「どこにいても人はそう変わらないものです」。漫画『ニューヨークで考え中』の表紙をめくると、やけに落ち着いた言葉が書かれていた。


2008年からニューヨークに住んでいる著者の近藤聡乃さんは、漫画やアニメーション、ドローイング、エッセイなど様々な制作をおこなっている作家だ。『ニューヨークで考え中』は、そういった生活の場面場面が1話2ページの漫画になっていて、全70話収録された本だ。

多くの「海外生活体験談」みたいな作品と共通して、食文化の違いや行事・風習についてなどが描かれている。日本人がよくニューヨークと聞いて思い浮かべる「犯罪」「大寒波」といったことについても描かれている。英語の難しさなどについても描かれている。だけども全体的なトーンが、「そういう本」とすこし違う。


まず、絵や字が違う。スクリーントーン無し、デジタルを思わせる加工も見当たらない、手描きの画面。どちらかというと若い人が書きそうにない、きれいな手書きの字。建物や看板、家具や植物や小物もすっきり丁寧に描かれて雰囲気を伝えている。こういう画面の特徴が、大量に刷られた漫画本でありながら、どことなく個人的な便りを見ている気持ちにさせてくれる。商業的に作られた物を見せられている感じがあまりしない。


そして、「あの店のあれが良い」とか「この通りのこの景色が最高」だとか、そういう観光ガイド的な情報は、あると言えばあるんだけど、結構少ない。では、そのぶん何が配合されているかと言うと「内省」だと思った。

たとえば、「クリスマスのパーティーに呼ばれたけど、一人になりたくて仮病を使った」なんていうエピソード。ニューヨークに住んでから見るようになった夢の内容。何がきっかけかは分からないけれど、一人で考えた色々なこと。そういうことが多い。
著者の職業柄、一人で制作作業をしている時間が多いせいかもしれない。様々な体験や異文化との出会いを「噛んで飲み込んで消化している人間の考えごと」が急ぎ足ではなく、ゆっくりした速度で描かれている。

とはいえやっぱり考え事ばかりではなく、生活のあらゆる場面で起こる色んなことがベースになっていて、そのバランスが良い。ラーメンが食べたくなったり、豚バラ肉を求めてさまよったり、周囲のラフな服装に慣れていったり、ご近所さんとの距離感に戸惑ったり、ボリューム満点の出来事の中でぽつぽつと立ち止まる、そのテンポがとても良かった。

街の様子についても、運送会社の特殊な車のスライド扉、美術館の低すぎて転落しそうな手すり、個人的に気になったパーツにフォーカスする。特にそういうことが知りたいわけではなくても、この人が見つけたことを、追体験するような楽しさがある。
また、ニューヨークに来ているフランス人、ノルウェー人、ロシア人、その他色々な国の人たちについて、ニューヨークから行けるアメリカの他の土地について。ニューヨークその物ではなく、ここを起点とした別の場所ことについて描かれているのも広がりがあって面白い。

『ニューヨークで考え中』近藤聡乃著。亜紀書房より。
(香山哲)