小玉ユキ「坂道のアポロン」のアニメ化です。監督は渡辺信一郎、音楽は菅野よう子という、『カウボーイビバップ』のコンビでのアニメーション。
1966年代、厭世観と人生への鬱屈を溜めた優等生の西見薫が、暴れん坊の少年川淵千太郎と出会うことで、飛び出すことを発見する……」
「えーい、かたっくるしいわ! いいからまずはこれ見せろって!」
「あ、ちょ、待ってまだ説明が」
アニメ「坂道のアポロン」公式サイト
「見ろよこのドラム! すっげえだろ……」
「ああ、すごい、確かにすごいよ、でもまだ物語の解説が」
「いいか、まあ、言わせて欲しいんだ。見たら分かると思うけどこのアドリブ演奏にアニメーションを合わせるって尋常なことじゃねえんだよ。どうやって作ったか想像つくか!?」
「えーと、アニメが先か……いや、それにあわせて演奏するって無理だな、演奏した音にあわせて作画……そんな1秒の何十分の一の世界で、ぴったり合わせられるものなの?」
「よう気づいた、そこよそこ。このシーンはまず実際に演奏シーンを録画しているんだ。でもそれだけだとカット足りないだろ? だから10台以上のカメラで撮影して、まずは見栄え良く編集。それにあわせて手描きで作画してんだよ」
「た、大変だな……それを見ながら描いたと」
「でも、見ながら描くだけじゃこのドラムの演奏描写はできないな。
実際にフルで見たら分かると思うけど、ドラムがどういう楽器なのかを理解してないとこれは描けない。例えばスネア(※両足の間くらいに置く。裏にスナッピーと呼ばれる金属線を張り、高くて派手な音がなるようになっている)を叩いたらスティックはどうなる?」
「跳ね返るな」
「そうだ、跳ね返る。小さく叩けば小さく、大きく叩けば大きく。ドラムは力の伝わり方で反応する生き物みたいな楽器なんだ。それを理解して描かないとこのシーンは描けねえ。
叩き方の角度で音が変わるのもちゃんと再現されているんだ!」
「あっ、ほ、ほんとだな」
「タム(※バスドラムの上に固定するものと、右側に置くフロアタムがある。大きさと膜の張り方で音程が変わる)も見てみろ、叩いた「後」に揺れるだろ? バスドラ(※大きくて低い音が鳴る。フットペダルを踏むことで鳴らす)の上に固定しているから、強く叩けば、叩いてあげた分だけ揺れる。揺れている状態のタムを叩く気持ちよさもちゃんとわかっている。バスドラもだ。盛り上がって強く踏めば大きな音が出るが、ただ踏めばいいってものじゃない。
踏んだら鳴る、なんて単純なわけじゃなくて、踏むとペダルが動いてバスドラを叩くから、ほんの少しの時間差がある。スウィングするタイミングで踏むにはそこで早めに踏むか、遅めに踏むか、ノリが必要なんだけどそれがちゃんと描いてある!」
「ただ見て真似て描いていてもだめ、ってことか。トレスじゃないと」
「そうだ! 一番すげえのはシンバルだな」
「ハイハット(※左側にある、ペダルで開け閉じできるシンバル)を気持ちよく踏んでチッチッって音まで拾っているのはステキだよな」
「おう、よく見てんじゃねえか。あとクラッシュライドシンバル(※上の方に配置して、シャーンと音がなるシンバル。ライドシンバルは大きめで上から軽く叩くことでリズムを取る)がすげえ。ライドシンバルっぽく叩くシーンだと、細かく叩くことで揺れるだろ?」
「おう、揺れてる。
でも変じゃね?」
「そうなんだよ! 細かく何度も叩くと、チッチッチって音と細かなゆれがどんどん外側に広がるようになって、気づいたら大きな揺れになるんだ。こっちが操作できないんじゃないかってくらいの怖さで。高いシンバルの音じゃなくて、太く低い音が襲ってくる。でも、それが最高に気持ちいいんだ。その音も、その動きも描いてる。ドラムやってないと感覚的に分からない描写だぜ。
