ナックルボール並みに揺れに揺れている。
昨日、突如あらわとなった「プロ野球の統一球はやっぱり変わっていた」問題。


2011年に導入され、ホームランが出にくいと言われていた「統一球」。
ところが、今シーズンからホームラン数が激増し、「絶対に変わっているハズだ」と開幕当初から噂されていた。
これまで頑に「統一球の仕様は変更していない」としていた日本野球機構(NPB)だが、遂に変更したことを認めてしまったわけだ。
テレビ番組や各新聞でも解説がなされているが、本稿では普段野球に興味のない人にもわかりやすく、丁寧にこの問題を解説してみたい。

《統一球ってそもそも何?》
まず、ここでの「統一」とは何だろうか?
よくある誤解としては、国際球と統一した、というものだが、これ違います。
2011年の統一球導入にあたって、NPBの加藤良三コミッショナーは次のようにコメントしている。


「2009年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)などで選手、関係者が国際試合で日本のボールとの様々な違いに戸惑うケースがあることを目の当たりにいたしました。それをきっかけに(中略)まずは国内の使用球を統一することにしました。その統一した結果として、国際試合でもNPBの選手のボールに対する違和感が少なくなることを期待しています。また、私としてはこの統一使用球が今後世界で、できるだけ広く使用されることを願っています」

つまり、あくまでも国際球に「近づけた」だけで、実際には別物。
果たして、今回のWBCでもボールへの対応不足が懸念材料となり、日本が3連覇を逃した要因の一つにも挙げられていた。

じゃあ、何が「統一」なのか? 
それは「日本のプロ野球12球団で同じボールを使うことにしました」ということ。

今にしてみればむしろそっちの方に驚いてしまうが、2010年以前は各球団が独自にボールを選ぶことができたのだ。
もちろん、NPBが承認したボール(メーカー)であることは大前提だが、同じ材料・レシピでも料理人が変われば味が違ってしまうように、メーカーが異なればボールの質感に若干違いが生じていたのである。


《2010年以前のボールって?》
以前は、NPB公式製造メーカーは7社(ミズノ社、那須スポーツ、久保田、ZETT、アシックス、SSK、松勘工業)あったが、徐々に採用されるメーカーは絞られ、2010年シーズンは4社のボールが公式戦で使用された。各球団が使用したメーカーは以下の通り。
◎ミズノ……全12球団
◎ゼット……阪神、ヤクルト
◎アシックス……千葉ロッテ
◎久保田運動具店……阪神
※阪神、ヤクルト、ロッテが複数のメーカーなのは、シーズン途中での変更や交流戦のみ変更、等の理由による。
※公式戦での使用球は、今も昔も主催するホームチームが用意する決まりとなっている。


2010年から既にミズノ社に統一される流れになっていたのだが、それ以前は各球団(もしくは試合毎)でボールは異なっていた。
ボールが違うことの何が問題かというと、「記録」という面で公正なのかどうか。
そして、「明日の対戦チームはホームランバッターが多いから、飛ばないボールにしよう」ということが行えた点にある。
ちなみに上記メーカーの内、選手間の評判で「最も飛ぶボール」とされていたのがミズノ社製のボールだった。


《以前のボールと「統一球」は何が違ったの?》
では、「2010年以前のボール」と「統一球(2011~12年版)」はどこが変わったのかを具体的に見ていきたい。
◎中心のゴム素材……(旧)低反発素材→(新)新低反発素材
◎縫い目の幅……(旧)7.0mm→(新)8.0mm
◎縫い目の高さ……(旧)1.1mm→(新)0.9mm
◎牛皮の部位……(旧)牛皮の背中部分のみ→(新)牛皮の背中側の部位と、脇・腹の一部
◎生産地……(旧)日本産→(新)中国産

縫い目の幅・高さが変わったことで影響を受けたのがピッチャー。
変化球の曲がり方や肘への負担に違いが生じた。
(投げ方や球種によっても異なるが、一般的には「より曲がるようになった」と言われている)

また、あまり話題にはなっていないが、生産地が変わっていた、というのも注目したい点。
NPB公式サイトには、《大リーグでは試合球を作るメーカーが1社(人件費の安い中米の小さな国コスタリカで作らせています)》という記述があり、暗に「日本のボールは生産地からこだわっています」的なことを述べていたりもする。統一球導入前の記述ではあるのだが、今となっては非常に恥ずかしい……。

