先日、「たけしのTVタックル」で、アニメ・マンガの表現を法規制するか否かが取り上げられました。
序盤は、オタクグッズ類を見せては「こりゃいかんでしょ」的な取り上げ方をしており、ネットでは怒涛のように非難轟々。
しかし意外にも後半、話は規制反対の方向に流れていきました。
表現を規制するかどうか、というのは一概に語れない問題です。
そもそも線引をどうするのか、規制って何を規制するのか。自由ってなんなのか。

一つの表現規制のサンプルケースとして、『戦国武将姫 -MURAMASA- 画集』を紹介してみます。
この画集、表現の自主規制による修正前と、修正後のイラストが比較できるように載っています


『戦国武将姫 -MURAMASA-』(以下・MURAMASA)は、戦国武将を女体化したお色気系ソーシャルゲーム。カードでデッキを組み、イベントで戦う比較的オーソドックスなゲームです。
人気の根強いゲームで、その理由として挙げられるのは以下の点。
1・課金しなくても、そこそこちゃんと楽しめる。
2・イベントがサービス精神旺盛で、いちいち凝っている。
3・女の子たちがかわいい。


まあ、圧倒的に3がポイントですよ。
ぼくも多数ソーシャルゲームをやっていますが、夏になるとどこもかしこも、女の子たちの水着水着水着の嵐。
大多数の、特に男性ユーザーが、二次元キャラの女の子のお色気が見たい。
そりゃそうだろ。見たくないわけない。

「MURAMASA」はその中でも、特にお色気に特化しています。

水着や入浴シーンのみならず、普段から非常に露出が高い衣装をまとい、なかなか挑発的なポーズをとっているカードが目白押しです。おじさんウハウハです。
R18ではありませんし、R18なイラストは少なくともマンガの線引と比較しても、存在していません。全裸とかはないです。

最初期からこの「お色気ゲーム」のスタンスは貫かれていました。
ところが、2012年11月15日に、ゲーム内で告知されました。

203枚のカードを修正する、と。
実物のカードと違い、デジタルデータは差し替えられたら二度と同じものは手に入らなくなります。ぼくが激震しました。あわてて画像保存しまくりました。
何が修正されるのか……と考えるまでもない。肌の露出の量です。


どのくらい修正されたのか、というのは具体的に画集を見れば比較が簡単にできます。
まずあからさまにババーンと開脚していたり、下着がほどけていたりするのは修正されました。脚はとじられ、下着は結び隠されました。
ふんどしもNGだったようで、スカートやスパッツに差し替わっています。光による服の透過や濡れ透けも、だめだったようです。

一方、もうどこが修正されているのかわかんないくらい微妙な修正を施されているもののほうが多いです。

よーーーく見ると、布の量がほんのちょっと増えている
胸の上側が少し出ているイラストは、その部分をちょっとだけ足して隠されました。水着の胸の谷間が強調されたイラストは、水着面積が広がりちょっとだけ胸が覆われました。
ほとんど間違い探し状態。

当時のネットでのファンの反応を見ていると、「思ったより変わってない」「変わってからの絵のほうがいいんじゃ?」「おしりが隠れてしまってかなしい」「わりとがんばった」「まあこれはアウトでも仕方ない」と賛否両論。
極端な例として、「SR最上義光-饗祭-」のように、修正後を全く別の絵に変えて、ソッチのほうがかわいいというウルトラCを遂げたカードもあります。
それよりも「絵の表現規制」が今後どうなるのかに対しての不安が高まりました。

まず気をつけたいのは、これは法規制ではありません。
あくまでも自主規制です。
「MURAMASA」の告知にはこう書かれています。

「mobage様の指導により、一部カード画像の修正を11/22(木)のメンテナンスにて行います」
「修正対象を最小限に抑えるべく可能な限り努力して参りましたが、多数のカードを修正することになったことをお詫び致します」

あくまでもアプリが動いているmobage内での指導を受けての自主規制です。
そのため、mixi版の「MURAMASA」では、ゲーム自体をR18指定にしたことでカード画像の修正はされていません。

mobageの指導がどのくらいのものか、という基準が、今回の画集ではっきりわかります。
まず下着に見えるようなものはだめ。はいてないように見えるのもだめ。
胸の肌の露出は3分の1以下が目安。
これはコミケのコスプレの規定によく似ています(3分の1以上肌が見えるものは避けるようオフィシャルで書かれています)。
逆にこのラインを守っていれば、割りとセクシャルなポーズでもそのままです。
なるほどねー。

「MURAMASA」についてはファンからも「これはやりすぎ」「公式が病気」みたいな声がネットでちらほら出ることがあります。
でも「これはやりすぎ」という心理が、プレイヤー側から出るのは興味深い。なんらかの線引が、やはり各々にある。たかが絵だけれども。
「これは正義だから、もっとみんな認めるべき!」というものではない。「これはいやらしいものだ」と分かっているし、分かっているからこっそり楽しめる。
ぼくだって電車で「MURAMASA」のカード表示するの恥ずかしいですよ。
でももっと見たいよ。ひそかにニヤニヤ楽しみたいですよ。

ソーシャルゲームは誰でも入り口だけは無料で入れます。
だからこそ、表現については敏感になるところです。
わざわざ修正の前後を画集に載せたのには、強い意図はあるからでしょう。
「いやらしくて面白いものを作るぞ!」という姿勢は、真摯に見える。


(たまごまご)