「自分が好きで、何度も聴いて、口ずさんでいる歌の意味を自分は本当に知っているのだろうか?」。

すべては、映画評論家・町山智浩のこんな疑問から始まった。

海外のロックの名曲、そこに込められた意味を明らかにして、新たに歌詞を訳し直すという連載をまとめた本書。

取り上げられている曲の中には、テレビやラジオで一度は聴いたことのあるものも少なくない。
その知っている曲が、イメージと全然違う内容だと本書で知った時の、驚きたるや。ずっと信じていた人に裏切られたかのような、思いもよらぬ衝撃がある。もともと、こっちの勝手な思い込みだったわけだけど。

たとえば、ポリスのヒット曲『見つめていたい』(1983年)。恋人への一途な想いを歌ったラブソングとして日本でも有名だし、私もそう思っていた。
ところが、曲の中で繰り返し歌われるフレーズ、「I’ll be watching you」の「watch」には「見つめる」の他に「監視する」という意味もある。
実は、離婚を経験した時期に書いたという作者のスティング曰く、「嫉妬と監視と所有欲」について歌った曲なのだ。
それを踏まえて訳し直された歌詞を見ると、これが鳥肌もの。

「息」や「動き」といった、一挙手一投足。かつて二人の愛を証明するために存在したはずの、「誓い」や「微笑」。

「僕」を捨てて行った「君」に関する、あらゆる事柄を挙げた上で、それを「ずっと見張っているからね」と彼女に語りかけるのだから恐ろしい。
監視カメラや盗聴器でも仕掛けているのか?それとも、相手の家に潜んでいるのか?想像すればするほど不気味さが増す。
一途は一途でも、「僕」は異常なストーカーだったのだ。

このような誤解は日本だけなのかと思いきや、そうでもない。
『見つめていたい』は、なんとアメリカでもラブソングとして知られ、結婚式でよく歌われているという。
音楽に国境はないというけれど、歌詞の誤読にも国境はないらしい。

それにしても、なぜこんなことが起きるのか?
 
歌詞は「詩」でもある。
リズムを重視した文字の連なりや抽象的な表現など、文章として論理的とは限らない。それゆえに、誤読も生じる。

スマッシング・パンプキンズ『ディスアーム』(1993年)は、不穏で意味深な歌詞が印象に残る一曲だ。
「その幼子を切り捨てよ」「僕が選んだのは僕の選択」といった表現が、人工中絶を示唆しているとして、イギリスの国営放送BBCでは放送禁止にもなった。
ところが、プロモーションビデオを見ると、中絶をイメージさせる場面はない。
庭で遊ぶ小さい子供と暗い路地を歩く老人の様子が、バンドの演奏の合間にそれぞれ映し出される。
一体『ディスアーム』の歌詞は、何を意味しているのか?
バンドの中心人物であるビリー・コーガンはロック雑誌のインタビューに応えて、その意図を語る。

「怒りをぶつけるような暴力的な歌よりも、逆に美しい歌で、僕がどれだけ慈悲深いか、彼にわからせ、反省させようとしたんだ」

「彼」とは、ビリー・コーガンの父親のこと。
そう、この曲はビリー・コーガンが、離婚して姿を消した父親への想いと自身の孤独な子供時代を歌った曲なのだ。
それが中絶について歌われていると誤解されるとは、皮肉としか言いようがない。

本書で取り上げられている40曲は、率直に政治や社会への怒りをぶつけた歌詞もあれば、バカバカしくて笑える歌詞も、何を言おうとしているのかわからない難解な歌詞もある。
そして、聴き手の受け取り方もさまざまだ。
時には、アーティストの人物像やイメージに縛られて、肝心の歌われている内容が置き去りにされてしまうケースもある。

「アンチクライスト・スーパースター」と名乗ってキリスト教を批判し、セックスや暴力について歌う過激な曲やステージで注目を集めるアーティスト、マリリン・マンソン。
1999年コロラド州コロンバイン高校での銃乱射事件の際、犯人の学生たちがファンだったという報道によって、彼はキリスト教保守派を中心とする人々から大バッシングを受けた。
でも、マリリン・マンソンの曲をちゃんと聴いて歌詞の意味を理解していたならば、学生たちは凶悪な犯罪に手を染めなかったかもしれないし、世間は彼を糾弾することもなかっただろう。
大ヒット曲『ビューティフル・ピープル』(1996)の歌詞が、それを証明している。

ここで歌われているのは、偽善者への怒りだ。
“君がいつも悪者にされるのは君のせいじゃない”と、多数派に迫害されるマイノリティーを励まし、“人は木を見て森を見ない ひざまずくと自分のクソの匂いに気づかない”と、不満や怒りのはけ口を他者に向ける人々を皮肉る。
後に、犯人はマリリン・マンソンのファンでなかったことが判明したものの、その事実はほとんど報道されていないという。

そんなイメージに惑わされる危険を承知の上で、著者は紹介する曲やアーティストから距離を置こうとはしない。インタビューやプロモーションビデオ・伝記など、徹底的に情報を集めて、実像に迫る。
曲のできた背景やアーティストの意図を理解することで、誠実でより踏み込んだ解釈による歌詞の新訳が生みだされる。
また、曲にまつわる意外な事実やエピソードがとにかくおもしろい。本書を読みながら、取り上げられている歌を聴いてみたくなる。

なにより、読んだ後に「本当はこんな歌なんだよ!」と、知ったかぶりして中身を人に教えたくなるのが本書の肝であり、最大の魅力なのだ。
(藤井 勉)
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