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【読切とは読み味を変えた】
───『聲の形』の連載にあたり、読切と何か大きく変えたところはありますか。
大今 読切ではとにかく必要最低限の要素──それぞれの登場人物の感情がどう動き、何がどうなったという“情報”を作品の時間軸に合わせてひとつひとつ描きこんだり、コンパクトに情報を伝えるために、聴覚障害者の西宮硝子視点のシーンも描かなければならなかった。連載では視点をなるべく主人公の石田将也にしぼって、理解できない相手との間でどうやって理解を深めていくかということに焦点を当てるつもりです。“読み味”は読切と少し違うかもしれません。
───視点を固定した狙いはなんでしょう。
大今 これまで読んでいない人をどう引き入れるかということを考えた結果です。読切で描き上げたものを連載にするというのも、リメイクといえばリメイクですし、同じことを描きながら、いままで興味を持ってもらえなかった人を引き込みたい。それでいて読切で知ってくれたたくさんの読者にもオトク感というか、新鮮な印象で読んでもらえたらいいですね。
───「障害」や「いじめ」はマンガとして扱うには、とてもむずかしいテーマです。
大今 『聲の形』で聴覚障害を持つのは、西宮硝子ひとりだけです。彼女が障害者の代表のように受け止められてしまわないような表現をしなければ。
───連載となると、なおさら難度が高くなりそうですが。
大今 連載にあたっての課題ですね。自分自身、聴覚に限らず、障害についてしっくり来る答えに出会えずにいるんです。だから連載版で起きる事件や、キャラクターがどんな行動をするか、いまも考えているところです。読切なら「コンパクトな読切だからこういうファンタジーが起きるのかな」と受け入れてもらいやすいシーンでも、連載だとしっかり描きこまなければならない。
【少年マンガが好きだった】
───さて少し『聲の形』から離れて、「マンガ家、大今良時」について伺います。そもそもマンガとの出会いはいつ頃だったんでしょう。
大今 気づいたら、そばにマンガがありました。子供の頃からマンガ好きだった兄と、いま私のアシスタントをしてくれている姉の下で育ちましたから。
───最初にペンを手にとって描いたのは?
大今 小学校2年か3年生のときですね。コピー用紙を半分に折って、『クロノ・トリガー』のマンガを描いていました。
───RPGゲームの『クロノ・トリガー』ですか!? スクウェアの!?
大今 そうです。中学校1年くらいまでにかけて、3巻くらい描きました。あとは高田裕三先生の『3×3EYES』ですね。『3×3EYES』はとにかく画がかっこよかった。とりわけ(主人公の藤井)八雲が好きでした! 私の画の基礎は『3×3EYES』なんです。小学校4、5年生のころ、「高田裕三ノート」を作って、学校のイラストクラブで高田裕三作品のキャラクターを模写していました。勝手に描いていた『クロノ・トリガー』マンガの中に『3×3EYES』っぽいオリジナルキャラクターも登場させていましたね。
───こうなると、手作りの同人誌ですね。
大今 いえいえ、全然です(笑)。
───そこまでやる小学生はそうそういませんよ。
大今 ヒマだったんでしょう。その代わり、勉強は全然しませんでした。だから学校の先生との折り合いもよくなかったし、そういう関係がいま描いているマンガにも現れているのかも。わかります?(笑)
───仲よくはなさそうです(笑)。中学校、高校時代もずっと描いてらしたんですか?
大今 原稿用紙にきちんと描き出したのは高校2〜3年生の頃ですね。新人漫画賞というものに応募してみようと思って。賞に応募するなら、きちんとした原稿用紙が必要だろうと(笑)。いま考えれば、それまで描いていたのは落書きのようなものです。
───えっ。
大今 小さな賞は17歳の時にいただきました。
【『鉄鍋のジャン!』も好きなんです】
───きちんと描きはじめたのは高校2〜3年生からで、17歳で受賞。19歳で当時の新人賞最高賞とは……。周囲の方にも驚かれませんでしたか。
大今 驚かれる前にこういう話を人にした覚えがないですね。マンガの話をする相手がいませんでしたし、たまにマンガ好きがいても趣味が合わない。それでも最初の投稿作が完成したとき、教室で友達3人に「どの雑誌がいいだろう」って相談したら、全員「アンタはマガジンでしょ!」と返ってきて、「ああ、そっか。私、マガジンなんだ」って(笑)。
───『3×3EYES』といい講談社らしい作品が好きだったんでしょうか。
大今 週刊少年マガジンでは『コータローまかりとおる!』(蛭田達也)が好きでした。多かったのはチャンピオンですね。『鉄鍋のジャン!』や『浦安鉄筋家族』、『フルアヘッド!ココ』とか。
【連載という「形」で伝えたいこと】
───『聲の形』は何本目の投稿だったんですか?
大今 4本目ですね。その前の3本は中世ヨーロッパの魔女裁判を題材にしたファンタジーものでした。
───連載版「聲の形」では伝えたいことはなんでしょうか。
大今 生きづらいと思っている人や自分を否定している人、西宮みたいに自分を伝えるのが苦手とか、そういう方々に何かの「足し」になるようなマンガにできるといいですね。そして関係の遠い人同士、違いが大きな人同士が仲良くなってくれたらいいな。そんな思いはあります。ダラダラ引き伸ばすのはイヤなので、極力短く、できれば10巻以内には終わらせたいですね。
───ちなみに「大今良時」というペンネームの由来は……?
大今 一見、意味がありそうですよね。でも特に意味はありません。サインを描くときにイニシャルが「Y.O.」だったらいいなとか、「時」という漢字を使いたいとか、画数は何画がいいのかとか(笑)、バラバラの要素がひとつになったペンネーム。
───音読……ですか?
大今 そう、音読です。マンガバージョンの『バトルロワイヤル』はセリフの最後に小さい「ッ」が入るんですよ。「慶時ッ」「やめろッ」みたいに、「ッ」まで入れて声に出して読むのがツボにハマってしまって。フフフ。面白くなっちゃって、それで自然に「よしとき」「いいね!」と。
───深く思考する場面もあれば、勢いで決めるときもある。
大今 くじ引きっぽく物事を選択するのが好きなんです。まず選択し、そのあとで意味を与えたり、身近にあるものやいるものの意味を考える。『聲の形』も現時点での構想からきっと動いていく。新人賞がほしかった理由には受賞すれば、「東京でマンガを描く」ことに反対だった親の説得材料になり、賞金も何かの足しにすることができるから。
───新人賞を受賞しなければ上京しなかった?
大今 いえ、すぐにでも行く気まんまんでした(笑)。でも行くなら少しはいい環境で行きたかった。その折り合いが新人賞受賞でついたというだけのことだったんでしょう。
『聲の形』は、本日発売の週刊少年マガジン36・37合併号の表紙にも抜擢された。週マガで初連載の作家としては異例のことだ。10代での新人賞受賞から6年後に実現した週刊誌での連載。“問題作”と評された『聲の形』は連載でどう展開され、読者の心をどう動かすのか。2013年8月7日、『聲の形』連載スタートである。
(松浦達也)