがままにバトルを勝ち抜いていけば、最後には望みのものが手に入ってしまう。ゲーマーなら誰でも一度は、そんな都合のいいヒーロー像にあこがれたことがあるはずだ。あ、もちろんマジで痛いのとか辛いのはNGね!

見た目はヒョロヒョロのオタク青年。「スパイダーマン」みたいな超能力もなければ、「バットマン」みたいにヒマラヤの奥地で厳しい修行を積んだわけでもない。なのになぜか元カレたちとの戦いになると、人並み以上のバトルセンスを発揮し、リアルで空中コンボ(64HITS!)を決めちゃったりするスコット君は、まさにそんな「都合のいい」ゲームのキャラクターを体現している。

どんなに派手にブン殴られてもキズひとつつかず、倒した敵はコインに変わって崩れ落ちる。爽快感はあるけど、リアルな「痛み」はない。それこそステージをクリアしていくような感覚で、並み居る元カレたちを倒して快進撃を続けていく。ゲイのルームメイトとのやりとりや、元カノとのいざこざとか、バトル以外にも笑えるポイントはたくさんあるけど、やっぱりスコット君が活躍しまくる「元カレたちとのバトルシーン」こそがゲームの本編だと思う。

ふつうは7人目あたりで、「でもやっぱりそれじゃダメなんだよ!」ってな方向に持って行きたくなるところだが、そこはやっぱりエドガー・ライト。最強の元カレとの戦いで、窮地に追い詰められたスコットは、「脱ゲーム」どころか、むしろゲームでしか許されないような、ある「とんでもない方法」で状況をひっくり返す。最後まで「ゲーム」という世界を貫き通した監督の「ゲーム愛」はさすがの一語につきる。そういえば「ショーン・オブ・ザ・デッド」も、最後はすばらしい「ゾンビ愛」で締めくくってくれたもんなあ。


そして同時にエドガー・ライトは、最後の最後でこの「ゲーム」にもきっちりと幕を下ろしている。

スコットがトイレに入ると空中に「オシッコ・メーター」が出現したり、デート中には「パックマン」のタイトルの由来についてウンチクを披露したりと(くれぐれもマネしないように)、本作にはマニアックなゲームネタが満載。しかし何より印象に残ったのは、冒頭のシーケンスで流れる「ゼルダの伝説」のオープニングBGMと、エンドロール直前の「CONTINUE? 9、8、7、6……」というゲーム・オーバーの演出だ。

エドガー・ライトはこの映画自体をゲームに見立て、ゲームを通じて成長していくゲーム・オタクの姿を描いた。
「ゼルダの伝説」で幕を開け、ゲーム・オーバー画面で幕を下ろす──という演出は、この映画が1本の「ゲーム」であることを象徴している。(余談だが、エドガー・ライトはこの映画を撮るにあたって「どうしても『ゼルダの伝説』の楽曲を使用したい!」と、任天堂に「『ゼルダの伝説』は僕らの世代にとっての”わらべ唄”なんだ」と書いた手紙を送ったらしい)

ゲームはしばしば「夢」に例えられる。どんなに楽しい夢にも、いつかは必ず終わりがやってくる。ゲームはいつか終わるものだからこそ、人はその中でスーパーヒーローになれるのだ。最後に「ゲーム・オーバー」の演出を入れたことで、監督はこの映画を「ゲーム」として完成させた。

エドガー・ライト作品の例に漏れず、見れば見るほどに新しいネタの発見があり、隠れキャラクターを探すかのような楽しみも。パンフレットによれば、攻略法は「3回見ること!」だそう。うーん、僕はまだ2回しか見てないけど、公開終了までにあと1回は見に行かなきゃ!
(池谷勇人)
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