そして、最も重要なのが「新低反発素材」という謎のゴム素材。これだけでは曖昧なので数値の差で見てみよう。

プロ野球の規格では、ボールの平均反発係数を「0.4134~0.4374」に定めている。
この基準を上回ると「飛ぶボール」で不合格、下回ると「飛ばないボール」でやはり不合格となる。
(※反発係数とは、たとえば時速100キロで鉄板にぶつかり時速50キロで跳ね返れば、反発係数は0.5、という計算方法になる)

2011年からの統一球では、この反発係数をできるだけ下限である「0.4134」に近づけることを目標としていた。
ゆえに、ホームランが出にくくなったのだ。


《去年までの「統一球」と今年の「統一球」は何が違うの?》
昨日会見をしたNPB・下田邦夫事務局長は次のコメントを残している。
「昨年までの検査では反発力が基準よりも低い球が目立ったため、製造しているミズノ社に修正を指示し、今季開幕から新球を使用していた」
つまりは、規定の「0.4134」よりも反発係数が低いボールが多く製造されてしまったため、目標値を上げた、ということになるだろう。


それにしても、そんな0コンマのわすかな差で、飛距離は本当に増すのだろうか?
実際にホームランの数が増えているがひとつの証ではあるが、例えばクリネックススタジアムは今季からラッキーゾーンを設置して球場が狭くなったから数が増えた、という穿った見方をすることもできる。そこで本稿では、全く別な数字を持ち出してみたい。
それは「滞空時間」。
野球専門誌『野球太郎』のライター・キビタキビオ氏に話を聞いた。

「千葉ロッテのホワイトセルが、今季開幕早々の試合で3打席連続アーチを放ったときに「アレ?」と思ったんです。それは本数ではなく、去年までよりも滞空時間の長いホームランだったから。実際、去年放った9本のホームランの滞空時間を調べると平均5.24秒なのですが、今季ここまでの平均時間は5.71秒。0.5秒も長くなっています。たったそれだけ? と思われるかもしれませんが、体感時間にしてみればかなり違いますよ。古くは田淵幸一、現役で言えば埼玉西武のおかわり君(中村剛也)のように、天性のホームラン打者ほど6秒を超える滞空時間の長いホームランを放つのですが、明らかに今年のホワイトセルはその6秒に近づいています」

ほかにも、去年よりも今年は「こすってフラフラっとあがったボールでもスタンドに届く」例が増えているという。


《で、何が問題なの?》
「ホームランが増えるんだからいいじゃないか」
「点がたくさん入ったほうが面白い。去年までのボールがむしろダメ」
という見方もできるが、問題はもっと根本の部分にある。

●問題点1
まず、選手・球団に事前に公表せずにシーズンに突入したという点。
例えば野手の場合ホームランや打点の数によって、投手の場合は自責点や防御率で翌年の年俸が大きく異なる。
ここで重要なのが、「この数字を超えたらボーナス」というような、いわゆる「出来高払い(インセンティブ)」の項目を事前に球団と定めていた場合だ。もし、ボールが変わることが事前にわかっていたら、出来高払いの目標値も変わっていたハズなのだ。

●問題点2
メーカーであるミズノ社に対して、統一球に関する問い合わせには「全く変わっていない」と答えるようNPBから指示していたという点。
混乱を招かないように、という弁明をしているが、隠蔽と捉えられても仕方がないだろう。
そもそもミズノ社は、日本で最初(大正2年!)に野球のボールを大量生産した、野球界にとって恩人ともいえる老舗メーカーであり、昭和23年にアメリカ製のボールの縫い目が112個から108個に変わった際もミズノはすぐに対応し、日本でもこの年から縫い目の数を108個に統一するなど、日本野球の歴史を語る上では欠かせない存在なのだ。だからこそミズノには毅然とした態度で対応して欲しかった。

●問題点3
そしてもうひとつが、昨年までの2年間、反発係数が「0.4134」よりも低いボールを実際の試合で使っていたか否か、という点。
つまり、野球規約に違反した試合が行われていた可能性があるのだ。
今回の発表では、事前検査で弾いていたようにも、試合で使ってしまっていたようにも捉えることができる、実に曖昧なコメントを残している。
下田事務局長は「飛ぶと言っても統一球以前に比べたら飛んでいない。きょう以上の説明はない」という見当外れなコメントもしているが、ここはしっかりと事実関係を説明すべきだ。


上記3点以外にもまだまだ問題点はあり(例えば、統一球導入後に打撃不振に陥り引退してしまった選手、もう1年頑張っていれば……など)、まだまだ尾を引きそうなこの「統一球問題」。まずは、統一球にその名が刻まれている加藤良三コミッショナー自身の説明責任が求められる。
NPBが今後どのような対応をするのかも含めて、厳しい目を向けていくべきだ。
(オグマナオト)

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