アニメ作った人たち、単に真似てるなんてレベルじゃねえ、ドラムに実際に触れてないとこんなの描けねえよ!」
「二話のセッションのシーンも好きなんだよ。ほら、あれって気づいたらはじまるでしょう?」
「そうそう。セッションって誰かが『よしやるぞー』ってはじめるものじゃない。気づいたら誰かが音を鳴らす。そしてお互いが自由に鳴らし始める。相手のことを信頼してまかせきって、自由に! あれもセッションを実際にやっているか、見てないとわからない感覚だな」
「リアルだよなあ。
ピアノの運指も、一話と二話で変わってるよね。正確無比な演奏から、自由に音を楽しむ演奏になってる。個人的には……やったことないけどウッドベースのお父さんが好きなんだよ。楽しそうに弾くでしょ? 演奏がノッてくると指だけじゃなくて体も動いてくる」
「薫もカチカチだった体から、すっごく楽しそうな笑顔になる。すっげえよ、音楽を演奏する気持ちよさ、楽しんで演奏する心地よさをちゃんと分かって描いてる!」
「しかもほら、ジャズって一回限りでしょう。その瞬間のメンタリティやノリにも左右される。演奏ってモロに出るよね」
「二話のセッションのシーンはマジでモロに出てるよな。こいつらうまいけど、プロじゃねえんだよ、学生なんだよ。だから実際に演奏しているのも、ドラムが18歳の石若駿。若いゆえの勢いや儚さや楽しさって、音に出るもんな。若手ミュージシャンにあえて頼むっていうのはすげえよ」
「……ずっと不思議だったんだよね。『坂道のアポロン』ってそもそもどっちかというと実写向きでしょう? 実際に演奏するシーンもわざわざそこまで苦労して描かないでも、って思っていたんだけど、ちょっとわかったよ」
「おう、どういうことだ?」
「『坂道のアポロン』は、人間との距離感を取るのが不器用で、生真面目で、ストレス負けしてしまう薫が、千太郎っていう少年に、そしてジャズに出会って光を見つける話じゃん。憂鬱な坂道を、思い切り駆け抜ける青春を描いた作品じゃん。海に飛び込むシーンも、雨でぐしょ濡れになるシーンも、喧嘩で暴れるシーンも、全部薫の知らなかった世界。飛び出す世界だよ。その中でも最も薫が飛び出したのが、音楽、ジャズじゃないか。だからジャズの演奏をそのままリアルに描くのもいいんだけど、そこにアニメ的な表現をうまく加えることで、彼の心がぐわっと開けたのがこっちの感覚にダイレクトにねじこまれてくるんだよね」
「おう、言うな! そうだそうだ。『どうしよう、いろんなことが楽しみすぎて、頭が追いつかないや』ってセリフもいいよな! もちろん千太郎・律っちゃん・薫の三人組の友情&恋愛ストーリーも丁寧に描かれているとは思うけど、走り出したい、楽しい、飛び出したい、ってのは音楽のシーンに詰まってるんだよな! なんか毎週これから演奏シーン・音楽シーンあるらしいぜ!」
「すごい作品だと思うよ。ところで原作ではこのあと……」
「ストーップ! 言うな! オレはアニメで見たいんだ! 原作が終わったのも知ってる、でもいいんだ、アニメでまずはこいつらの演奏を見て、それから考える! ネタバレすんなよ!」
「ネタバレもなにも、もう本で出てるんだけど……まいっか。で、このあとセッションやる?」
「おう、お前のピアノの腕あがったのか?」
「そっちこそ、ドラムの腕あがったのかよ。ちゃんとスウィングしてくれよ?」
「おうよ!」

アニメ 坂道のアポロン オリジナル・サウンドトラック
プレイボール/坂道のメロディ(初回生産限定盤)(DVD付)
坂道のアポロン 9 (フラワーコミックス)
(たまごまご)